15 めちゃくちゃ前途多難だなぁ
ジュディスを巡るあれこれが落ち着いても、シルヴァ辺境領の問題は解決していない。
都市の外側ではどんどん瘴気が濃くなり、スタンピードは秒読み段階で、ダシルヴァ市にはピリついた空気が流れていた。
「お疲れ様。みんな訓練を頑張っているようだね」
「筆頭、お疲れさんです。全員集合!」
貸切状態の広場では、義勇兵団の中でもコットン一家の指揮下に入る中核部隊が訓練をおこなっている。
といっても、北門から伝令があればすぐに駆けつけられるよう、体力の消耗はなるべく抑えて、指揮系統の確認をするのが主な内容だ。
このあたりの差配は、ハスターという爺さん――サポジラ一家の時代から古参幹部をしている熟練者に一任していた。僕はそういうのはド素人だから、口を出すだけ邪魔だもんね……なんて思ってたんだけれども。
「筆頭。ぜひ訓示を賜りたく」
うん。ハスターはなぜか、僕が訓練を見に来るたびに全員を集めて、何か喋れと要求するんだよね。毎度毎度、なんかそれっぽいこと考えるの大変なんだよ。いやまぁ、求められたらやるけどさぁ。
「――義勇兵団の諸君。君たちの気合と努力は、僕のもとにも十分に伝わってきている。ずいぶん励んでいるようだね」
そう話しながら、僕は魔力を静かに広げる。
これは領主から教えてもらったんだけど、人前で演説をする時には、もっと魔力を繊細に扱う必要があるらしい。気候や状況に合わせて、威圧しすぎず、けれども頼もしいと感じさせる絶妙な力加減。これは貴族が何年もかけて磨いていく技術みたいで、各家ごとに秘伝のやり方があるそうだ。さすがだなぁ。
「さて……僕から改めて言うことでもないけど。僕ら義勇兵団は、エリート集団ではない。仮に騎士団を猟犬に例えるなら、僕らは野生の獣ってところだろうね。持っている爪や牙はバラバラで、本当に混沌としていると思う。だけど――」
そう言って、みんなを少し強めに威圧する。
「その混沌こそが、僕らの強さだ」
ダン、と地面を踏みしめる。
「自分の魔法や魔術は、誰のどんな戦いを手助けできる力なのか。隣にいる戦友と共に生き残るにはどうすればいいのか。みんなそれぞれ、自分の得意とするものを今一度考えてみてほしい」
僕は魔力にほんの少しだけ感情を乗せる。
みんなの心に勇気が湧くように。挫けそうになっても立ち上がれるように……ちなみに、これは領主がやってたヤツを真似してるんだよね。自分なりに試行錯誤してるけど、まだまだだ。技術の奥深さを感じる。貴族ってすごいなぁ。
「騎士のように誇り高くあれとは言わないよ。領兵のように画一的な戦い方をしろとも言わない。みんなに望むことは単純だ……野生の獣らしく獰猛に、自分の持っているものを全力で活かして、仲間の背中を守ること。共に戦おう。それが義勇兵団だ」
最後に一瞬だけ威圧をして、魔力を引っ込める。
うん、みんななかなか良い反応をしてくれるようになったけど、個人的にはやっぱりまだ魔力と演説の組み合わせ方が粗いんだよなぁと思う。引き続き、領主にはちょいちょいコツを習いにいくとしよう。
「ハスター、よくやってくれた。皆、戦う男の顔になっている……やっぱり君がコットン一家の次期頭領になってくれない?」
「勘弁してくだせえ。老骨はそろそろ引退させてもらって、若えのに託すのが何よりでさ」
ははは。もうホント、誰も彼もみんなコットン一家を継ぎたがらなくて、嫌になっちゃうよね。一家の頭領だってのに。夢の出世コースだよ?
「とにかく、この場は任せたよ。ハスター。僕は事務所にいるから、何かあったら知らせてくれ」
そう言ってみんなのもとを立ち去る。
街を歩いていると、コットン一家だけでなく市民みんなが浮足立っているように感じる。実際に、防衛戦の始まりは刻一刻と近づいているのだ。
事務所から
瓶底眼鏡を卒業したけど、最近は何やら魔道具の眼鏡をかけ始めたガーネット。黒い外套を身に纏い、大鎌を肩にかける死神スタイルがすっかり馴染んだキコ。そして、ショートボブにカットされた金髪にも慣れ始め、質素な服と自前の杖を持ったジュディス。
恭しく礼をした三人のうち、まず前に出てきたのはガーネットである。
「クロウさん。ジュディスの矯正が済みました」
「……え、矯正?」
「矯正しておきました。何から何まで色々ダメでしたので。妻としての序列と秩序、必要最低限の礼儀、態度。思いつきで暴走することの愚かさ……この娘、このままだとレシーナさんに殺されますよ。それと、領民の何人かにはこっそり生存を明かしても良いんじゃないか、なんて言い始めたんです。ダメに決まってるじゃないですか」
うん。そうだね。
えっと……僕がガーネットにお願いしたのは、ジュディスは色々と分からないことがあるだろうから、教えてやってくれって内容だよね。うん。その結果が矯正かぁ。たぶん本当に色々と直さないとダメだったんだろうなぁ。
戸惑っている僕のもとに、次に進み出てきたのはキコである。
「ジュディスに戦闘の稽古をつけた」
「ありがとう。それで?」
「一言で表せば、魔力の持ち腐れ。魔力量も魔法も、生まれ持ったものはとても優秀なのに、それを全く有効活用できていない。あと近接戦闘は論外。前線に投入したら最初に死ぬタイプ」
うん……伸びしろがいっぱいあるんだね。
いや、ろくに戦えないのは最初から分かってたから、キコに稽古をお願いしたんだけど。基礎的なことだけ、最低限でいいって言ったと思うけど、本当に大丈夫だよね。
とにかく二人ともありがとう。ただ、ジュディスがなんか小刻みに震えてるのは気のせいかな。ちゃんと加減はしたんだよね。信じてるよ。
そうして、最後に……生まれたての子鹿のようにガタガタと足を震わせたジュディスが進み出てくる。
「お控えなすって。わたくしは、シルヴァ辺境領主、ダルトン・シルヴァ・ダンデライオン辺境伯が末娘、ジュディス・ダンデライオンと申します。サイネリア組次期若頭候補筆頭クロウ・アマリリスさんの五番目の妻として参上しました。以後、よろしくおたの申します」
うん。妻だの何だのは今ここで口出しすると面倒くさいから放っておくけど、成人までは保留だからね。確定していることは何もないよ。ホントだよ。
「こほん。わたくしはこれから、元貴族だと決して露呈しないような立ち振舞いを一生懸命考え、亜空間内でのレッスンに励みます。クロウ様もよろしくて?」
「よろしいけど、めちゃくちゃ前途多難だなぁ」
「ご心配には及びませんわ。わたくしはこれまでも様々な分野のレッスンに真摯に取り組み、家庭教師の先生方に“もう良いんじゃないかなぁ、それで”といくつものお墨付きを頂いてまいりました。泥舟に乗ったつもりでお任せください」
あ、うん。
たぶん領主は、ジュディスを帝都貴族に嫁がせるためにいろんな習い事をさせてきたんだろうね。だけどなんでだろう、彼女がそれらをそつなくマスターしている姿が、全然思い浮かんでこないんだけれども。
「ジュディスは魔術師の杖を持っているけど……魔術は我流なんだっけ。何ができるの?」
「えっと……自分の魔法を込めた
おぉ。それは悪くないんじゃないかな。もちろん魔法の種類にもよるけど……例えば僕の亜空間魔法だったり、レシーナの読心魔法だったりは、魔弾に組み込むのが微妙な魔法だ。でもジュディスの魔法はもしかして、けっこう魔術と相性が良い類のものなんだろうか。
いろいろと思考を巡らせる僕に、話しかけてきたのはキコだった。
「スタンピードの間、ジュディスの面倒は私が見る」
「キコ……それはどういう意図で?」
「ジュディスの魔術は使い方を工夫すれば有能。影の中から放てば、今のジュディスでも多少なりとも活躍はできるはず。私は私でクロウに頼まれていた仕事はするけど、同行させるくらいなら構わない」
キコがそう言えば、ジュディスは意志の強そうな目で僕をジッと見つめてきた。まぁ、そうだよね。
生まれ育ったシルヴァ辺境領のピンチに、きっとジュディスは動かずにはいられない。彼女自身、暴走しがちが自分を反省している様子はあるけど、性格なんてそう簡単には変わらないからね。
それにこれは、彼女にとって最後の機会になるかもしれないし。
「ジュディス。君はこれから僕の配下になる」
「はい」
「スタンピードの状況が落ち着けば、僕は君をつれてサイネリア組の本部に帰る。今後またシルヴァ辺境領を訪れる機会があるかどうかは分からない……だから、育ててくれた故郷に恩返しをするつもりで、今回は全力で頑張ってほしい。あぁ、キコもありがとう。ジュディスのことをお願いできるかな」
そうして、ガーネット、キコ、ジュディスと今後のことをいろいろと相談し合う。
そうしていると、コットン一家の事務所に伝令らしき者が駆け込んできたので、僕は亜空間を出て彼を出迎えることにした。
こんな風に余裕のない顔で走ってきたということは、事態は急を要するのだろう。つまり、彼の口から飛び出してくる言葉は、僕の予想通り。
「――スタンピードが、ついに始まりました」
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