31 言いたいことは山ほどあるけれど

 本部からの知らせ。

 それはレシーナにとって、ずいぶん喜ばしいものだったらしい。


 魔鳥の足に括り付けられていた荷物を受け取った彼女は、手紙を読み、なんだかここ最近で一番の笑顔なんじゃないかってほどご機嫌になった。もうニコニコである。僕は気になって、一体どうしたのか聞いてみたんだけど。


「ふふふ……今日はみんなでお祝いしなくちゃ」


 そう言って微笑むだけで、何も内容を教えてくれない。うーん、なんか嫌な予感がしてきたぞ。


「お嬢。もしかして、それ」

「ふふふ。たぶんペンネの想像している通りよ」

「お、ついにか……やったなクロウ!」

「何が?」


 うん、嫌な予感がさらに増したぞ。

 もちろんレシーナは友達だ。彼女が喜んでいるのであれば、共に喜んであげるのが友達としての僕の役目だと思う。だから内容を教えてください。なんでスルーするの。笑ってないで答えてよ。ねえ。


 はぁ。僕が車窓の外を見て黄昏れている傍ら、ガーネットは瓶底眼鏡をクイクイ動かしながら、レシーナの持っている箱を興味深そうに凝視していた。


「お、お嬢。たぶん私も分かりました。次の村落に着いたら集会場を貸し切りにしますね。お酒とお料理も準備しないと。親衛隊の者と手分けして用意します」

「えぇ。よろしくね、ガーネット」


 ガーネットも分かっちゃったかぁ。

 ちなみに、レシーナ親衛隊は一人増えて現在二十名。拘束していた組員のフトマルは、幼い姪っ子ちゃんに毒虫を仕込まれて脅されてたらしいんだけど、僕がメディスを討ったことでそれも問題なくなったからね。彼は念願かなって親衛隊に加わることになったのである。良かったね。

 レシーナが喜んでいる内容は、そんな彼らも巻き込んで大々的にお祝いするようなモノらしい。そっかぁ……いい予感はしないよね、やっぱり。


 ふと隣を見れば、キコはコテンと首を傾げている。


「私は……分からない」

「良かった。一人だけ仲間がいた。飴食べる?」

「うん」


 キコの口に魔素飴を放り込みながら、僕は湧き上がる不安感に厳重に蓋をして、全力で目を逸らし、亜空間から読みかけの書籍を取り出した。

 うーん、全然想像つかないけど……きっと、僕の辺境スローライフがさらに遠ざかるような内容なんだろうなぁ。嫌だなぁ。


  ◆   ◆   ◆


 背伸びをしている坊やみたいな黒服に身を包み、発表会スタイルになった僕は、宴会場の上座からみんなをざっと見渡す。

 どうやら僕以外の全員にはレシーナから事前説明があったみたいで、みんなちょっとソワソワしている感じだった。うん。僕にも教えてくれてよかったんだよ。ニコニコ顔のレシーナちゃん。なんかすごく嬉しそうだけど。


 さて、レシーナはその場にスッと立ち上がると、キリリと表情を引き締める。今さらだと思うよ。


「皆の者。本日は次期若頭候補クロウ・アマリリスの慶事である。しかと見届けよ」


 彼女はそう言って陶器製の酒瓶を両手にしっかり持つと、僕の盃をずいぶん上等な酒で満たしていく。水みたいに透き通ってるお酒って、こっちじゃ珍しいんだよね。

 ちなみにこの世界でも、基本的に成人前の子どもはあまりお酒を飲まない。ただ法で禁止まではされていないのと、魔力量が多ければ酔うこともないため、ヤクザや貴族の子であれば宴席では普通に酒が出されるのだ。人によってはガブガブ飲んでる。


「どうぞ、若候補。ご一献」


 レシーナに勧められるまま、酒を飲む。

 あ、これは美味しいお酒だ。厳密に言えば違いはありそうだけど、種類としては日本酒とほぼ同じものだと思う。お米の酒だよなぁ……たぶん。水みたいにすんなり飲めるけど、スッキリした飲み口の中にほんのりと甘さがあって美味しい。油断していると飲みすぎてしまいそうだ。


 僕が盃を置くと、みんなは盛大な拍手をしながら相好を崩す。おめでとう? ありがとう。うーん。ねぇ、それはどういう種類の拍手なのかな。


「傾聴。サイネリア組若頭、アドルス・ヘレ・サイネリアより言伝を預かっている」


 レシーナはそう言って手紙を広げる。

 若頭の言葉、か。


「――次期若頭候補クロウ・アマリリス。君がこれまで上げてきた功績は比類なきものである。組長並びにレシーナの解毒治療から始まり、表に裏に様々な分野で活躍し、組の発展に大きく寄与した。また、謀反人メディスを討ち取った功績についても、若頭アドルスの名において事実であると認めよう。よって――」


 あ、うん。

 メディスは本部でも信頼されていたし、戦闘後に残ったのが左脚だけだったこともあって、討ち取った裏切り者の正体が本当にメディスだったのか疑う声も出ていたらしいんだよね。それを、若頭は正式に認めてくれたと。なるほど。


「――クロウ・アマリリスを次期若頭候補として、幹部会に席を用意する。また魔金の盃を贈呈しよう。これをもって、親子盃の儀の代替とする」


 ちょっと待って。親子盃?

 あ……僕がさっき酒を飲んだ盃、もしや。


 みんなが盛大な、それはもう盛大な拍手でもって僕を祝ってくれるんだけど……あれだよね。つまり僕は正式にサイネリア組の一員になり、カタギの人間から完全なヤクザ者になったと。しかも幹部? 跡目争いにおいて他から一歩リードしてしまったわけだ。あははは……マジかぁ。


 しかもこの盃、見てみたら本当に魔金製だ。

 なんか重いと思ったら。


「おめでとうございやす、筆頭!」

「筆頭、何か一言!」


 組員たちから筆頭、筆頭と声をかけられて。

 あぁ、もう逃げられないなぁ……と思う。


 せっかく異世界に転生したのだから、大好きなクラフトゲームを再現して、辺境でスローライフを満喫しようと思っていたのに。

 レシーナ、ペンネちゃん、ガーネット、キコ。そして強面の非合法集団。僕の周りにいるのは、気がつけばヤクザだらけになっていて……色々納得いかないけど。


「……僕がこの度、次期若頭候補筆頭になったクロウ・アマリリスだ。みんな色々と言いたいことはあるだろうし、僕も言いたいことは山ほどあるけれども。とにかく、これから一緒にサイネリア組を素晴しい組織にしていこうじゃないか。はい。酒を持って……あ、ほらそこ取り合わない。喧嘩しないの。はい、みんな持ったかな。では……乾杯!」


 とにかくこんな風にして、僕の異世界生活は当初予定を大きく外れ、全く予想もしていなかった方向にゴロンゴロン転がっていってしまった。もちろん僕は、まだまだ辺境スローライフを諦めてはいないけどね。


 それでも心の奥底で……少しだけ、この強面集団と酒を飲んでいる時間を。うん。少しだけね。思いのほか楽しんでいる自分がいることに、気がついてしまったのだった。


〈第一部・完〉

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