08 どうしようもない世の中で

 小人ホムンクルスとは、フラスコの中で作られる錬金生命体である。


 身長は平均して三十センチほどで、力も弱く、食事として魔石を必要とする。

 そういった難点はあるものの、非力だからこそ言うことを聞かせやすいという理由もあって、それなりの収入がある錬金術師であれば家政婦代わりに育てたりすることもあるらしかった。


 僕の潰した地下研究所ではそんな小人たちも多数いて、小間使いとしても実験材料としても雑に扱われていた。今はガーネットの錬金工房で療養しているけど。


「はじめまして、僕はクロウ」

「……あたしはミミ。小人のまとめ役をしてるの」

「そっか。みんなの怪我はもう大丈夫かな。魔石が足りなかったら追加で持ってくるけど」


 僕がそう話しかけると、ミミは首を横にふる。


「みんな、生まれて初めて魔石を食べたんだよ。すごく感謝してるの。消耗品のあたしたちに、手厚く治療までしてくれて。こんなに良くしてもらって。でもね……あたしたちは、あまり役に立てないんだよ。見ての通り、身体も小さくて力もないし」


 うーん、彼女たちを助けたのは、別に何かの役に立ってもらおうと思ったわけじゃないんだけどなぁ。

 ただ、僕が素直にそう言っても、ミミは恐縮したり遠慮しちゃうかもしれないか。それなら。


「僕の話し相手になってもらおうかな」

「話し……相手?」

「うん。僕はミミたち小人にすごく興味がある。あぁ、神殿の奴らのように実験に使おうとかは全く思っていないよ。そうじゃなくて……くだらないことでもいいからさぁ。君たちが物事をどんな風に感じて、考えて、何を話すのか。そういうことを知りたいと思っているんだ。だから、いっぱい話を聞かせてほしいんだよね」


 そうして、僕はミミの小さな口に魔石の欠片を放り込む。


「たくさん話を聞くためには、まずは君たちに元気いっぱいになってもらわないと困る。だから、遠慮せず魔石をモリモリ食べて……あぁ、普通のご飯も食べるのかな?」

「う、うん。嗜好品みたいな感じだけど」

「じゃあ、みんなで美味しいものをいっぱい食べて、まずは体調を良くすること。心も疲れてしまっているだろうから、ゆっくり休んで……それでまた、回復した後にでも、こうしてのんびり話をしようよ。無理はしなくていいからさぁ」


 まだしばらくは療養する必要があるだろう。

 どうやら小人たちは、この実験施設では生まれてから一度も魔石を与えられずに弱りきっていたみたいだからね……亜空間にはたくさんの小人を収容したけれど、結局僕らが助けられたのはそのうちの二十人くらいだった。


 僕は、背後にいるガーネットに問いかける。


「ガーネット。小人たちの身体はどうかな」

「はい。治療は終わっているので、あとはゆっくり療養するだけで良いかと。私の魔法も……ちゃんと役に立ちました」


 そっか、それは良かった。

 ガーネットの感覚喪失魔法は、相手の感覚を奪う魔法である。もう少し細かく言うと、彼女の魔力は人の神経に干渉して機能を麻痺させることができるというものだった。だから。


麻酔魔法アネステシア……クロウさんの言う通りでした。私の魔法も使い方次第では、人を助けるために役立てられるんですね」


 そうして、彼女は小さく笑った。

 彼女が作った派生魔法は、怪我をした小人たちの治療に大いに役立った。魔石を食べさせ、痛みを麻痺させながら治療して……残念ながら全員は助けられなかったけれど、その苦しみを和らげてあげられたのは、ガーネットのおかげだ。


「そういえば、瓶底眼鏡は外したんだね」

「はい。クロウさんのおかげで、私の魔法も人を傷つけるだけのものではないと分かりましたから。これからはちゃんと魔力を鍛えて……スキルも魔術も魔法も、もちろん錬金術も。全てを使って人を癒せるように努力します」

「うん。期待してるよ」


 とりあえず、人を撃ってしまった衝撃からは立ち直ったみたいで何よりだ。

 というか……なんだろう。これまでの少しオドオドとしていた態度がなくなって、急にしっかりしてきたように感じるけど。何か心境の変化でもあったんだろうか。


「クロウさん。責任取ってくださいね」

「ん?」

「以前は、研究ができれば他は何でもいいみたいなことを言ってしまいましたが……あの発言は取り消します。私にこんな感情を教えた責任は、ちゃんと取ってもらいますからね。旦那様」

「んんん?」


 うーん……なんだろう。どことなく、ガーネットの瞳にレシーナっぽい何かを感じてしまうんだけど。背筋もシャキッとしてる気がするし。うん……まぁ、なんだかんだ、彼女もヤクザ一家の娘として育った子だからね。何かの覚悟が決まると押しが強くなるのかもしれない。分かんないけど。


「……とりあえず、成人するまでは保留で」

「分かりました。ちなみに私の成人は、クロウさんより二年ほど早いのでご留意くださいね」

「ねえ、中身レシーナに入れ替わってないよね?」


 そんな感じで、彼女の錬金工房には療養所が拡張されることになり、長耳人エルフ獣尾人ファーリィ竜鱗人ドラゴニュートの男女六人の患者と、二十人の小人たちが一緒に暮らし始めた。うん。ずいぶん賑やかになったね。


  ◆   ◆   ◆


 僕が地下研究所を綺麗さっぱり掃除した翌日。


 シルヴァ辺境領唯一の都市であるダシルヴァ市の中央広場には、ものすごい人だかりができていた。

 街の人の噂話では、悪名高きサポジラ一家の頭領が脱税の容疑で領主に捕らえられたらしく、それに関連して綿産業の今後にも関わる重大な発表があるという話だった。凄いよね、貴族って。噂話を流布するのが本当に上手なんだもん。こりゃ逆らえないなぁって。


 拡声魔道具の置かれた演台の上では、キラキラと輝く金髪をオールバックにした壮年の男――領主であるダルトン・シルヴァ・ダンデライオン辺境伯が堂々と胸を張っていた。彼の放つ穏やかな魔力が、民衆の目を自然と引き付ける。ほうほう、貴族とヤクザではやっぱり魔力の使い方が違うもんだなぁ。


『皆の者、静粛に。本日集まってもらったのは……この都市の綿産業にも影響する、とある重大な発表をするためである。そこで、まずは私の後ろにいる者を紹介しよう』


 領主の言葉と共に、僕は一歩前に出る。

 そう。紹介されるのはなんと僕である。


『彼はサイネリア組の次期若頭候補筆頭。クロウ・アマリリス。初めに彼の話を聞いてもらいたい』


 名前を呼ばれたらもう逃げられないね。

 とりあえず貴族の流儀にならって、僕も静かに魔力を放出してみる。ヤクザ式の荒々しいヤツではなくて、先程領主がやった穏やかなヤツである。そうすれば、きっとみんな自然な様子で僕に目を向けて……いや、なんで怯えてるの。そんな震えることないじゃんか。さっき領主がやったのとだいたい同じくらいの魔力だと思うんだけど。え、なにこの反応。理不尽じゃない?


「――サイネリア組、次期若頭候補筆頭。クロウ・アマリリスだ」


 おかしいな、こんなはずじゃなかったのに。

 でも、今さら魔力を引っ込めるのも違うしな。


「まずはダシルヴァ市の市民である皆様に、サイネリア組を代表して深くお詫びを申し上げる。この度はサポジラ一家……うちの傘下の馬鹿者たちが皆様にご迷惑をおかけしていたようで、申し訳なかった。本日はこの場を借りて、サポジラ一家への沙汰を申し付ける。一家のものは前に出ろ」


 僕がそう言うと、サポジラ一家の面々が演台の前に進み出てきた。幹部から若手の構成員まで含めて全員である。

 まぁその中には、騎士に挟まれて無理やり連れて来られた者もいるんだけど……うん。みんな揃って凄いビクビクしてるよね。そんなに怖がることないのに。


 悪辣な研究に加担してた者たちは、キコが昨日のうちに全員の首を持ってきてくれて、神殿が関わっている証拠と一緒に領主の騎士に全部渡してしまったからね。だからここに残っているのは、善人とは言えないまでも、比較的無害な者ばかり。これ以上の処罰をするつもりなんてないのにさ。


「さて……そんなに怖がらないでよ。僕がこれからするのは、とても当たり前の話だけだ。反論があるならいつでも受け付けるからさ。同意するかはともかく、聞くだけは聞くから。その都度名乗り出てね」


 僕が優しくそう言えば、一家の者はピシッと固まる。なんで。


「これは話の大前提なんだけれど。僕らヤクザにとって貴族家というのは、対立すべき敵なのだろうか。それとも協力すべき味方なのだろうか。みんなはどう考えている。そうだな。名指しで聞いてみようか。構成員名簿から……えー、じゃあ幹部のジルク。手を上げて。ん? あーそうか、ジルクはもう生首になってたな」


 僕がそう言うと、みんなガクガクと震え始める。

 大丈夫。落ち着いて。大丈夫だから。ちょっとしたヤクザジョークじゃん。場を和ませようとしただけなのに。


「それじゃあ、娼婦の取りまとめをしているアイシャ。君はどう思う。貴族とは敵か、味方か」

「は、はいぃ……あ、あ、あ……」

「どうした。君の考えを述べるだけでいい。単純な話だ。別に君と僕の意見が違っていたからといって、首を刎ねたりはしないよ」


 するとアイシャは、なぜかその場でガクガクと膝を崩し、ひれ伏して謝罪を繰り返していた。うーん? そんなに大した要求をしたつもりはないんだけどな。みんな怖がってるし。本当になんでだろう。


 あ、キコがたくさん首を刎ねた直後だからか。

 あらためて考えてみると……彼らは今朝方に大量の首なし死体と対面してから、時間を置かずにここに連れて来られたわけか。そりゃあ怖いかも。というか普通に怖いよね。よし、この場で「首」と「刎ねる」は禁止ワードにしよう。それがいい。もう手遅れかもしれないけど。


「まぁ、いいか。結論から言えば、ヤクザにとって貴族家とは尊敬し、尊重すべき存在であると僕は考えている。だってそうだろう。こんなに大勢の領民が平和に暮らせるよう、日々様々なことを考えて、骨を折ってくださっている。そして、みんなが最大限納得できるよう、法を定めて秩序を守ってくださっているんだ。そんな尊いお方たちに理由もなく楯突こうなんて……それは筋が通らない。僕らの存在意義は、そんなところにあるわけじゃないだろう」


 もちろん、悪い貴族が相手なら強く出るのもやぶさかではないけど、シルヴァ辺境領はすごく真っ当に統治されているみたいだからね。

 民衆からの信頼の厚い統治者を敵に回すなんて、ヤクザの風上にも置けない奴らだ。あの組長ですらセントポーリア侯爵家とはズブズブの関係を築いてるんだからさぁ。そのあたりは本当に大事だよ。


「貴族が定める法……それは人間の叡智の結晶だ。非常に尊いものだ。だけどそれは、決して完璧なものではない。多くの人を幸せにするような法であっても……百人いればそのうち何人かは、取りこぼしてしまう。不幸になってしまう。そして、僕らはみんなそうやって取りこぼされたハグレ者の集まりだ」


 といっても、僕は拉致された者だけどね。

 ただ思い返せば、辺境スローライフのために社会性を捨てていた僕は、間違いなくヤクザ者の資質があったんだと思う。少なくとも、遵法意識は確実に欠けてる側の人間だ。


「ハグレ者が寄り集まって、自分と同じように社会の隅っこで苦しんでるヤツらを手助けしてやる。それがサイネリア組の存在意義だろう」


 貴族が上から手を伸ばしても届かない者を、ヤクザが下から助けてやる。そうやって助け合ってできたのがサイネリア組なんだから。


「――食料が足りない村落があれば、身銭を切って届ける。喧嘩があれば、双方の話を聞いて諌めてやる。弱い者を守ってやる。疲れた男に身体を開いてやる。自分と似た境遇の子どもの手を引いて導く……そうやって、このクソどうしようもない世の中で燻ってるやつを助けてやるのが、サイネリア組の役割だ。違うか?」


 うん。僕はそう思ったから、今も逃げずにヤクザを名乗ってるんだよ。そこから逸脱すれば、僕らはヤクザですらないただの犯罪者集団に成り下がってしまうんだからさ。


「最近のサポジラ一家は何だ。かつての自分と同じ孤児たちを酷使しての金儲け。街に瘴気を振りまいて、カタギの皆さんに迷惑をかけても知らぬふり。都市の産業を牛耳って、辺境伯家の皆様方にまで心労をおかけして」


 そう話しながら、少しだけヤクザっぽく魔力を揺り動かす。ズルみたいなもんだけど、これは仕方ないよね。僕みたいな十歳の子どもに偉そうなことを言われても、威圧感が足りないとあんまり聞いてもらえないし。


「サポジラ一家の頭領の身柄は、辺境伯家にお渡しした。サイネリア組からは除名処分、今後あいつを家族として扱うことは絶対に許さない。サポジラ一家はもちろん取り潰し、その構成員だったお前たちは――」


 ここで、フッと威嚇を緩める。


「僕がこの手で、一から性根を叩き直してやる。黙ってついて来い。返事は!」

「「「へい」」」

「よし。僕からは以上だ」


 そうして、僕は魔力をしまうと後ろに下がった。うん……領主や騎士の皆さんからなんかすごい視線を感じるけど、大丈夫だよね。変なことにはならないはず。たぶん。


 さてと。一応表面上は取り繕えたと思うけど、ヤクザの中には僕に対して不満げな視線を向ける人がかなり多いみたいだからね。まぁ、こんな子どもに偉そうにされたら、それはそうなる。


――魔力で脅しても、心は変えられない。


 ここが本当のスタートラインで、僕はみんなの反発を上手く受け止めながら組織を立て直さないといけない。大変な仕事になるだろうけど、もう少しだけ頑張らないと。

 とりあえず、瘴気による空気の汚染を解決するところから始めるとしようか。都市の大掃除……しばらくは忙しくなりそうだなぁ。

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