22 しばらく忙しいぞ
外敵の入りこまない、瘴気に溢れた薄暗い快適空間。そして、わざわざ狩りに出向かなくても、部屋の中央にボトボトと落ちてくる
なぜか小鬼は茹でられているが、食べる分には問題ない。むしろ生食より美味しいと思ったくらいだ。まるで「やれやれ、まるで本当の小鬼を食べたことがないようだ。明日またここに来てください。本当の小鬼をご馳走してあげますよ」とでも言われているかのようだった。
あのすごく変な人間に拐われた時は、どうなることかと思ったが……女王はうんうんと満足気に頷く。
小鬼の頭をガブリと齧り、残りを下の者に渡す。
『仲良く食べなさい』
『イエス、マム』
犬鬼の集団は縦社会だ。
一番美味しいところを女王が食べ、配下も序列に従って自分の食べたい部位の肉を貪り、残りを下の者に渡していく。最後の者に残るのは、肉の破片が少しだけこびりついている骨と、どうやっても食べようのない魔石くらいだった。
下っ端は骨の表面をペロペロと丁寧に舐めたあとで、ゴミでしかない骨と魔石を部屋の隅の小さな穴に捨てにいく。わざわざ土を被せなくてもゴミ処理ができるのは非常に都合がいい、というのが女王の見解である。
『ふむ。また生まれそうだ』
『はっ。では出産の準備をします』
もう何度目になるか分からない出産。
これまでだったら、この無防備な時間は毎度、外敵が来ないか心配になるのだが……この空間は実に良い。外敵が入ってくる心配を一切する必要がない。そんなことを考えながら、女王は部屋の隅の岩陰で、心穏やかに股の間から犬鬼を生み落としていく。
この部屋は、犬鬼にとっての楽園だった。
『――よし。では序列が上のものが中心となり、周辺の探索を開始せよ』
『はっ』
この部屋の出入口は、床の中央にある穴のみ。帰還者が未だいないため、その先に何があるかは分かっていないが……とにかく、何も分からないのは気持ちが悪い。犬鬼の本能として、巣の周辺状況はどうしても確認しておきたい重要事項なのである。
『では、行ってきます』
『うむ。良き知らせを待っている』
たぶん帰ってこないだろうな、と半ば諦めながら、女王は部下たちを送り出した。何にせよ、犬鬼は次々と生まれてくるので、探索に送り出さなければこの部屋が溢れてしまう。本能としても理性としても、彼らを送り出さないという選択肢は存在しなかった。
◆ ◆ ◆
吸肉
なんか天井の穴から犬鬼がめっちゃ降ってくるので、ツタで絡め取って肉をチューチュー残らず吸う。残ったいらない部分はペッと捨てて、丸々と実った果実をゴロンと下に落とせば、それらは暗い穴の中に吸い込まれていく。
基本的に魔樹にはあまり感情や思考能力がない。なので、なんか都合のいい環境だなぁ、とだけぼんやり思いながら過ごしていた。
◆ ◆ ◆
吸肉葡萄の果実は一粒一粒がメロンくらいの大きさで、ワイン作りにもよく使われるものだ。そして犬鬼の毛皮は、昔からシルヴァ辺境領の主産業である。
生産設備、毛皮タワー。
次々と収穫されていく葡萄玉と犬鬼を眺めながら、僕はうんうんと満足していた。
犬鬼の死骸は
それと、犬鬼がゴミとして捨てた小鬼の骨と魔石も別ルートで回収してあるので、これらも貴重な素材として丁寧に分別されていた。
「葡萄もいっぱい穫れたなぁ。ジュース、ワイン、ブランデー…………あぁ、魔素飴も増産しておこうかな。まだまだキコが食べそうだし」
キコの瞑想スキルも練度が上がってきて、身体の肉付きもだいぶ良くなってきている。だけど、なんやかんや影魔法を多用してるから、魔素飴の需要はまだまだあるんだよね。
「準備してあるのはあと三棟。
瘴気の濃い辺境ならではの、最強の生産設備群。もっと色々と作ってみたいところだけど、ひとまずシルヴァ辺境領の魔物の顔ぶれで量産できそうなのは、このあたりまでかな。あまり種類を増やしても、今度は瘴気が足りなくなって生産量が微妙になってしまうだろうし。
これなら産業としても成り立つし、女王たちが瘴気を効率よく消費してくれれば瘴気濃度も安定する。スタンピードの発生も抑止できるかもしれないからね。
さて。そうと決まれば早く残りの魔物たちも確保しに行かないと。しばらく忙しいぞ。
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