29 やっぱり威圧し過ぎたかなぁ

 僕とメディスの戦いは、特級魔力のぶつかり合いだった。


 まぁ深く考えなくても当然だけど、村落で眠りこけていた組員や村民、みんながその魔力を感じて恐怖に震えていたらしいんだよね。

 真夜中だったから何が起きているのかも分からず、さぞ不安だったことだろう。聞けば、赤ん坊すら夜泣きをやめて母親にしがみついていたんだってさ。まさに「泣く子も黙る」という……ホントごめん。


 あれから三日が過ぎようとしているけど、村民たちは僕を見るとビクッと体を震わせる。

 僕としては早々に立ち去ってあげたいところなんだけど、実は本部からの調査員がメディスの左足を受け取りに来る話になっていて、僕らはここで足止めを食らうことになったんだよ。まいったね。


 レシーナ親衛隊のみんなには手分けして周辺村落への物資輸送をお願いしてるけど、巡業全体の日程がどんどん後ろにずれ込むんだよね。後半の村落の人たちは、けっこうやきもきしてる頃だろうな。

 そんなことを考えながら散歩をしていると、こちらに走ってくるガーネットが目に入った。あ、箱娘じゃないよ。彼女も今だけは引きこもりをやめてちゃんと仕事をしてるからね。


「若候補。ご、ご苦労さまです。設備はひとまず順調に動いていますが、いくつか相談したいことがありますのでご足労いただいてもいいですか。あ、あと村の者がぜひ出来上がりの味見をして欲しいと申しておりまして」

「ありがとう、すぐ行くよ」


 瓶底眼鏡をクイクイと持ち上げるガーネットに続いて新設された建屋へと入っていく。

 そう、時間を持て余した僕は、ここでちょっとばかり村の産業に貢献しているのである。


「どうだろう。ガーネットにあげた錬金装置は活用できそうかな。けっこう便利かなと思うんだけど」

「べ、便利どころの話じゃありませんよ。どうやってあんなもの考えついたんですか。あれはとんでもない発明です。おそらく世に出したら普通に世界が大混乱になると思うので、公開するならよくよく考えて行動してくださいね」

「あ、うん。別に公開するつもりはないけど」


 ガーネットには僕のクラフト装置の一部――クラフトテーブル、クラフト錬金炉、クラフト錬金釜、それとレシピカートリッジを作るためのクラフト図面台。この四つをプレゼントした。

 彼女なら悪用はしないだろうしね。それよりも、ちゃんと資格を持った錬金術師に使ってもらった感想が知りたかったからさ。


 そうしたら……なんか、丸一日くらいフリーズしちゃってさぁ。


「い、今、いろんな錬金薬のレシピカートリッジを作っているんです。素材さえあればすぐにでも薬を作れるようにしておきたくて」


 彼女は錬金術師の中でも、薬師に近い仕事をしたいみたいなんだよね。すごいやる気で日々知識とレシピを増やしている。楽しそうだなぁ。


「と、ところで。どうして若候補は錬金装置をいちいちキューブ状に作成するんですか?」

「……様式美かな」

「あ、はい」

「そりゃあ、無駄を省いて小型化できるものもあると思うけど……慣れるとけっこう便利なんだよね。装置の配置を考えるのも楽になるし」

「はぁ」


 うん、まぁ実はゲームを再現したいだけなんだけど、その本音は内心に留めておこう。

 というのも、実はこの世界で「ゲーム」という単語を公言すると、ちょっと面倒くさいことなるんだよね……何も知らない頃は、無邪気に「クラフトゲームを再現する!」って妹に宣言しちゃってたけど。あれ実はかなり危なかったんだよ。


 さて、この地域の中心都市であるメイプール市は、寒冷地には珍しく甘味で有名な都市である。そして、それを下支えしているのがこの周辺の村落だった。

 帝国南部と比べて気温の低いこの近辺では、サトウキビではなく甜菜てんさい――砂糖大根を栽培したり、楓の樹液を煮詰めてメープルシロップを作っているのだ。


 とは言っても、甜菜から精製できる砂糖の量なんてサトウキビに比べるとたかが知れているし、楓の樹液は樹木を傷つけて採取するため大量生産には向かないというのが実情だった。うーん、サトウキビとかクラフトゲームでは簡単に栽培できたんだけど、現実ではそうもいかないみたいだね。

 ガザニア一家にとって、甘味事業からの上納金は重要な収入源である。そのためガーネットは、錬金術の勉強を許可してもらう条件として、砂糖の生産量を上げるべく甜菜の品種改良を命じられていたらしいんだ。


 そんなわけで、僕が手を付けたのは甜菜の改良……ではなく、楓の木の方である。


「驚きました。まさか木にパイプを取り付けて楓の樹液を回収するとは」

「いやむしろ、なんで今まで斧で傷をつけてたんだろうね。木がダメになったら元も子もないんだから、てっきりその辺りは何か工夫してるんだと思ってたよ」

「なるほど、さすが若候補。死なない程度に加減して長く搾り取るというヤクザの作法を、まさか楓の木にも適用する考えは……私にはありませんでした」


 人聞きが悪いからやめてほしいなぁ。

 ちなみに厳密に言うと、この世界の楓は前世のものとは別物だと思う。だって、斧で傷をつけられても一時間後くらいには傷が塞がってるし。それで、何度も何度も傷をつけていると回復速度がどんどん低下して、それでも傷をつけ続けると木が死ぬらしいのである。何その謎システム。


 そんなわけで、僕はふと思いついて、楓の木の傷口に魔鋼製のパイプを突っ込んでみたのだ。いやほら、前世での樹液集めってこうやって穴を開けてパイプを突っ込んでたような気がするからさ。パイプには返しをつけておいたから、もし仮に楓の木に何かしらの意思があったとしても、そう簡単には排出できないように工夫してある。で、その結果が。


「おぉ、クロウ殿。よくぞお出でくださいました。おかげさまで樹液の生産量がとんでもないことになっておりますじゃ。ただいま出来立てのシロップをお持ちしますので、どうぞご賞味くださいませ」

「あ、うん。楽しみにしてるよ」


 村長のテンションがとても高くて微笑ましい。

 ちなみに、どうもこの世界の楓は、季節に関係なく樹液が採取できるらしいんだよね。樹液生成に魔力も使ってるみたいだし。葉の形状やシロップの味はよく似ているけど、やっぱり別物なんだろうなぁ……まぁ、そもそも人間だって魔臓なんてものが備わっていたり、魔物とかいう謎生物が闊歩していたりするから、世界の仕組みがそもそも違うって話なのかもしれないけど。


「それで、クロウ殿に相談があるんじゃが……あまりにも急激に樹液の生産量が上がったので、こんな量のメープルシロップを売り捌けるか心配しているのですじゃ」

「うん、そうだね。仮に今までの倍量のメープルシロップを流通させようとしても、メイプール市のみんなが倍量のメープルシロップを使うわけじゃないんだし。日持ちがする品とはいえ、誰も無駄な在庫は抱えたくないだろうしね。村長が危惧している通り、今の販路で売りさばくのは無理だと思うよ……普通だったらね」


 ふっふっふ。そういったお困りごとならば、帝国西部に広い縄張りを盛っている強面集団の出番ということになるだろうねぇ。さて、ここはドーンと任せてもらおうか。


「サイネリア組の事務局長と手紙のやり取りをしているんだけど。まずこの村では、メープルシロップとあわせてメープルシュガーを作ってもらいたいと思っているんだ」

「ふむ、メープルシュガーでございますか……たしかに、これだけの樹液を安定して採取できるのであれば、砂糖にしても問題はないですじゃ。シロップよりも量は減りますが」

「量が減っても、砂糖にするだけの価値はあるよ。シロップとはまた違った需要があるしね。それで……大量に作ったメープルシロップ、メープルシュガーをサイネリア組が一括購入する。販売については組に任せてもらえれば、帝国西部全域で売り捌けると思うよ」


 事務局で検討した結果、売り捌くのはおそらく問題ないとのことだった。フルーメン市までの運搬はガザニア一家に担当してもらって輸送費で稼いでもらい、事務局には食品を取り扱う商会を中心にこれらを売り飛ばしてもらって、みんなが得をするような取引になる――というのが僕の作戦だ。

 細かいことは事務局に任せているけど、たしか通常の砂糖とは違って、少量しか生産されない前提のメープルシュガーには大した関税がかけられていないはずだ。その一方で庶民には甘味の需要自体は確実にあるので、今後も継続した収入が見込める。うんうん、これでサイネリア組も立派な砂糖ヤクザだね。


「あ、そうだ。みんなガッポガッポ儲けると有頂天になりがちだけど、この村落だけが急激に発展すると周囲から恨みを買う可能性があるからね。あと変な貴族から目をつけられるかもしれない」

「そ……それは一体どうすれば」

「大丈夫だよ。いいかい、よく聞いてね。周辺の村落を、みんな巻き込めば良いんだよ。これはメープル事業を継続的に行う上での絶対条件だ。下手に独占したり仲間外れを作ろうとすれば、採取方法や樹液そのものを盗もうと画策する奴らが出てくる。そういう可能性を事前に潰すためには、最初からオープンにしておくに限る」


 まぁ、それでも絶対ってことはないだろうけど。


「そもそもこの周辺の村落はみんな、サイネリア組の手厚い保護下で活動しているわけだからさ……村同士のつまらない争い事で組を煩わせるなら、全員の首を刎ねて人員だけ総入れ替えするから。肝に銘じておいてね」


 そう言って少しだけ魔力を放出すれば、村長は青い顔でブルブルと震える。あぁ、今の僕はすごくヤクザっぽいんじゃないだろうか。でもなぁ、ここで釘を差しとくのはめちゃくちゃ大事だし。


「共存共栄。欲をかいて楓の木から今以上に樹液を搾り取ろうとしないこと。自分の利益のために知識や技術を独占しようとしないこと。仲間外れも作らないこと。そうやって、関係者全員がほどほどに得をする状態を継続できれば、僕たちはずっと仲良しでいられると思うよ。どうか、これからもよろしくね」


 村長の肩をポンと叩くと、彼は可哀想になるくらい膝をガクンガクンとさせて白目を剥きそうになっていた。うーん、やっぱり威圧し過ぎたかなぁ。

 最近の僕は、ヤクザのやり方にずいぶん染まってしまっているのかもしれない。気をつけないと。

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