第二部 シルヴァ辺境領の異変

第一章 辺境へ行こう

01 君ならできるよ

――全てのヤクザは二種類に分類できる。すなわち、刃物を持っているヤクザと、持っていないヤクザである。


「僕はどちらかというと、刃物を持っていない方のヤクザが好きだな」


 そんな言葉を口にしても、暖簾に腕押し、糠に釘。怒り狂ったレシーナにはなんの効果も発揮しない。さぁ、困ったぞ。

 今、目の前では短刀ドスを鞘から数センチほど引き抜いたレシーナが、綺麗な銀色の髪を振り乱し、鮮血のような真っ赤な瞳をギラリと光らせて、荒ぶる魔力を僕に叩きつけてきていた。鎮まりたまえ。


「ふふふ……クロウったら冗談が過ぎるわ。仕方ないから、もう一度だけチャンスをあげる。よく考えて発言することね」

「うん」

「この後の巡業の予定について、ぜひ貴方の意見を聞かせてほしいのだけれど」


 そうして、レシーナの魔力が荒ぶる。うん。

 サイネリア組が行っている冬季巡業。それは都市部に集まった収穫物を加工して縄張りの各地に再分配するという、毎年恒例の大イベントである。どうやら冬越えの物資が心許ない各地の村落は、僕らの到着を首を長くして待っているみたいなんだけど。


 正直、トラブルに次ぐトラブルで、巡業の予定にかなりの遅れが出ちゃってるんだよね。

 その上、この先のシルヴァ辺境領でも何やら問題が起きているらしいから、このままでは巡業そのものの完遂が危ぶまれる。だからさぁ。


「――辺境には僕一人で行ってくるから、レシーナにはみんなを率いて巡業の続きをお願いしたいんだよ」


 その瞬間、レシーナの濃密な魔力が火山の噴火みたいに溢れ出て、滞在している小さな村落を包みこんだ。うん……被害状況は後で確認しないと。村のみんなは大丈夫かなぁ。

 可哀想に、部屋の中にいたペンネちゃんは桃色ツインテールを小刻みに振動させて縮こまっているし、ガーネットは錬金工房に逃げて箱娘と化した。キコは無表情のまま静かにしてるけど、ピクリとも動かないのは怖がってるんだと思う。たぶんね。


「なんで。なんで。どうしてクロウは一人で辺境に行こうとするの。もしかして私から逃げるつもりなの。夢のスローライフを始めるにしても、どうして今このタイミングなの。どうして私を連れていってくれないの。ねえ、どうして――」


 誤解だよ。僕にとって辺境スローライフは絶対に実現したい夢だけど、さすがに今すぐにやろうとは思ってないよ。だって、ちゃんとサイネリア組を穏便に足抜けしてからじゃないと、後が怖いじゃんね。


「クロウは、私がいないと生きていけない」

「それは初耳だけど」

「つまり私から離れるということは、死ぬつもりだということでしょう。そんなの許さない。貴方が私の知らないところで死んでしまうくらいなら、いっそ今のうちに私がこの手で」


 レシーナ……君ってさぁ。いつもはすごく冷静で頭脳明晰なのに、僕のことになると思考能力がガタ落ちして支離滅裂になるよね。どうしてなんだろう。そのあたり、僕はすごく疑問に思ってるよ。


 そもそもこんなことになったきっかけは――


  ◆   ◆   ◆


 毎年、夜の長さが最も長くなる――前世で言うところの冬至の日には、神殿が主催する「年輪の儀」というイベントが各地の神殿で行われる。

 この世界では誕生日を祝うという習慣がなく、毎年この年輪の儀によって皆が同時に一つ歳をとることになっていた。それに合わせて、一歳になる赤ちゃんの命名祝いが行われたり、十八歳になる男女の成人祝いが行われたりするのだ。


 僕らも巡業の途中だったけど、年輪の儀に合わせて村落の小さな神殿に集まった。そして、お爺ちゃん神官のホラ話を聞いたり、赤ちゃんのお披露目や新成人の挨拶なんかを見物していたのだ。

 村落での年輪の儀はちょっと新鮮だったな。僕はこれまで都市部に暮らしていたから、命名・成人のお祝いは家族それぞれのタイミングで神殿参りをする感じだったんだよ。


 そんなことを考えながら間借りしている空き家に帰ってくると、ぐっと背伸びをしたレシーナが口元に小さな笑みを浮かべた。


「今日から十一歳ね。どんな年になるかしら」

「十歳が激動だったし、穏やかに過ごしたいけど」

「ふふふ……だけど、その激動の中で私はクロウと出会うことができたんだもの。一概に悪いとも言い切れないわ」


 まぁ、確かに悪いことばかりではなかったよ。ヤクザ組織の幹部にはさせられてしまったけどね。


 今日からみんな一つずつ歳をとり、僕、レシーナ、ペンネちゃんは十一歳。ガーネットが十三歳で、キコは十四歳になる。

 ちなみに彼女らの呼び方はすっかり「嫁軍団」で定着しつつあるけど、とりあえず結婚うんぬんは成人まで保留だからね。僕はまだ辺境スローライフを諦めていないんだ。ホントだよ。


 さてと気を取り直して、僕はいくつか年輪祝いの定番料理を収納すると、亜空間の中へと入る。


 僕の亜空間牢獄プリズンには現在十三名のヤクザたちが収容されている。

 そのうち十二名は帝国北部を縄張りとするネモフィラ組の構成員で、先日の襲撃の際にペンネちゃんが丁寧に寝かしつけてくれた者たちである。最初の頃こそ荒々しかった彼らも、今ではすっかり模範囚のようになっていた。いや、魔力威嚇スキルの練習台になってもらったら、なんか服従されちゃってさ。


 そんなわけで、彼らが過ごす場所も当初の独房から大部屋にランクアップして、広い空間で身体を鍛えたり賭け事をしながら、休暇みたいな日々を楽しんでいるようだった。正直、僕よりスローライフしてる。いいなぁ。


「みんな、調子はどうかな。今日は年輪だから、祝い料理を持ってきたよ。定番のものばかりだけど」


 そう言って大きなテーブルに料理を並べていくと、彼らは少し戸惑ったような表情で集まってきた。どうしたんだろう、なんか変なことでもあったかな。あ、お酒もあるよ。今グラス出すね。


「筆頭もどうぞ一杯やってくだせえ」

「うん。じゃあ一杯だけ」


 ムスカリという名の男、彼らのリーダーらしい筋肉達磨に酒を注がれ、僕もとりあえず乾杯にだけ付き合うことにした。とはいえ、長々と滞在しても彼らの方が気まずいだろうからね。ここは早々に退散するのが正解だと思う。

 ちなみに、次期若頭候補筆頭に就任してから、彼らからも「筆頭」と呼ばれるようになったんだけど……いいのかな。一応僕は、敵対組織の幹部にあたるわけで。そんな風に敬っちゃう感じで大丈夫だろうか。まぁ、その辺は彼らが納得してるなら僕から何か言うことじゃないけど。


「それじゃ、あとはみんなで楽しんで。仲良くね」

「ご苦労さんです」

「「「うっす」」」


 そうして、僕は彼らの部屋を立ち去る。

 次いでやってきたのは、もう一人、亜空間の牢獄で過ごしている男の独房だった。


 彼はメディスの手下として働き、僕が飲むスープに毒を持った元同僚――そう、ヒャダル君である。

 このところ、彼は書庫にある書籍を色々と借りて読みふけっていた。といっても、何かの狙いがあって調べ物をしているというより、新しい知識を学ぶことそのものを楽しんでいる様子である。なんでも、ヤクザの家に生まれていなかったら教師になりたかったらしいから、勉強自体が好きなんだろう。あと、どう考えても僕よりスローライフしてる。いいなぁ。


「ヒャダル君。祝い料理を持ってきたよ」

「あぁ……もう年輪の時期か」


 ヒャダル君は事務局長セルゲさんの孫。

 ペンネちゃんにとっては従兄にあたる。


……はずだったんだけどね。今日は彼に少々、残念なお知らせをしなければならない。とりあえず祝いの料理を並べながら、僕は少しだけ憂鬱な気持ちになっていた。そのままお酒を注いで、お互いに軽くグラスを持ち上げる。


 大皿の料理を一緒に摘みながら、僕は少し長めに息を吐いて、彼に話をするため心の準備をする。


「実は、本部からヒャダル君に手紙が届いたんだ」

「そんなに気遣わしげな顔をするな。どうせ届いたのは破門状だろう。サイネリア組からの破門と……おそらくバンクシア家からも追放になったんだろうな。やらかした所業と比べれば、温すぎる処分だが」


 それはその通りなんだけど……何だか淡々としてるなぁと思いながら、彼に破門状を手渡す。

 彼が実際にやったのは僕に毒を盛ったくらいで、それも未遂に終わったわけだし、メディスの毒虫もつけられて逆らえない状況だったのだから……僕としてはあまり厳しい処分じゃなくても良いと思うんだけど。まぁ、サイネリア組からの破門自体は避けられなかったとしてもね。


「家からの追放処分は重すぎないかな」

「そうか? 俺としては正直、晴れやかな気持ちだがな。やっとあの家から解放される……バンクシア家は色々と歪んでいるからな。こうなることは容易に予想がついたし、特に残念とも思わんが」


 ヒャダル君はグラスの酒をグイッと飲み干す。


「俺の処分はクロウに一任されたんだろう」

「うん。といっても――」

「ここで甘い処分を下すようなら、次期若頭候補としての資質を問われるだろう。いいさ、俺も今日をもって二十一歳になった。この稼業なら十分長生きした方だ……遠慮なく俺の首を刎ねろよ、クロウ」


 うーん……覚悟ガン決まりのとこ悪いけど。


「どうしてヒャダル君が、自分の処分を自分で決めつけてるのかは知らないけど……死んで終わりだなんて甘い処分を、僕が下すわけがないだろう。悪いけど、泥を啜ってでも生きて贖って貰うつもりだから」

「具体的には?」

「それはこれから考えるけど」


 僕がそう宣言すれば、彼は吹き出しそうになりながら「覚悟はしておく」とだけ答えた。

 ふん、だいたい僕の目標は穏便に足抜けして辺境スローライフを送ることなんだから、他人の評価なんか知ったことじゃないんだよ。自分が納得できない殺しを、他人の圧力で実行するなんて絶対に嫌だね。とはいえ、無罪放免ってわけにもいかないのが少々悩ましいところだけど。


「俺はいいが……ペンネのことは気にかけてやれ」

「ペンネちゃん?」

「あぁ。あいつはまだ、バンクシア家の屑どものせいで苦しんでいる最中だろうからな。従兄として噂は色々と耳にしていたが……家の中の扱いは、俺よりあいつの方が悪かったみたいだから」


 ヒャダル君はそう言って、小さくため息をついた。

 ペンネちゃんの家も色々と複雑なのかな。


 そうして亜空間の牢獄から出てくると、部屋には一人の男が待っていた。

 彼はジャイロ義賊団の一員で、この付近の浄化結界の交換を担当しているはずだが。


「筆頭。お待ちしておりやした」

「どうしたの? 何かあった?」

「へい。実は相談がありやして……」


 話を聞けば、どうも辺境がきな臭いらしい。


 サイネリア組が縄張りとするアズカイ帝国西部のうち、北端に位置しているのがシルヴァ辺境領なのだが。そこは「辺境」と呼ばれている通り、人類の生存可能領域のギリギリに位置している。

 領内には「穢れの森」と呼ばれる瘴気の溜まりの森が広がっていて、様々な魔物が跋扈している。村落など作ってもあっという間に飲み込まれてしまうため、人々は一つの都市に身を寄せて暮らしているらしいんだけど。


「どうも今、関所でサイネリア組を名乗ると追い返されちまうようでして。応対した騎士たちも何やら物々しい雰囲気で……それと、以前より辺境領の瘴気も濃かった気がしやす。これは何かあるかと」


 なるほど。この時期はサイネリア組の冬季巡業があるため、関所なんかで呼び止められることは少ないと聞いていた。というのも、変に巡業の足止めをすれば、物資を待っている民衆から石を投げられかねないからさ。

 なのに今は通してもらえない……となると、やっぱり何かあるんだろうね。


 シルヴァ辺境領はなんか不穏な感じだけど、ただでさえ冬季巡業が遅れている中、ここでまた変に足止めを食らうわけにはいかない。冬越えの物資を心待ちにしている村落は多いわけだし。

 となれば……冬季巡業の続きはレシーナに任せて、シルヴァ辺境領への物資は僕が一人で届けるとしようか。亜空間があれば運搬は何の問題もないし、それに現地の状況も気になるしね。


  ◆   ◆   ◆


 というわけで、レシーナに今後のことを相談したところ、見事にブチ切れられたのである。解せぬ。


「――僕は別に辺境スローライフを強行しようとか考えて、一人でシルヴァ辺境領に行くって言ったわけじゃないんだよ。理解してくれたかな」

「理解はしたわ。納得はしていないけれど」

「おぉ、思考能力が少しだけ戻ってきたみたいだね。いいぞいいぞ、その調子だ。もう少しだ」


 君ならできるよ、頑張って。

 なお、現在の僕らは恋人繋ぎみたいに手を絡めている。こうしないと、彼女の読心魔法の効果が発揮されなくて、説得が難しくなるからね……なんというか、イチャイチャすることで喧嘩を有耶無耶にしようとする悪い男みたいな仕草に見えるけど、違うんだよ。これは違うんだ。


「私を納得させたかったら……ね」

「キスを待つのはやめなさい。そうやって状況を利用して自分の思い通りに物事を転がそうとするのは良くないことだと僕は思うよ。とりあえず思考能力はちゃんと戻ったようだね。ほら、魔力を抑えて」

「もう。やっぱり手強いわね」


 ふふん、簡単に負けるわけにはいかないんでね。


「分かったわ。気は乗らないけれど、私は冬季巡業の続きに専念して、全部終わってからクロウを迎えに行くことにする……ただ」

「ただ?」

「クロウが一人で行くというのは無理ね。最低でも二人は貴方に同行させないと……彼女たちの方が納得しないでしょうから」


 レシーナは顎に手を当てて何かを考えている。

 最低二人……って、誰と誰のことだろう。


「それと、一時的に私が離れるというのは分かったけれど……お金の管理は私の方で行えばいいのかしら」

「お金の管理? なにそれ」

「もう、クロウはサイネリア組の幹部になったのよ。当然、幹部報酬として月に金貨十枚が本部から届けられる。直属の配下であるペンネ、ガーネット、キコへの給与もそこから払うことになるわ」


 ふーん、そういうのって誰から教えてもらうんだろうね。僕はまったく知らなかったよ。

 とりあえずレシーナが管理してくれるっていうなら、お願いしちゃおうかな。そんなに貰っても、僕はどうせ使い切れないと思うし。


 そんな風にしてレシーナと今後のことを相談しながら、僕は辺境での立ち回りについて色々と思考を巡らせていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る