03 この世界には不思議なことがたくさんある

 サイネリア組の人間は、シルヴァ辺境領の関所で追い返されてしまう。

 組員から事前にそう聞いていたため、僕が関所でどのように振る舞うのかは、事前に検討して決めていた。つまり、こうだ。


「――こんにちは。僕は通りすがりのサイネリア組、次期若頭候補筆頭、クロウ・アマリリスだけど。どうも辺境でおかしなことが起きていると耳にしてね。領主に話を聞きたくて」


 魔力を穏やかに放出しながら、僕は関所を守る騎士や領兵たちに少しずつ威圧をかけていく。

 もちろん、一般人を装って領内に入るのは簡単だし、魔法を使えばさらに面倒は減るだろうけれど、それでは現状が何も掴めないからね。それならばあえて正々堂々と名乗り出て、相手の反応を見た方が事態を予測しやすいかと思って。


 領兵は僕の魔力に動揺したのかすっかり萎縮し、騎士は緊張した面持ちで伝令を走らせる。うんうん、慌てず落ち着いてね。


「クロウといったな。そなたの目的は」

「辺境伯との対話だよ。あぁ、別に敵対するつもりはない。今、魔力を引っ込めるけど……こうでもしないと僕のような子どもがサイネリア組の幹部なんて信じてもらえないだろうからね」


 程々のところまで魔力を抑えていけば、みんなの顔にやっと生気が戻ったようだった。我ながら脳筋ヤクザやってんなぁと思う。


「それでさ。聞いたところによると、サイネリア組の者はこの関所で追い返されてしまうとか。だけどこちらには理由に心当たりがない。何をどう対処するべきか、まずは話を聞かないことには始まらないから」

「……承知した。主にはその旨伝えよう」


 ふぅ、偉そうな口調で話をするのってちょっと疲れるよね。


 そうして丁重に案内された先、関所の内にある豪華な応接室、という名の勾留施設に僕はそれとなく閉じ込められたわけだ。運ばれてくる紅茶や焼き菓子をこっそり解析魔道具にかけるけど、毒なんかは盛られていないみたいだね。

 そのままのんびりと過ごしながら、一時間、二時間。ずいぶん長いこと待たされる。僕は座っているだけだからいいけど、ずっと警戒している騎士たちは大変なんじゃないかなと思う。


 何もしていないように見えても、実のところ僕は並列思考スキルを用いて常にスキル鍛錬を行っているんだよね。書庫には騎士人形ゴーレム魔道具が置いてあるから書籍だって読める。退屈というのは特にしないかな。ペンネちゃんに依頼されている戦斧の魔道具も図面を引いているところだから、案外やることは多いし。


 そうして、かれこれ四時間ほど待たされた頃だった。


「ついに現れましたわね、悪党の親玉! わたくしが来たからには、もう貴方の好きにはさせなくてよ」


 そう言って現れたのは、金色の髪をふんわりドリルに巻いた少女だった。

 年齢は僕とそう変わらないくらいだろうか。魔術師らしいドレスローブの上から軽鎧を身に纏い、右手には長い杖を持っている。彼女の後ろにはお付きらしい女騎士が控えているから、おそらく……というか、まず間違いなく高貴な身分のお嬢様なんだろう。


「はじめまして。僕はクロウ・アマリリス」

「初めまして。わたくしは、このシルヴァ辺境領の領主であるダルトン・シルヴァ・ダンデライオンの末娘。ジュディス・ダンデライオンでございます。年齢は十一。以後お見知りおきを」

「これはご丁寧にありがとう。僕は貴族の礼儀がよく分かっていないから、失礼な態度を取っていたら申し訳なく思うんだけど」


 僕の言葉に、彼女は小さく笑みを浮かべる。


「かまいませんわ。貴族が礼儀にうるさくするのは、同じ貴族に対してだけですもの。平民相手に細かい作法を強要する方が無粋というものです。それに、貴方の姿勢には特に失礼を感じませんから」

「それなら良かった。ありがとう」

「よろしくてよ。えっと……何の話だったかしら」


 ジュディスと名乗った彼女は、首をコテンと傾げてうーんと悩む。


「ジュディス様。悪党退治でございます」

「ハッ、そうでしたわ」


 女騎士にそう言われ、彼女は思い出したように杖を構えた。大丈夫だろうか。


「あぶないあぶない、騙されるところでしたわ。わたくしには領主の娘として、身体を張ってでも領民を守る義務がありますの。どんな悪党を相手にしても迎合することなど絶対にありえません」

「えらい。すごいなぁ。貴族のかがみだ」


 僕がパチパチと拍手をすると、ジュディスは恥ずかしそうにモジモジし始める。

 権力に胡座をかき、自分勝手に振る舞う貴族も少なくない中で、悪に迎合しない姿勢は貴族として素晴らしいと思うよ。素直に称賛しておこう。すごいね。


「あ、ありがとうございます。いえあの、お父様やお兄様からは危ない真似はするなと止められてしまうのですけれど……失敗ばかりですし」

「それはそれで、家族の愛情というものだろうけどね。ただ、僕は君の志はとても立派なものだと思うよ。貴族が簡単に悪党に迎合してしまったら、そのしわ寄せで苦しむのは領民だからね。良い宣言だったと思うけど」

「うぅ……そんな温かい言葉をかけていただくのは初めてです。みなさんわたくしに、城に引っ込んでいろと言うばかりで」


 そうかぁ。まぁ立派な志を持っていても、周囲の人からするとあまり危険な真似はしてほしくないのかもね。貴族の特級魔力を持っていても、搦め手で身動きを取れなくされることだってあるから。


「心配してくれるってことは、愛されてるんだよ」

「はい。その自覚はあるのですが……わたくしだって、何か領民の役に立ちたいのです。そう考えて、自分なりに魔術師の真似事なんかをしているのですけれど、やはり我流では限界がありまして。かといって、弟子入りして正式に魔術を学ぼうと思っても、お父様からの許可が下りませんし」


 そうか。大事に育てられてるんだろうね。


「自衛手段として学ぶのもダメなのかな。僕としては、この辺境で暮らしていくのなら身を守れるに越したことはないと思うんだけど」

「それが……その。お父様はわたくしを、帝都の貴族に嫁がせるつもりのようなのです。こんな危険な辺境ではなくて、どこか安全な場所で暮らして欲しいと……しかしそうなると、魔物と戦えるような野蛮な娘は、そもそも帝都では好まれないようで」

「なるほど。見事にすれ違っちゃってるね」


 ジュディスの父親の気持ちも分かるけどね。危険な辺境から娘を遠ざけたい。それも親心ってものなんだろう。でもそれが、彼女の本当に望んでいる人生なのかどうかは、難しいところだ。

 せっかく愛情を向けてくれているのに、話し合いが不足してすれ違ってしまうのは、なんか勿体ないなぁと思っちゃうよね。どうしてもさ。


「うーん……そうだなぁ。一度じっくり時間を設けて、お父さんと腹を割って話してみたらどうだろう」

「しかし、その。お父様はこれまで、わたくしの話を聞いてくれたことがありませんの」

「そっかぁ。悩ましいね……こればかりは絶対に上手くいく方法ってないからなぁ。まぁ、焦らず根気強くやっていくしかない気はする。あんまり良いアドバイスはできないと思うけど、僕で良ければ相談くらいには乗るよ」


 そうして気がつけば、僕はジュディスと向かい合って紅茶を飲みながら、彼女の人生相談をあれやこれやと聞き始めていた。

 うんうん。人間関係って理屈じゃ割り切れないこともあるもんね。十一歳とはいえ、色々と悩むこともあるよ。なるほど、帝都では辺境貴族は野蛮だと見下されることが多いのか。婚約者探しが難航している……しかしそもそも、彼女はあまり都会には興味がない。わざわざ苦労すると分かりきっている帝都には行きたくないんだとか。そっかぁ。


 彼女の問題を解決できるようなアドバイスでもバシッと出来ればよかったんだけど、なかなか難しいよね。僕は貴族事情に詳しいわけでもないし、とりあえず、話を聞くくらいしか出来なかったけど。

 ただ、話し終わった彼女はどこかスッキリした顔をしていたから、そこは良かったなと思う。たぶん、今まで周囲にこういう話を打ち明ける人がいなかったんだろうね。


「ジュディス様。そろそろ」

「あら、メイア。もうそんな時間なの?」


 女騎士に促され、彼女はやれやれといった感じで腰を上げる。


「ごきげんよう、クロウ様。また相談に来ますわ」

「うん。お父さんと話し合えるといいね」

「ありがとう。わたくしなりに微力を尽くします」


 そうして、ジュディスはずいぶんと明るい表情で部屋を去っていった。


 部屋の隅では、当初から騎士が三人ほど陣取って僕のことを警戒していたんだけど……彼女が去っていく時にはとても微妙な表情になっていた。

 うん。そうだよね。話の流れでなぜか人生相談に乗ってしまったけど、なんでこうなってしまったのかは僕にも分からない。この世界には不思議なことがたくさんあると思う。


 そうこうしているうちに、一人の爺さん騎士が現れる。


「……サイネリア組、次期若頭候補筆頭クロウ・アマリリス。お前を一時的に領城での預かりとする。牢獄に閉じ込めはしないが、自由に行動することは許されない。主との会談は未定だ」

「分かった。だけど……もしもウチの組員がシルヴァ辺境領に迷惑をかけているようなら、早めに教えてほしい。筋の通らないことをする馬鹿者がいるなら早々に対処したいからね。それくらいの権限は僕にも与えられているから」

「承った。いずれにせよ主の判断を仰ごう」


 こんな風にして、僕はダシルヴァ市にある領城へと移送され、客室に軟禁という形で扱いを保留にされることになった。

 ただ、これは想定内というか、比較的穏便な対応をされているように感じる。領主側もたぶん、僕の扱いについてはちょっと困っているのだろう。


 そして、日が沈んであたりが薄暗くなってきた頃。見張りの騎士が交代する隙をつくようにして。


「――じゃあ、頼んだよ」


 僕の足元からウネウネと伸びた影が切り離され、影魔法使いのキコは隠密行動を開始した。

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