05 純粋無垢な十一歳
僕はクロウ。純粋無垢な十一歳。
天涯孤独の孤児であり、日々のご飯にも事欠く有り様だったんだけど、優しい優しいサポジラ一家のところでは仕事にありつけるという素敵な噂を聞いてやって来たんだ。やったぜ。
あ、もちろんそういう設定だという話だよ。実際はヤクザ組織の幹部をしてます。現実ってつらいよね。
「おう、お前ら。今日から新入りが入ってきたぞ。せいぜい可愛がってやれ」
強面のお兄さんに連れて来られたのは、たくさんの子どもたちが集まる建物。サポジラ一家の経営する孤児院、という名の児童労働の管理施設だ。
たいていの都市には三種類の孤児院があるけれど、その実態はどれも微妙なんだよね。
貴族が経営する孤児院では、魔力等級の高い子どもしか引き取らず、将来は隠密騎士や貴族の愛人として扱われたりする。神殿が経営する孤児院で育てば、神官配下の兵や下働きとして、消耗品のような人生を送ることになる。残った民間の孤児院――たいていはヤクザが経営している――についてはピンからキリまであるけど、幼いうちから過酷な労働を強いられ、将来はほとんどの者が冒険者や娼婦になるようだ。
身寄りのない子どもにとって、この世界は生きていくのに大変な環境だと思うよ、本当に。
さて、僕がのこのこと連れてこられたヤクザの孤児院には、上は十五歳から下は乳飲み子まで、五十人ほどの子どもがいる。この年頃の子どもにしては、みんな妙に元気がないけど……まぁ、日々の仕事で疲れてるんだろう。仕方ないよね。
強面お兄さんが立ち去るとすぐ、年長者らしい少年が僕に話しかけてくる。
「俺の名はゴルジ。十五歳だ。お前は?」
「クロウ、十一歳。よろしくね」
「おう、よろしくな」
ちなみにこの施設には十六歳以上の子はいない。というのも、十六歳になるとみんな強制的に進路が決まってここを出ていくことになるからだ。
サポジラ一家に気に入られた者は一家の構成員になり、それ以外の者はみんな冒険者や娼婦になると決まっている。残念ながら、彼らにはそれ以外の選択肢など最初から与えられていないのが現実である。
「クロウも来たばかりで分からないことだらけだろうから、本当は色々と説明してやりたいんだけど……悪いが、もうすぐ仕事が始まるんだ」
「もう? けっこう早くから働くんだね」
「能天気な奴め。基本的に毎日朝から晩まで働き詰めだからな、覚悟しておけよ」
ゴルジとあれこれ話しながら、全員で施設を出てゾロゾロと歩いていく。
その中には明らかに仕事の役には立たなそうな赤ちゃんも含まれているんだけど、そういう子たちは年長の女の子たちが面倒を見ながら、みんな一緒に行くらしいのだ。
彼の話によると、どうやら十六歳になって施設を卒業する際には、それまでにかかった養育費が借金として課せられるらしい。それで、その金額を返済し終えることで晴れて自由の身になれると。
だけどそれを実現できるのは、才能と運に恵まれて賢く立ち回った一握りのみ。たいていの者は利子すら返しきれずに借金が膨れ上がり、延々と金を搾り取られる生活を続けている。
そもそも、そこまで有能であれば一家の誰かが早々に身内に引き込もうとするから、本当の意味でサポジラ一家から解放される者は極稀らしかった。
「俺は孤児院を出たら冒険者になる。しんどいって聞くけど、運が良けりゃ稼げる仕事だしな」
「人頭税も免除されるしね」
「その分、命がけだけどな」
冒険者に人頭税はかからない……というより、人頭税を払えないような人間が懲罰として冒険者にさせられ、辺境のような魔物の多い土地に送られてくるのだ。ようは孤児上がりや元囚人などが最後に行き着く、社会の最底辺とも言って良い職業なのである。
命をかけて戦っても、稼げる額は
「不謹慎だけど、魔物災害の時に活躍すりゃあ領主からまとまった報酬がもらえるからな。辺境にいれば定期的に稼ぐチャンスが巡ってくる」
「そんなこと大っぴらに言っていいの? 魔物災害で家族を失って孤児になった子もいると思うけど」
「ん? 俺もそうやって孤児になったが、そこはもう割り切るしかねえよ。どうにかして生き延びるには、切り替えていかねえと」
なるほどね。なかなか逞しいんだなぁ。
「冒険者以外の選択肢はないの?」
「まともじゃない裏仕事なんかはあるらしいが、そういうのは魔力等級が高くなきゃ長生きできねえ。そもそも神殿に通う余裕すらないんだから、みんな読み書きや計算すら怪しいしな。正直、手癖の悪いヤツも多いから……まともなとこは、孤児なんか雇ってくれねえんだ。なんだかんだ、冒険者になるのが一番現実的なんだよ」
そんな話をしながらのんびり歩いて、都市外壁の崩れた場所から外に出た。
浄化結界の範囲を出れば、瘴気は一気に濃くなる。僕らがやってきたのは、危険な森のすぐ側に作られた、背の低い柵に囲まれた牧場のような場所だった。
なんだろうこれ。大きさは子どもの膝くらいかな。何やら白いモコモコとしたモノが、瘴気を吸ってそこらを歩き回っているけど。
「ゴルジ、何これ」
「なんだ、クロウは初めて見るのか。魔綿草――なんでも綿産業を支える貴重な資源なんだとさ。俺たちの仕事は、あいつらの頭の上に生えた綿をスポッと引っこ抜いてくることだ。ただ、近づくと葉を振り回して切り傷を負わせてくるからな。覚悟しとけよ」
あらためて見てみれば、孤児たちの中でも男子の手足は傷だらけだった。
こういった傷を綺麗に治す錬金薬もあるんだけど、まぁそんなものが孤児たちに支給されるわけもないか。予想通りの状況ではあるけど。
「綿の回収は男の仕事。ゴミを払って荷車に積み込むのは女と小せえ奴の仕事だ。さて――お前ら、今日も始めるぞ」
ゴルジはそう言ってみんなを集め始める。なるほどなぁ。
ふと見てみれば、見張りのヤクザは一人だけだった。それも何やら退屈そうに居眠りを始めていたので……僕は早速ヤクザに近づいていって、パパッと亜空間に収納する。大丈夫、独房にはまだまだ空きがあるからね。
「お、おい。クロウ。お前何を」
ゴルジがずいぶん慌てているけどさ。
もういいよ、分かったから。
サポジラ一家が孤児をどう扱っているかは、十分に理解できた。これ以上、君たちが傷つくところを黙って見ている必要はないだろう。
僕は魔手を伸ばして、魔綿草の綿玉を亜空間に収納していく。すると、残った草の部分が一気に萎れて種がこぼれ落ちるので、それもまた回収。この種が瘴気を吸うことで、また明日には魔綿草に育っているっていう仕組みなんだろうね。
この世界の植物ってけっこう不思議な生態してるから、いずれ時間ができたら、色々と研究してみても面白いかも。
その後、呆気にとられる子どもたちを亜空間に招待すれば、僕の目的はだいたい達成したと見ていい。綿牧場の柵を破壊して、小鬼を数匹呼び込んでおけば、謎の集団失踪事件の現場は完成である。これでよし。
◆ ◆ ◆
僕が一人で紡績工場の裏口を訪れると、そこでは三人ほどのヤクザが朝食を取りながら雑談していた。
なんでも子どもたちは毎朝この人たちに収穫した綿を引き渡してから、夜遅くまで工場内で糸を作る仕事をしてるらしいんだよね。本当、休む暇もないブラック労働だよ。
「おはよう、お兄さんたち」
「んだガキ。孤児か? 綿はどうした」
「いや、それがさぁ。綿牧場の柵が壊れて、小鬼に荒らされちゃってね。突然のことでみんな散り散りに逃げたから、今頃どうしてるか分からなくて。とりあえずお兄さんたちに相談に来たんだけど」
僕の言葉に、三人は慌てて朝食を中断すると、今後のことを相談し始める。
一人は事実関係の確認のため現場に行き、一人は工場の中へ。そして残る一人は、僕を連れてサポジラ一家の事務所へと向かうようだった。
そんなわけで、やってきた一家の事務所。
何人かの強面お兄さんが集まる前で、僕は先ほどと同じ説明を繰り返す。ヤクザたちは困惑してるけど、まぁ僕みたいな子どもが急にそんな話をしても、そうそう信じられないよね。
するとそこに、現場確認に行っていた強面お兄さんが慌てた様子で戻ってくる。ね、綿牧場は壊滅してたでしょ。うんうん。
「どうした、お前ら。騒々しい」
「親父、ご苦労さんです。実は大変なことが」
サイネリア組シルヴァ支部の支部長。
そうそう、彼に会いたかったんだよね。
この男はサポジラ一家の頭領であり、この都市の裏社会を取りまとめる有力者。この綿事業の責任者でもある。
彼らの事業はなかなか上手くいっている。子どもたちを酷使することで安価に綿を収穫し、その繊維から様々な色や太さの綿糸を作る。そうして作られた糸は都市の各地にある加工場に運ばれ、雇用された多くの領民が織り布や編み布を作るのに使われていた。最終的に作られる衣類や寝具などは、交易品としてなかなか良い値段で取引されているんだとか。ふーん。
綿牧場が壊滅すれば糸の在庫は早々に枯渇し、これらの事業は全て破綻してしまう――と、議論が白熱する中。
僕の影の一部がスッと分離して、頭領の影の方へと移動した。影に潜む優秀な調査員の存在に気づいた者は、今この場には誰もいない。よろしくね、キコ。
キコの仕入れた情報の裏付けが取れたら、なるべく早く動き出さないと。
サポジラ一家の所業は、下手をすると他国との戦争にすら発展しかねないほどの
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