14 叱ってくれるのも愛だって

 こんなに規模が大きく、悲しみに満ち溢れて、胸が締め付けられるような小鬼ゴブリンの葬式を、僕は初めて経験している。


「わたくし……みなさんからこれほど大切に想われていたのですね。グスン。生きているうちに知りたかった」

「落ち着いて。死んでないよ」


 ジュディスは今、ゆるふわドリルだった金髪をショートボブくらいの長さで切りそろえ、服装もありあわせの質素なものになって、キコの影魔法の中から自分の葬儀を眺めている。

 うん。なかなかレアな経験だと思う。ちなみに切った髪は、ゴディス(ジュディスに擬態した小鬼)の頭皮に移植していた。


 通常であれば葬儀は神殿が主導して執り行うんだけど、今回に限っては領主が自ら行っている。

 なにせ、娘をこんな小鬼みたいな姿にした主犯が神殿なのだ。遺体を預けでもしたら、調査だのなんだのという名目で何をされるか分かったもんじゃない。神官には娘の遺体に指一本触れさせず、自らの手で遺体の保存魔術や死に化粧まで施して、おそらく人類史上初となるめちゃくちゃ手の込んだ小鬼の葬儀を開催するに至ったのである。頑張ったね。


「怖かった肉屋のおじさんも泣いてますの。駄菓子屋のおばあちゃんも膝が痛いはずですのに、献花にまで並んで。騎士は……騎士は……決して人前で涙を見せないものですのに。みんな揃って、本当に……本当に……」


 献花に並んだ人は、領主が手ずから化粧を施したゴディスの顔を覗き込み、悲しそうに崩れ落ちる人までいた。

 僕は……すごく胸が痛い。どんな屋敷の書庫に侵入した時にも、全く感じることのなかった強い罪悪感を、今はひしひしと感じている。すごく胃が重い。本当にごめんなさい。


 だけど、僕が罪悪感に苛まれるだけの成果は確実にあった。

 あの後、神官長の一派は騎士団によって捕らえられ、元近衛騎士メイア――神官メイアランテを含め、大勢の人間が帝都に移送されていった。まぁ、ゴディスの件は濡れ衣だけど、人体実験自体は本当にやってたからね。余罪もたくさんあるだろう。とはいえ、神官長の背後関係を追求するまでには至ってないけど。


 それでも、民衆の心は違うからね。なにせ、これまで突飛な言動に苦笑いしながらも愛していた姫様が、精霊神殿の手によって無惨な姿に変えられてしまったのだ。神殿への不信感は相当なものだ。

 そしてこの影響は、シルヴァ辺境領だけに留まるものではない。知らせを聞いた貴族たちはきっと、自分の領地でも同じような行為が行なわれるのではないかと危惧するはずだ。おそらくは国を超え、世界中で調査が行われることになるだろう。


 そういった社会の流れ自体が、非道な人体実験そのものを邪魔するための一手になる。それが、辺境伯と一緒に考えた作戦だった。


「……コットン一家の皆様も、あんなに悲しんでくださるのですね。わたくしはクロウ様に強引な求婚をして、ご迷惑をおかけしていただけですのに」

「自覚はあったんだ」

「恥ずかしながら。わたくしは他のやり方を知らずに育ってしまいましたから。本当にどうしようもない世間知らずで……それなのに、皆様あんなに」


 今現在、ジュディスが生きていることは、僕たちと領主だけの秘密だった。

 というか本来の僕の提案の通りだったら、ほとぼりが冷めたらジュディスには帰宅してもらって、ひっそりと平穏に生活してもらおうと思ったんだよ。でも、それに反対したのが領主だったのだ。


『そこまでやるのであれば、あの子はもう死んだものとして扱う。精霊神殿の研究を潰すために、娘の偽死を徹底的に利用させてもらおう』


 覚悟を決めた領主の目に、僕は何も反論することができなかった。


 葬儀の間、ジュディスはずっと泣いている。

 しかし彼女の声には、あの日のような空っぽな響きはない。こんな風にみんなから愛されていたことを知って、まぁ実は生きているって名乗り出たくてウズウズもしている感じだけど、とにかく以前の明るいお嬢様に戻っているようだった。うん。こっちの方が彼女らしいよね。


「葬儀が終わったら、領主のところに行くからね。今後のことを色々と打ち合わせないといけないし」

「……絶対に叱られますわ」

「叱ってくれるのも愛だって、この葬儀を見てたら分かるでしょ。ジュディスは大丈夫だよ」


 僕がそう言うと、彼女は止まらない涙をゴシゴシと拭いながら、コクンと力強く頷いた。


  ◆   ◆   ◆


 そんなジュディスは今、領主の執務室で正座をさせられている。


「お父様、わた」

「誰が発言を許可した。まったく……これまでさんざん叱ってきたが、今回という今回は本当に怒っているのだからな。クロウ殿がいたから事なきを得たものの、本当に危ないところだった。正座で済むだけ運が良かったと思いなさい。だいたいお前はいつもいつも――」


 こめかみにピキリと青筋を立てた領主は、マシンガンのように辛辣な言葉をひとしきりジュディスに浴びせかけると、腹の奥底から長い息を吐き出す。

 そして、何かの魔道具をチリンチリンと鳴らすと……部屋に入ってきたのは、領主とそっくりな年若い金髪の青年と、げっそりと痩せこけた女性だった。


「お母様。お兄様」

「ジュディ……ジュディス。ジュディス? あ、あ、あ、なんで、どうして」

「……父上。謀りましたね」


 ジュディスに駆け寄って縋り付いたのは、彼女の母親。そして、ジト目で領主を見ているのが兄だろう。なるほど。葬儀も一段落ついたこのタイミングで、家族にだけはジュディスの生存を伝える……というのが領主の意図か。


 混乱して何も話を聞いていない母親に代わって、ジュディスの兄が領主から話をしっかりと聞いている。


「――なるほど。神殿の人体実験は本当に行なわれていて、しかも少数民族の者が被害を受けていた。事件を不用意に大っぴらにはできないが、神殿の研究自体に痛手を与えたい。だから……小鬼の死体をジュディスに仕立て上げた、と」


 領主に質問を色々と投げかけ、ひとまず事態を把握したらしい兄が、僕に向かって丁寧に礼をする。


「挨拶が遅くなって申し訳ない。私はダグラ・ダンデライオン。このシルヴァ辺境領の次期領主になる者だ。この度は妹が大変世話になったね」

「サイネリア組、次期若頭候補筆頭。クロウ・アマリリスだ。ひとまずはジュディスの無事を一緒に喜べれば幸いだよ。実は葬儀の間、生きた心地が全くしなかったんだよね」

「はは、まったく。父上はこれだから」


 その後、グズグズに泣いている母親からも挨拶を受けた。ジュリアさんっていう名前らしいけど……もう全然聞き取れなくてね。みんな苦笑いしてるし。

 話をしていて、ジュディスにはこんな温かい家族がいたのだということを改めて実感した。今回の件がなければこのまま幸せに暮らせていたのかなと考えると、僕も責任を感じてしまう。何ごともなかったかのように彼女をただ救い出していたら、と。


 ちなみにこの会話の間も、ジュディスはずっと正座である。


「さて、クロウ殿。ご面倒をおかけして申し訳ないが、君に娘を預けたいと思う。この子は公式には死んだものとして扱うため、貴族令嬢として扱う必要もない。とはいえ……私にとっては、何ものにも代えがたい大事な娘だ」

「うん。分かったよ」

「孫が生まれたらこっそり顔を見せに来てくれ」

「ん?」


 なんだか僕らの間にすごく重大な行き違いが発生しているような気がするんだけど。

 え、ちょっと待ってよジュディス。元気な赤ちゃんを生みますって宣言は今このタイミングでする類のものじゃないでしょ。みんな拍手してるし。どうしてこうなった。待って。


 ひとまずそんな感じで、僕らの仲間にジュディスが加わることになったのだった。うーん……レシーナの反応を考えると、今からすごく胃が痛いなぁ。これは刺されるのか。いや、これはどうなんだろう。うーん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る