10 次期頭領になってくれない?

 コットン一家の暫定的な頭領は、現在は僕ということになっている。


 ただ、僕自身はいずれフルーメン市に帰らなきゃいけない立場だからね。

 今は幹部たちと日々交流しながら後任を探してるわけなんだけど……なんでかなぁ。なんかみんな遠慮しちゃって、一歩引いてる感じなんだよね。もっとガツガツ来ていいんだよ。


「お疲れ様、アイシャ。少し良いかな」

「筆頭。ご苦労さんです」


 歓楽街にある一家の出張所。ここでは酒場、娼館、賭場などの管理業務が行われていて、全体を取り仕切っているのはアイシャという女性幹部だった。


 彼女は十年くらい前までバリバリの高級娼婦をしており、当時は男どもを手玉に取ってこの都市を裏から操っていた凄腕らしい。すごいよね。

 今ではその経験を活かして、裏方として精力的に立ち回ってるみたいだ。能力としてはダントツなんだから、次期頭領になってくれるといいんだけどなぁ。


「アイシャは前に、娼婦たちの待遇を改善したいって話をしてたと思うんだけど。今日は僕なりに色々と案を持ってきたから、方針を話し合いたくてね」

「はい、わかりました。内容は」

「うん。まずは大きな風呂屋を作りたくて」


 僕はそう言って、歓楽街の地図を広げる。


「アイシャが言っていた、毎日風呂に入れるのが一握りの高級娼婦だけだって問題点についてだけど……それなら新しく、娼婦専用の風呂屋を一軒作ったらどうかと思ってるんだよ」

「ありがとうございます。しかし場所は」

「ここにある娼館アネモネに移転してもらうのはどうだろう。もちろん移転先は一等地、歓楽街の入り口なら文句は出ないんじゃないかなと思って」


 僕の提案に、アイシャは悩ましげな顔をする。


「筆頭のご提案はありがたいですが、娼館にも格というものがございます。歓楽街の顔となる一等地に並ぶのは、高級娼館ばかりですから……アネモネのような格の低い娼館を前面に置けば、確実に浮いてしまう。アネモネにとっても他の娼館にとっても、良いことは何一つありません」


 なるほど、ことはそう単純じゃないのか。

 やっぱりこういうのは専門家に聞くべきだな。


「うーん……そもそも一等地が空白な理由は?」

「はい。老舗の高級娼館が閉店したのです。たしかに好立地ですが、格として考えると、ここに店を構えるのはどの娼館も尻込みしてしまいますから」

「そうか……それならいっそ、この一等地そのものに風呂屋を作ってしまおうか。この広い土地を遊ばせておくのはもったいないしね」


 僕の言葉に、アイシャは眉を顰める。


「風呂屋はできるだけ裏手に作りたいのですが」

「うん、分かるよ。湯に浸かって身綺麗にすると、女性たちの化粧も落ちる。客の目もあるから、行くのならこっそり行きたいんでしょ。それなら……こういう形ならどうだろう」


 僕は亜空間から黒い布を一枚取り出すと、ベールのように顔を隠す。


「歓楽街の一等地にある大きな風呂屋。そこは一般男性用、一般女性用、娼婦用の三つのエリアに分かれている。一般人からは利用料を取るけど、娼婦は無料。それと、娼婦には顔を隠せるベールのついた湯着を貸し出して、風呂屋と娼館の往復をひっそり行えるようにする……これならどうかな」

「なるほど。それなら娼婦も通いやすい。それと遊び終わった男たちの中には、帰る前に身綺麗にしたい者もおります。需要はあるかと」

「じゃあ、大まかにはその方向で検討を進めてみようかな。この土地は僕が預かってもいい?」


 別に儲けるのが目的の施設じゃないから、色々と試してみようかな。上手くいけば、引退した娼婦たちの再就職先としても期待できるだろうし。


 くくく、イメージはスーパー銭湯だ。

 魔道具を導入すれば設備も便利になるだろうし、運営に手間がかかるだろうけど、その分だけ雇用も生まれる。何より、また新しい建築ができそうだしね。今度はどんな建物にしようかなぁ。ワクワク。


「ところでさぁ……アイシャ、コットン一家の次期頭領になってくれない?」

「嫌です」

「えー」


 なんでそんなに嫌がるんだろう。まいったなぁ。


 さて、歓楽街を出て次にやってきたのは、この都市の工房区画。アルジラという幹部がやっている陶芸工房だ。

 彼はこの都市の陶器製造業を取りまとめており、自らも土操作魔法を用いて陶芸を行っている。顔がいかつくて頑固そうな雰囲気だけど、陶器職人たちからの信頼が厚い男だ。次期頭領になってくれないかなぁ。


「お疲れ様、アルジラ。様子を見にきたよ」

「へい。ちょうど筆頭にご覧いただこうと思ってたところでございやす。試作品がいくつか完成しやして」


 そう言って連れてこられたのは、工房の奥にある焼成窯のすぐそばであった。

 瘴気の濃い土地には粘土クレイスライムが多く生息しており、奴らは土を食べて粘土を排出する。そのため、辺境はあまり農業に適した土地ではなくなってしまう反面、陶器作りに必要な粘土には困らないのだ。


「それにしても筆頭。粘土に魔物の骨灰を混ぜて焼くと、これほど別物になるとは思いませんで……これは古代の遺跡で発掘される類の器と同種のものですぜ。どこでこんな知識を得たんです」

「古い書物でね。アルジラの言う通り、古王国時代には普通に作られていたものなんだけど、製法が途絶えてしまっていたんだ」


 並んでいるのは、前世でいうところの骨灰磁器に近い品々だった。とはいっても、前世でよく見た透明感のある白色の器だけではなく、使用する魔物の骨によって様々な色味の違いがある。もちろんまだ試作品だから、あまり綺麗とは言えない色のものも多いけど。


 僕も貴族の書庫の奥の方で見つけた情報だったんだけれど、どうやら精霊神殿によって、この器の製造は制限されてしまったらしいんだよね。特に白い器に関しては、精霊経典にある「聖なる白器」を連想させるから不敬だという、僕には全く理解できない理由で徹底的に潰されたらしい。


「うん。この白い磁器は綺麗だけど、神殿が口うるさくなる可能性があるからやめておこうか……こっちの漆黒のものと、渋いながら緑、赤、青の色が強く出ているもの。製品として世に出せるのは、この四種類くらいだろうか。落ち着いた色合いのものの方が良さそうだね」

「へい。魔物骨灰の配合は記録しておりやすんで、もう少し良い色になるよう弄ってみることにしやす。それと今は無地ですが、釉薬ゆうやくで柄を描き込むこともできるかと」

「そのあたりはアルジラに任せるよ。納得のいく試作品が出来上がったら、僕が領主のところへ持って行こう。新しい産業として成り立つようであれば、その取りまとめはアルジラにやってもらうことになるからね。頼りにしてるよ」


 僕がそう告げると、彼は何やら感激したように瞳を潤ませた。どうしたどうした、せっかくのいかつい顔が台無しだぞ。


「……サポジラ一家のときは、俺はずっと粘土いじりしか出来ねえ役立たずだと馬鹿にされてたんで」

「なるほど、そっか。それなら……今度はその粘土いじりを極めることで、馬鹿にしてた奴らを一緒に見返してやるとしようか。僕には分かるよ。この器はきっと評判になる」

「……へい」


 うん。彼みたいに愚直に頑張る人には、報われてほしいなと思ってしまうよ。まぁ、ヤクザ一家の構成員ではあるんだけどさ。


「ところでさぁ。アルジラ、コットン一家の次期頭領になってくれない?」

「無理でさ」

「えー」


 なんで嫌なの。なんかみんな拒絶するよね。

 そんな風にコットン一家の幹部たちと色々な会話をした後で、今日は領城へとやってきた。


 シルヴァ辺境領の騎士団はなかなかの精鋭揃いだ。

 魔力等級で言えば最低でも中級。貴族家出身の隊長格は特級だし、辺境だと魔物も強いから鍛錬も厳しくて、練度が高いみたいなんだよ。


「お疲れ様。騎士団長はいるかな」

「クロウ殿、少々お待ちを。今呼んで参ります」


 応対してくれた騎士はキビキビと対応してくれる。うん……なんかちょっとこう、騎士たちに怖がられてる感があるんだよね。なんでだろう。あ、もしかしてサポジラ一家の生首を大量に提出したからかなぁ。テヘペロ。


 さてと。応接室に通されて、しばらく。

 現れたのは顔なじみの爺さん騎士である。


「お待たせしましたかな、クロウ殿」

「いや、全然。それで今日は、例の件を相談したいと思って来たんだけど」


 茶飲み話でもするような雰囲気で、僕らは話し合いを始める。しかしその内容は、このダシルヴァ市にとって非常に重要な内容だ。


「我らの方で冒険者組合の情報を集めさせたが、クロウ殿の懸念通り、魔物の数が増えている。瘴気もすいぶん濃い……これはもしかすると」

「うん。魔物災害――スタンピードの前兆と見て間違いないだろうね。前回の発生からまだ日が浅いらしいけど、例の事件のせいで瘴気濃度が急に上がったから」

「ふむ。都市外壁の修繕を急がせたのは正解か」


 スタンピードとは、魔物が大量に発生して暴走を始める災害であり、辺境では定期的に発生するものだ。防衛戦はもちろん騎士団主導で行なうことになるし、その時にはコットン一家も総力を上げて共に戦うことになるだろう。

 騎士団、領兵団、神兵団、傭兵団、そして一般人を集めた義勇兵団。ヤクザも扱いとしては義勇兵団の一員ということにになる。


「コットン一家には、冒険者を中心とした戦闘の得意な一般人を率いてもらいたい。義勇兵団の中核部隊――約千名。任せたいのは、最も魔物の襲来が多い北門の防衛だ」

「うん。妥当な判断だと思う」


 各兵団には得手不得手があるからね。

 騎士団は魔力等級も高い精鋭揃いだけど、武官として働いているのは約五百名。戦場全体に広く配置して指揮系統を維持するのがメインの業務だから、直接の戦闘要員としては少数になる。

 領兵団は常備兵の集団で三千名ほど在籍しているが、彼らの普段の仕事は市内の治安維持や消防などのため、あまり魔物を相手にするのは得意じゃない。東西南北の門に広く配置し、雑務を中心とした仕事にあたることになる。


「冒険者たちにとっても、魔物災害は大きく稼ぐチャンスだからね。自らの有能さをアピールして身を立てる良い機会になる。義勇兵団の中でも、コットン一家が率いる中核部隊を北門の主戦力として配置するのは、当然の判断だと思うよ」

「うむ。危険な場所を任せてすまんが」


 この戦いが始まるのはそう遠い話ではないだろう。綿の生産場もしばらく封鎖しないとね。綿糸の在庫はずいぶん増えたし、少しくらい休業しても何も問題ない。それより、従業員の身の安全を第一に考えないと。


 そんな風にして、防衛戦の準備は着々と進んでいった。

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