17 勘弁してくだせえ

 ハスターは自分を恥じていた。


 まるで散歩でもするかのように、気軽な様子で戦場に向かった少年――サイネリア組次期若頭候補筆頭、クロウ・アマリリス。

 彼は無造作に大量の魔弾を生成すると、先頭にいた魔物たちを一掃した。そして、どこからか取り出した戦鎚を振り回し、ひたすら真っすぐに魔物の群れの中心部に向かって歩いていったのだ。襲い来る魔物を羽虫のように吹き飛ばしながら。


――その背に、どれほどの覚悟を負っているのか。


「野郎ども。呆けてねえで戦闘準備だ! 筆頭のひと当てで混乱した魔物どもが、強化が半端なまま挽き肉になりに来る。お望み通り撃ち殺してやれ」

「「「へい!」」」


 実のところ、ハスターはごく最近までクロウのことが好きではなかった。


 彼が初めてクロウと会ったのは、あの演説――サポジラ一家を潰し、組織を一新すると宣言した場であった。

 外から来たガキが偉そうに、こちらの事情も知らずに正論を並べ立て、魔力の圧力で強制的に言うことを聞かせるなど。魔力差からくる本能的な恐怖とは別に、ハスターの心の内には反骨心が芽生えていた。あんな奴の下でやってられるか、と。


「ハスターさん、親父が除名処分って」

「私らの一家はどうなっちまうんだい」

「儂も気に食わねえが……チッ」


 敬愛していた親父、サポジラ一家の頭領は領主に差し出されてしまった。

 しかもサイネリア組からは除名処分。これが単なる破門だったら、心を入れ替えれば将来的にやり直すチャンスもできる。しかし除名処分というのは、もう二度とサイネリア組に関わることを許さないという重い処分である。


 しかし、ハスターとしても軽々しく反発はできない。なにせ一晩にして大量の構成員が首無し死体にされており、残った家族たちはみなビクビクと怯えてクロウに服従していたからだ。だからハスターは、不満そうにしている者を探しては裏でこっそり声をかけた。


「――お前、本当はあのガキが気に食わねえんだろう。儂の下につけ。ちょうど義勇兵団の訓練があるんだ。機会を伺って、一気にあいつのタマ取るぞ」


 そうしてハスターが配下を集めていく間にも、状況は劇的に変わっていった。


 孤児たちを取りまとめていた奴らはほとんど首を刎ねられており、孤児院の建物も建て替えられ、知らない若者が取りまとめるようになっていた。綿産業の頭も知らない筋肉男にすげ替えられた。しかも、そのどちらも街の奴らからの評判が良いのだ。

 その上、反クロウの協力体制もすぐにガタガタになった。特にアイシャが率いる娼婦のグループは一番早く寝返った者たちである。後に話を聞いて、どうやらクロウは女どもに媚を売って生活を良くしてやってるのだと分かった。それとアルジラたち陶工のグループもクロウの支持を強く表明し、ハスターとは袂を分かつことになった。時を追うごとに、ハスターの配下は削られていく一方である。


「――何、末姫様が亡くなっただと?」


 鬱々としていたハスターだったが、その知らせには驚愕し、強く心を痛めた。


 直接会話をしたことは数えるほどしかなかったが、それでもあの奔放なジュディス姫のことは酒の席の笑い話としてもよく話題に上がり、勝手ではあるが親戚の子のような親近感を覚えていたのだ。世間知らずながら、領民のことを必死に愛そうとしているあの姿を、嫌いだという者は一人もいなかった。

 しかもその下手人が精霊神殿であり、姫様は非道な人体実験の犠牲になったのだと聞けば、腹の底には割り切れない思いがグツグツと煮え立つ。実際に献花に訪れた際には、どこからどうみても小鬼ゴブリンにしか見えない彼女を見て、不覚にも涙を堪えられなかったほどだ。


 そして気がついてしまった。

 あのクロウというガキ……この葬儀に参列していない。


 ハスターはもう我慢がならなかった。制御できない怒りを、拳を握って堪え、義勇兵団の訓練が再開されるのを待った。相手は魔力が強いだけのガキ。数で襲えばどうとでもできる。


「お疲れ様。みんな頑張っているようだね」

「……全員集合!」


 その場にいるのは全員がハスターの賛同者であり、かつてのサポジラ一家への処遇に納得できず、内心でクロウに反感を抱いている者ばかりであった。

 だから、ハスターは皆の反発心をさらに煽るため、クロウに質問を投げかける。


「筆頭。一つ教えていただきたいのですが」

「うん。何かな」

「どうして筆頭は、ジュディス姫様の葬儀に参列されていなかったのですか。婿になれと迫られるほど仲が良かったと聞いております。もしや内心では、末姫様を疎ましく思っておられたのですか」


 ハスターの問いかけに、クロウは困ったような顔をする。


「あーうん……そこ引っかかるよね。そうだよね。僕も参列するべきかなぁとは考えていたんだけど」

「……何か理由が?」

「どんな顔をしたらいいのか、分からなくて」


 クロウの発言に、ハスターは首を傾げる。

 それは配下の者たちも同じだった。


「あぁ、そうだ。実は葬儀の後に領主と色々と相談をしてね、君たちには話せない機密もたくさんあるんだけど……この一点だけは、コットン一家の中で共有しておくべきだって言われた情報があるんだよ」


 クロウはすっかり忘れてたとでも言うようにポンと手を打つと、一言。


「――精霊神殿に人体実験の施設を提供していたのは、サポジラ一家だった」


 そんな、衝撃的な内容を口にした。


「詳細は省くけれど、この都市を蔓延していた瘴気もその実験が原因だった。真実を知った僕は、サポジラ一家の構成員の中で人体実験に協力していた者だけを選別して首を刎ねたんだ。そして、主導していた元頭領を領主に引き渡したんだよ」


 ハスターは足下がガラガラと崩れる思いだった。

 それならば……それならば、サポジラ一家は本当に、除名どころか全員連座で処刑されていてもおかしくない罪を犯していたのだ。それでもなお、クロウはわざわざ罪人を選別した上で、領主と交渉し、一家の立て直しまでやってくれている。

 そんな中、末姫様があんな無惨なことになって……あぁ、そうか。彼にしてみたら、どの面下げて参列などできようか。悔しかっただろう。叫びたかっただろう。それでも彼は今、こうして穏やかな魔力で自分たちに接している。


 ハスターの心は、そこで折れた。


「そうだ、コットン一家の次の頭領を探しているんだよ。これだけの人をまとめられるんなら、ハスター、君が継いでくれないかな」

「……勘弁してくだせえ。儂のような年老いた愚か者は、静かに隠居すべきだと分かりやした。次代の頭領は、もっと若えのから選びなさるべきでさ」

「えぇ……」


 困ったように柔らかく笑う少年に……その実、自分などには想像もつかないほど重いものを背負っている次期若頭候補筆頭の姿に、ハスターは強く自分を恥じる。

 そしてその後、訓練ために全員本気で襲いかかっても、一歩も動かず全員を制圧してみせた彼に、ハスターはさらにさらにめちゃくちゃ強く自分を恥じた。それはもう、自ら穴を掘って埋まりたいくらいの恥ずかしさであった。


 そんなクロウが魔物の群れに単身で突っ込んでいっても、ハスターは心配していなかった。ただひたすら、与えられた役割を忠実にこなすため、配下に向かって檄を飛ばす。


「――三人一組、魔力を回復させながら役割を回せ! 弾幕の隙を作るな! 魔物どもをこの北門から、一歩たりとも市内に踏み入れさせるんじゃねえ!」

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