30 私が念を押しておきたいのは
メープル製品の加工場が無事に稼働し始め、サイネリア組本部からの人員もメディスの左脚を運んでいったため、僕らはようやく冬季巡業を再開した。
僕が乗っている馬車には、レシーナ、ペンネちゃん、ガーネット、キコと女の子ばかり四人が同乗している。
最近はみんな彼女たちを「嫁軍団」と影で呼んでいるらしいけど、広めたのは絶対レシーナだと思う。そうやってひたすら外堀を埋めにかかるのは良くないと思うよ。
懸案だった毒物騒動がひとまず片付いて、レシーナは読心魔法を便利に使えるようになった。命を狙われる危険はグッと減ったはずだよね。となれば、僕もそろそろ本格的に辺境スローライフを――
「クロウ。飴ちょうだい」
そう話しかけてきたのは、キコだった。
今は目を閉じているから、彼女の黒曜石のような瞳は隠されている。口だけぽっかり開けて飴を待っている様子は……なんというか、餌を待つ雛鳥みたいだよね。
彼女が練習しているのは瞑想スキルで、今はまだ彼女の慢性的な空腹を賄えるほどの練度には至っていない。それでも、魔素飴をちょいちょい舐めながら過ごしているおかげか、これまでガリガリだった身体にもちょっとだけ肉がついてきたみたいだ。本当に良かったよ。
この中では一番の年上なのに、身体は一番小さいからね。とりあえず彼女の口に飴を放り込めば、小さく「最高」と言った。うんうん、いくらでもお食べ。
そうこうしていると、別の子が話しかけてくる。
「若候補。少々書籍で分からない点があるので、教えていただけますか。この二つの記述はどう考えても矛盾していると思うのですが。私の考えだと――」
そう話すガーネットは、両手の他に魔手を使って二冊の書籍を同時に読んでいるようだった。
魔力等級としては、彼女は下級に近い中級といったあたり。しかし、魔力こそ四人の中で最も弱いものの、彼女の錬金術への情熱には並外れたものがある。研究に役立ちそうなスキルは特に、ものすごい速度で習得していっているからね。魔力操作の精度で言えばダントツと言っていいだろう。
ちなみに、ガーネットが亜空間の錬金工房から外に出て活動していると、同行している組員たちは目を丸くして彼女を二度見するんだよね。
どうも箱から足が生えている状態の彼女(だいぶ誤解があるけど)をみんな見慣れてしまったらしく、本来の姿で普通に過ごしているだけで大きな違和感を与えてしまうみたいなのだ。可哀想に。
ガーネットとの会話が終わると、隣に座っているペンネちゃんがちょんちょんと肩を突いてくる。
「クロウ。あーし、ちょっと辛くなってきたんだけど」
そう言われて、ペンネちゃんの魔力の流れを確認する。うーん、なるほど。魔臓強化スキルがあんまり上手く使えてないかもな。
僕は彼女の臍に指を置きながら、少しずつ魔力の流れを修正する。
彼女はとにかく魔力等級を上げようとトレーニングを続けている。すごい速度で成長しているものの、目標にはまだまだ足りないだろう。
レシーナに恐怖せず「友達」として隣に立つためには、せめて特級になる必要があるからね。もう少し時間はかかるだろうけど、こればかりは一朝一夕でどうにかなるものでもない。とりあえず、干し柿をお食べ。
今彼女がやっているのは魔力増強トレーニング――瞑想スキルで魔素を集め、魔臓強化スキルで魔力に変換し、魔力拡散スキルで魔力を消費する、という流れを並列思考でひたすら繰り返す鍛錬である。それで、今は初期段階だけど、慣れてきたらどんどん負荷を増やしていくわけだ。
スキルというのは使い込むごとに効果も上がっていき、その練度に応じて身体も変化していく。それは、この十年鍛錬を続けてきた僕が身を持って知っていることだった。
魔力等級が下級だった僕が今では特級にまで鍛えられているんだから、元から才能のあるペンネちゃんはこれからグングン成長していくだろう。まぁ、鍛錬はちょっと辛いと思うけど。
ふと視線をレシーナに向けると、しっかりと目が合う。もしかしてずっとこっち見てたのかな。
「ねぇ、クロウ。一つ言っておきたいのだけれど」
「うん。どうしたの、レシーナ」
「先日も言った通り、私は側室を許さないほど狭量ではないけれど、妻の序列については絶対に譲らない。私がしっかりと選別に関わって、私とクロウの蜜月を決して邪魔せず、かつクロウの次期若頭就任に向けて役立ちそうな女を厳選する。そのつもりでいるわ」
言いたいことはいっぱいあるけど。
そもそも僕と君の間の行き違いは、当初から全く解消できてないと思うんだよね。ずっと平行線。本当になんで? 僕はとても疑問だよ。
「つまりね。私が念を押しておきたいのは」
「うん」
「貴族の女に手を出したら、刺すから」
そう言って、レシーナは
あぁ、うん。序列がうんぬん言ってたもんね。サイネリア組の若頭の娘であるレシーナも、身分制度上は平民でしかない。仮に僕が貴族女性と結婚することになったら、どうやっても正妻はそちらに持っていかれることになるから、それだけは許さないと。彼女はそう言いたいわけだ。
――でも、これから行くところは辺境なんだよね。誰かと結婚する気はさらさらないけど、辺境貴族と仲良くなることはあるかもしれない。ほら、いざスローライフをしようと思った時に、だいぶ動きやすくなると思うから。
「……貴族の女に手を出したら、刺すから」
大事なことだから念を押したんだね。分かったよ、ちょっと落ち着こうか。とりあえず軽率に
そんな風にして、僕らがいつものように戯れている時だった。
僕の魔力探知に、上空から近づいてくる魔鳥の反応が引っかかる。そして、馬車の上を三周、円を描くようにして飛ぶ。あぁ、これは。
「レシーナ。魔鳥が来た、本部からの連絡だ」
僕は馬車の木窓を開けると、遠距離連絡用の魔鳥を迎え入れた。
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