13 彼女なら僕の横にいるよ

 精霊神殿の応接室は、人がギュウギュウに押し込まれて酷い有り様になっていた。満員電車かな。


 それというのも、辺境伯と配下の騎士たち、神官長と配下の神官たち、それぞれが相手勢力を人数で圧倒したいと思った結果である。

 一応こういう場では、最低限必要な者のみを連れて話し合うのがルールみたいだけど……今回はなんやかんやと理由をつけて、互いに配下を増やしていったら収拾がつかなくなったらしいんだよね。


 そんなわけで、熱気がムンムン籠もった応接室では、ふんぞり返った神官長が余裕の口ぶりで話を進める。


「――そういうわけでな。君の娘のジュディスという子が、我々に妙な言いがかりをつけてきて困っておった。もちろん、貴族である君の娘だから、丁重に扱ってはおるが……このまま引き渡して本当に問題ないのか、私は疑問に思っているのだ」

「問題……とは」

「人体実験、だったかな。人間の身体を魔物か何かに作り変える実験をしている、みたいなことを言っておったが……ふむ。このまま素直に娘を返しても、また同じような妄言を垂れ流すだけではないかと、私は危惧しておる」


 神官長のネチネチした言葉に、辺境伯は魔力を放出する。それを受けた神官長も同じく魔力で対抗している。互いに魔力等級は特級で、どうやら威圧だけで相手を黙らせることはできそうにない。

 僕、キコ、ジュディスは影の中からその様子を見守る。配下の騎士や神官もそれぞれ魔力による威圧合戦を行っているけど……対話で解決するための場なのに、どうして当然のように魔力をぶつけ合ってるんだろう。脳筋だなぁ。


 そこで、辺境伯が口を開く。


「神官長も暇なのだな。たかが十一の娘の戯言に、随分と過剰な反応をしているように見えるが……はて、何か後ろ暗いところでもあるのかな」

「……どういう意味だ」

「いや、なに。本当に娘が事実無根の主張をしているだけなら、私が娘を叱り飛ばして終わりなんだが……君たちの反応を見ていると、何か隠し事でもしているように見えてしまってね。いや、貴族社会というのは時に騙し合いをすることもあるから、どうにも腹の底を勘ぐってしまう癖がついてしまうんだよ」


 すごく申し訳なさそうにペコペコしながら、実のところ内容としてはまったく謝罪をしていないという器用な立ち回りをしつつ、辺境伯は強気の魔力で一歩も引かない。


「騙し合いか。貴族とはなんと泥臭いものか」

「カビ臭いよりはマシだろうがね」

「くくく……」

「……ふふ」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ、と轟音が聞こえてきそうな威圧合戦を繰り広げる二人。

 うん。もうちょっと建設的な会話をすればいいのに。いっそ取っ組み合いの喧嘩でもしちゃった方が手っ取り早い気がしてきたけど、そういうもんでもないんだろう。


「神殿を疑うわけではないのだが……実は娘の話していた人体実験については、このシルヴァ辺境領で実際に行なわれているという噂があってね。ダンデライオン辺境伯家ではこれを調べていた」

「ほう。それが我々精霊神殿の仕業だと?」

「いや、首謀者が神殿だとまでは思っていなかったんだよ。だから娘の行動を聞いた時には驚いた。一体どこから情報を得たのやら」


 辺境伯の言葉に、神官長は顎に手をおいて唸る。


「ほう、そうか。ならば――」

「娘をこの場に呼んでもらえないかな。一体あの子が何をもって、人体実験の首謀者を神殿だと断定し、抗議するに至ったのか。その理由を知りたい。まずは事実関係を確認しないと、交渉も謝罪もないだろうからね」


 その言葉を聞いて、神官長の頬が緩む。


「そうだな……仮にだ。辺境伯令嬢ともあろう者がそんなに愚かなわけがないと思うが……もしも君の末娘の行動が、何の証拠や根拠もなく、ただひたすら浅慮で愚かな暴走だったと判断できる場合には。ちゃんと落とし前をつけてくれるんだろうな」

「あぁ。これが娘の暴走だった場合には、相応の態度で謝罪しよう」

「くくく……そうか」


 嬉しそうだなぁ、神官長。

 まぁでも、彼が喜ぶのも分かるよ。実際にジュディスはメイアの口車に乗せられただけだし、証拠も根拠もなく暴走したのは紛れもない事実なんだから。彼女をここに連れてきて、公の場でそれを明らかにするだけで、この交渉での彼の勝利は確定するのだ。


「おい。あの娘をこの場に連れてこい。丁重にな」

「はっ」


 まぁ、ジュディスを連れてくるのは無理なんだけどね。彼女なら僕の横にいるよ。すっかり大人しくなって、今はイジけながらクッキー齧ってるけど。リスみたいな感じで。


 そうして、会話がないまま一進一退の威圧合戦を続けることしばらく。慌てた様子の神官が部屋に入ってきて、神官長の耳元で何かを囁く。内容は無理に聞かなくても想像がつくけどね。

 あの娘がいなくなっただと。見張りは何をしていたんだ。なんだと。部屋の中の見張りは寝ていて、部屋の外の見張りは何も気づかなかっただと。そんなわけあるか。探せぇ。とまぁ、そんなところだろう。


「おや。どうした。私の娘は無事なんだろうな」

「白々しい。あの娘をどこにやった」

「ん? 待て、本当に娘の行方が分からないのか。私は神殿ならば娘に無体な真似はしないと思って、こうして悠長に待っていたんだが……おい。まさか本当に、あの子に何かしたんじゃないだろうな。あの子の身に何かあったら、神官長とて許さんぞ」


 辺境伯の怒気が一気に膨らみ、魔力が吹き荒れる。さすが演技派。全部分かっているのにここまで思いっきり魔力を動かせるもんなのかぁ……めちゃくちゃ怒ってる感じの魔力だ。


「落ち着け。今、配下に探させているところだ」

「ならば私も手伝ってやろう。おい、ジュディスに仕込んだ魔道具の反応はあるか」

「魔道具?」


 神官長の疑問に、辺境伯は騎士から手渡された方位磁石のような魔道具を見せる。


「あの子はすぐどこかにいなくなってしまうのでな。この針は、娘が首にかけているペンダントの位置を常に指すものだ。目の前に連れてこられないのなら、私が自らの足で赴こう。もちろん、神官長やその配下の者にも一緒に来てもらう」


 そうして辺境伯が騎士を伴って歩きだすと、神官長も慌てた様子で追従する。

 ちなみに、位置を示す魔道具というのは本当にジュディスに仕込まれていたもので、実はこれまでに何度か彼女のピンチを救ったらしい。彼女自身もそれが分かっているため、大人しくペンダントを身につけていたのである……つい先ほどまでは。


「辺境伯よ。この先にあるのは古い書庫だが」

「しかし魔道具はそこを指し示している」

「ふむ。逃げた挙げ句に身を隠したか」


 そうして、辺境伯と神官長がそれぞれの配下を伴って、書庫の扉を開こうとした時だった。


 押しても引いても扉が開かない。しかしよく見れば、扉には魔力認証で開く錠前魔道具がセットされている。それは淡い光を放ちながら、誰かに解錠されるのを待っているかのようで……うん。さっき食事の場に忍び込んだ時に、神官長の魔力紋を登録したのはこのためなんだけど。


「何だこの錠前は、知らんぞ。おい誰か。おそらく私の魔力では――開いた?」

「開いたな。君が施錠したんだろう」

「いや、本当に記憶にないが」


 そうして、一行は書庫の中へと入りる。すると目の前には――


 瘴気に満たされたガラス筒が六つ。そして本来ならば並んでいたはずの書籍は、まるで誰かの亜空間魔法にしまわれてしまったかのように消え失せている。まったく、誰の仕業なんだろうね。

 さて、六つのガラス筒のうち五つには何も入っていない。しかし一つだけ……小さな人影が、筒の中で力なく倒れているのが見えた。辺境伯が持っている位置特定の魔道具も、その影を指しているようだが。


「――ジュディス!」


 駆け出そうとした辺境伯を数人の騎士が必死に押し留め、別の騎士がガラス筒を確認しに向かう。


 それは一見、小鬼ゴブリンの死体にしか見えなかった。

 だがその頭皮からは、ふんわりとドリルに巻かれた金色の髪が生えていて。身に纏っているのは、身体のサイズに合わないドレスローブと軽鎧。これらは魔術師に憧れていたジュディスが、自分で注文してこしらえたものである。そして胸元に、肌身離さず持ち歩いていたペンダントが下げられている。


――うおおおおおおおおおおお。


 辺境伯の慟哭と共に、悲痛な感情の篭った魔力が、広く周囲に放たれる。それは神殿の建物を超え、見物に来ていた領民の元まで到達し、その魔力を受けた全ての人間を驚愕させた。

 まさか小鬼の死体を前に、これほどの悲しみを露わにすることができるなんて……。


 貴族の演技ってすごい。

 僕はそう思った。

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