26 その女は何?
ペンネちゃんは人差し指でツンツンと、足の生えた箱型魔道具――ガーネットの引きこもっている錬金工房を突きながら、こちらの方を全力で見ないフリしてる。まぁ、彼女は当事者ではないから、この事態に積極的に関わりたくはないよね。うんうん、しょうがない。
正座をする僕とキコ。
その目の前では、
「クロウ。その女は何?」
んー? 何って言われても。
おかしいな。そもそもレシーナは、ペンネちゃんが僕の部下になった時も表立っては何も言わなかったし、ガーネットのことを僕の妻にするため積極的に手を回していた。今さら、女の子の部下が一人できたからって、そんな感じにキレるとは思わなかったんだけど。
僕が首を傾げていると、隣から無表情のキコが話しかけてくる。
「クロウ。飴ちょうだい」
「あ、うん。はい、あーん」
「あー……ん。最高」
キコの口に魔素飴を放り込むと、レシーナの魔力が爆発する。
うん。馬がビックリしてるからさ。たぶん他の馬車の組員たちも、君の魔力を感じて怯えてるだろうから。ちょっと落ち着こうか。落ち着きは美徳だよ。ペンネちゃんを見てごらん。一心不乱に錬金工房をツンツンして、桃色ツインテールがブルブル震えてるだろう。可哀想に。そう。だから
「……私はクロウに言ったわよね。側室を許さないほど狭量ではないけれど、妻の序列については絶対に譲らない。私がしっかりと選別に関わって、私とクロウの蜜月を決して邪魔せず、かつクロウの次期若頭就任に向けて役立ちそうな女を厳選すると」
「後半は初耳だけど」
そんなこと考えてたのかぁ。
いや、そもそも誤解があると思うんだけど、僕はキコを部下として雇用しているだけの関係であって、レシーナが考えているような大人の男女の爛れた関係みたいな感じでは全然ないからさ。というか、キコが僕の部下になる動機はあくまで食欲に根ざしたものであり、色気のある関係に発展する可能性はかなり微妙じゃないかと思うんだ。そしてそれ以前に、僕とレシーナは友達関係だろう?
僕が首を傾げていると、レシーナは僕に人差し指を向けてくる。
「――
「痛い。おぉ、ちょっと工夫してきたね」
「回転力を加えてみたのよ。私がこんなに愛を語っているのに、柳に風なんだもの。まったく……妻の可愛い嫉妬くらい、たまには受け止めてくれても良いじゃない」
ふむ、なるほど。色々と認識にズレがあるようだなぁ。
まずもって妻ではないこと、嫉妬の基準がよく分からないこと、愛の定義に納得がいかないこと、それと「たまには受け止める」ってレベルの魔弾じゃなかったこと……いや、うん。落ち着いて。僕が喋ろうとするのを
「さて、黒曜石のキコ。貴女は味方殺しの狂人として忌み嫌われているけれど……貴女を部下にすること自体がクロウの覇道を阻むと思わないのかしら」
「思わない。むしろ狂人を手懐ければ一目置かれる」
「それは……あら、それはアリね。ふふふ。あの黒曜石すら屈服させるほどの実力をクロウが隠し持っている……その噂が立つことは、クロウの格を上げる上では有効に働くかもしれないわ」
そう言って、顎に手を置いて考え始めるレシーナ。だけどさ、そもそもだよ。そもそもの話として、僕は君ときっちり認識合わせをしておくべきだと思うんだけど。
――僕の覇道って何?
「味方殺しの件は、何か事情があるの?」
「……ある」
「そう。詳しく語れとは言わないわ。私には今の貴女の言葉と感情で、十分に伝わったから」
僕には何も伝わってないけどね。
まぁ、読心魔法を使えるレシーナが大丈夫だと判断したのなら、その点は問題ないんだろうけどさ。
「妻の序列を守るつもりはあるかしら」
「もちろん。レシーナ姉さん、ペンネ姉さん、ガーネット姉さんと順に続いて、私はその妹分。この序列を崩したり、裏切るような企みは、今もこれからも、一切持たないと誓う」
「そう。嘘はついていないようね」
待って待って。君らの中でペンネちゃんってそういう認識なの。それと、いつの間にかキコが部下じゃなくて妻になる前提で話が進んでる気がするよ。そのあたりどうなのさ。さっきから口を挟みたいことが多すぎて、僕はツッコミが全く追いつかないんだけど。ねえ。
「あら、キコ。何か不満そうな顔をしているわね。今だったら聞いてあげるけれど」
「ガーネット姉さんについて……木箱に足が生えてるだけの女の方が、序列が上なんだなと思って。その点だけちょっと不満」
いや、あの箱は魔道具だからね。
中にはちゃんと十二歳の女の子が入ってるから。
何だか妙に気疲れしてしまった僕は、のんびりと進む馬車の木窓から外をぼんやり眺める。
つい先程キコは雨が降りそうだと言っていたけど、あの晴天から一転、本当に降ってくるとは思わなかったな。どうやらそれは魔法ではなく、村落で暮らしている時に自然と身についた感覚的なものらしいけど。たぶん、名前もつけられないような淡いスキルのようなものなんだろう。この世界にはそういった不思議なものが多い。
僕らの馬車は
彼らは他派閥から寝返った総勢十九名の男たちで、僕らが乗る以外の九台の馬車に分乗して冬越えの物資を運んでいる。巡業の当初とは人数も顔ぶれも大きく変わってしまったものの、黒塗り馬車で縄張り内を練り歩くという役割はどうにか果たせそうだ。あー良かった。
彼らはレシーナのことを「姐さん」と慕ってすっかり直属の配下を気取り、今は互いに自分たちの出身派閥の情報を交換し合っている。隊長を名乗るおっちゃんが後ほど資料にまとめてくれるらしいから……うん。どんな内容が飛び出してくるのか、楽しみにしておこう。
ただ一人だけ。フトマルという名の太くて丸い体つきをした男は、一連の事件を起こした黒幕の手下であり、今はまだ僕の亜空間に拘束している。
彼はどうやら四歳の姪っ子の命を黒幕に握られてしまっているらしく、現状では下手に裏切るような行動を取れないのだという。涙ながらにそう語るので、ひとまず今回の件が片付くまでは安全に退避してもらおうと決まったのだ。
そうして色々と考えていると、隣のキコがちょんちょんと僕の肩を突く。
「クロウ。飴ちょうだい」
「ん? あーん」
「……妻の序列というものについて、私たちはもう一度よく話し合う必要があると思うの。ねぇ、キコ。貴女もそう思うでしょう」
小さな雨粒がパラパラと落ちてくる夕暮れ。
色々と手間取ってしまったけど……どうにか日が落ちきる前には、次の村落に辿り着けるだろう。馬車の揺れに合わせ、僕は脳裏に浮かぶ様々な思考をあえてそのまま遊ばせながら、この後の展開に思いを馳せていた。
僕の考えに間違いがなければ。
――黒幕との直接対決は、たぶんもうすぐだ。
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