21 楽園か
――そういえば、僕はなんでヤクザなんてやってるんだろう。
ふと脳裏に浮かんだ疑問から全力で目をそらしつつ、僕はこれまでの鬱憤を晴らすように建築を楽しみまくった。そして、興奮冷めやらぬまま穢れの森での作業に移ったのである。
「
魔手を伸ばして
女王個体は基本的に、生殖行為をすることなく瘴気を吸って子を生み続ける。身体は大きいもののそこまで強いわけでもないし、生み出す魔物の量に目を瞑れば、瘴気を浄化してくれるありがたい存在であるとも言えるだろう。
「あ。この魔茸は……たしかガーネットが欲しがってた錬金素材だよね。持っていこう」
道中で採取なんかも楽しみながら、魔物をサクッと吹き飛ばし、小鬼女王のもとへと向かっていく。
そうして進んでいった先。
女王はその巨体で草のベッドに横たわり、暇を持て余した有閑マダムみたいな雰囲気で木の実をバリボリと優雅に噛み砕いていた。いいなぁ、すごくスローライフっぽい。
何やら困惑したような……いや、魔物の精神構造は人間のものとは全く違うはずだから、別に困惑しているわけではないんだろうけど……すごく微妙な顔をしている女王に、僕はにこやかに話しかける。
「こんにちは、女王陛下。貴女を楽園にご招待したいんだけど、一緒に来てくれるかな」
僕は亜空間から、小鬼にとってごちそうである腐桃魔樹の実を取り出して、女王に投げ渡す。それと同時に、魔手を伸ばして女王を魔力で包み込むと、亜空間に回収した。
意志のある者を亜空間に収納する際は、抵抗されると無駄に魔力を消費してしまう。そのため、こうして手間をかけた方が結果的にはスムーズにことが済むのだ。僕は穏やかな人間だからね。
「うん。とりあえず拠点に戻ろうかな」
そうして、僕は穢れの森の中心地に建設したばかりの拠点へと戻っていった。
◆ ◆ ◆
小鬼女王はとても不思議な体験をしていた。
なんかすごく変な人間が急に現れたと思ったら、とても良い匂いのする果実をくれたので……美味しく食べている内に妙な場所へと移動させられていたのだ。
人間の言葉は分からないが、なにやら「ラクエン」がどうとか言ってた気がする。
『ここは一体なんなのじゃ』
疑問には思うが……そんな疑問を忘れてしまうくらい、そこはとても素敵な空間だった。
硬そうな壁に囲まれた四角い空間は、狭苦しくて薄暗くてすごく落ち着く。壁の上部からは外の瘴気が流れ込んでくるが、金属製の網みたいなもので塞がれているから、外敵が入り込んでくる心配もしなくて良い。部屋の隅では
『ここが……ラクエン』
一つ難点を挙げるとすれば、ラクエンの中央の地面には大きな穴が開いており、サイズ的に小鬼たちがドジをして落ちてしまう心配があることだろうか。女王の巨体なら腹がつっかえて落ちないだろうが、小鬼たちはそうはいかない。
ふと、いい匂いがして上を見上げる。
するとそこには、あの腐桃魔樹の木が生えているではないか。しかも、女王ならジャンプして届くくらいの高さに足場も設けてある。あれならば、自分は腐桃を食べられるが、小鬼たちは足場に届かないだろう……なるほど。分不相応にも足場に跳ぼうとしたバカな小鬼が、中央の穴に落ちていくと。こういう仕組みになるわけか。
『ラクエンとは……楽園か』
なるほどと納得した小鬼女王は、大好きな腐桃を思う存分に食べ、流れ込んでくる大量の瘴気を吸い、楽園の隅にある高品質な汚水に小鬼の卵をヌルンヌルンと生み出していく。
そうして生まれた小鬼たちは、濃密な瘴気の中、数時間ほどでオタマジャクシから成体に成長すると汚水を飛び出す。そして、のんびり臭バナナを食べたり、オスメスで気ままに繁殖行動を楽しんだり、腐桃魔樹にチャレンジしては大穴に落ちたりと楽しそうに暮らし始めた。
どうやらあの人間は草のベッドまで持ってきてくれたみたいだ。至れり尽くせりではないか。女王は食べたり生んだり寝たりと気ままに過ごしながら、自分の生んだ小鬼たちがワイワイと騒がしくしている様子をのんびりと眺めているのだった。
◆ ◆ ◆
猫蜘蛛のメスたちは、大喜びしていた。
外敵の入りこまない、瘴気に溢れた薄暗い快適空間。そして、わざわざ罠を張らなくても、部屋の中央にボトボトと、食べきれないほど落ちてくる小鬼たち。
彼女らは本能に従って、食べきれない分の小鬼に糸を吐きかけて糸玉にして、足下の金属製の網目の間からぶら下げた。こうしておけば、腹が減った時にいつでも小鬼を食べることができるのだ。
猫蜘蛛のオスはメスよりも小さい身体をしており、巣も作らなければ狩りもしない。いつもメスの食べ残しをもらってヘラヘラしているのだが、謝る姿がなんか可愛いので、メスの本能としてはイライラしつつもつい許してしまうのである。
だがしかし、今ここにはそんなオスたちがいない。繁殖こそできないものの、メスたちにとってはストレス源がひとつ無くなったことになる。ちょっと寂しいなと思わなくもないのだが、これはこれで快適かもしれないと、彼女らは今の生活を受け入れつつあった。
『あの人間は、なんかすごく変だったけど。捕まって良かったかも。めちゃくちゃ快適』
『分かる。楽園。あの人間は変だったけど』
『変だったね。でもマジ楽園』
小鬼の糸玉は時折フッと無くなるのだが、猫蜘蛛たちは特に気にしていなかった。なにせ小鬼たちはいくらでも落ちてくるのだ。ただひたすら本能に従い、小鬼たちに糸を吐きかける楽しい生活を続けている。
◆ ◆ ◆
僕は次々と収穫されていく糸玉を見ながら、うんうんと頷いていた。
猫蜘蛛のいる魔鋼の網から切り離された糸玉は、ゴロンゴロンと転がって、ゆっくりと流れる熱湯に静かに投入される。それらは茹でられながら移動していき、八台ほど並んだ糸引き魔道具に順にセットされる。そんな風にして手に入るのは――
「大量の猫蜘蛛シルク……うんうん。キコの外套に使ったやつで手持ちのシルクは使い切っちゃったけど、これなら在庫の補充もできそうだね」
生産設備、シルクタワー。
糸引きの魔道具で作られた糸束は、現在は
そう。僕は辺境の豊富な瘴気を利用して、シルクの生産を始めようと思ったのだ。毛皮や綿に加えてシルクも扱えれば、シルヴァ辺境領の産業がもっと潤うかなと思ったんだよね。
もともと糸引き用の魔道具は作成していたし、捕まえた小鬼を猫蜘蛛の巣に放り投げて糸玉を回収するって作業は何度もしたことがあったので、上手くいくだろうと思ってはいたんだけど。この様子なら大丈夫そうだ。
あと、茹で小鬼が大量ゲットできたよ。
やったね。
よくよく考えてみればさぁ。女王個体ってつまり、クラフトゲームで言うところの魔物スポナーみたいなもんだから。そこにスポナーがあるなら、罠設備を作るのがクラフターの嗜みである。楽しいよね。
「茹で小鬼は次の生産施設で活かすとして、あと必要なのは――」
積み上がっていくシルクを眺めながら、僕はクラフト図面台でカリカリと錬金装置を設計している。作りたいレシピカートリッジはまだまだたくさんあるんだよ。時間なんていくらあっても足りない。テンション上がってきたぞぉ。
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