25 強く当ってあとは流れで
キコと初めて会話をしたのは、メイプール市でジャイロ義賊団の団員選抜面接が終わった後のことだった。
「若候補。こいつは別に裏切り者ではないんですが、義賊団に同行させるのはちょっと……」
ジャイロからそんな話を聞いて、興味を持った僕は個室に隔離されている彼女に会ってみることにした。黒曜石。狂人。サイネリア組で一番の問題児。大鎌を振るい、無差別に首を刈る少女。耳にするのは物騒な噂ばかりだ。
しかし実際に会ってみれば、事前に思っていた狂人の姿はそこにはなかった。
「……誰?」
「僕はクロウ。こう見えて一応、次期若頭候補なんだよね。どういうわけだか」
キコは僕を見ても表情を動かさない。まぁ、僕に貫禄がないのは今に始まったことじゃないけど、だいたいは舐めるか敬うかのどっちかの反応をされるんだよね。ここまでの無反応っぷりは珍しいなと思う。
十三歳とは聞いていたけど、彼女は妙に小柄というか痩せっぽちというか。なんだか、発育段階で栄養が足りてなかったんじゃないかなと思うくらいガリガリだ。大丈夫だろうか。
「君と少し話をしたい……と思っていたんだけど、腹が空いてるだろう。先に食事にしようか」
「……食事?」
「手持ちのものだから保存食ばかりになるけど。とりあえず食料をテーブルに並べてみるから、好きなものを好きなように好きなだけ食べていいよ」
さぁ、たんとお上がり。
僕は
残念ながら亜空間魔法には、時を止めるような便利機能はないけれど、それでも真空パックのように密閉してしまえば食料はそこそこ長持ちする。温度管理の魔道具もあるしね。
小さな水樽とコップも置いて。
うーん、
「豪勢な食事とは言えないけど、好きなものを摘まんでてね。今、乾燥野菜でスープを作るよ」
「……いいの?」
「もちろん。そのために並べたんだから。あーでも、小鬼ソーセージは美味しくないから気をつけてね」
僕がそう言うと、キコはこちらの顔色を伺うように、遠慮がちに干しパンに手を伸ばし……やがて僕に叱られないと理解すると、一心不乱に食料を頬張り始めた。こらこら、そんなに焦らなくても食料は逃げないよ。リスみたいになってるから。
僕は魔道具の鍋を取り出して、乾燥させた野菜や茸、水、干し肉を投入する。魔力だけで加熱できるこの鍋は、旅の途中に火起こしすら面倒くさいような場面で非常に役立つ魔道具だ。まぁ錬金釜の簡易版みたいな感じだけど。味付けは塩のみだけど、茸なんかの旨味が染み出してけっこう美味しいんだよ。
そうやってお手軽スープが出来上がる頃には、あれだけあった保存食は全て彼女の腹に収まっていた。小鬼ソーセージまで含め、綺麗に全部だ。
「初めてこんなにいっぱい食べた。これって求婚?」
「え、違うけど」
「そう。私が生まれた村では、男が女に求婚する時、山ほどの食べ物を女性の前に積む風習があった……たしかに効果的。これをされてしまったら、何でも言うことを聞きたくなってしまう」
腹が満たされたら急に饒舌になったな。
いや、今までが省エネモードだったのか。
僕はひとまず、出来たてのスープを木皿に注いで彼女に手渡す。スープを口に含んだ彼女は、それはもう目を丸くして、それまでの気怠げな雰囲気などなかったかのようにご機嫌になった。まぁ、引き続き無表情ではあるんだけど。
「キコ、君にはこれをあげよう」
そう言って、僕は飴玉の入った袋を取り出す。
いやね。ちょっとあまりの欠食っぷりに可哀想になっちゃって。腹ペコって辛いじゃん。魔力を観察してたんだけど、たぶんこれまでの人生で、彼女は満腹になるほどの食事をとったことがないはずだと思って……空腹の辛さは、僕も前世で嫌というほど味わったからさ。なんだか放っておけないんだよね。
「ん。なにそれ」
「これは魔素飴といってね。そもそも生き物は、食事をすることで食品に含まれる魔素を身体に取り込み、臍の下の魔臓で魔力を生成しているんだけど……」
キコの魔力の流れを見る限り、生まれつき必要とする魔力が多い体質なんだと思う。たぶん、魔法の影響か何かかなと思うんだけど。
僕も修行の初期に経験があるんだけれど、魔素が不足している身体は、本来ならば栄養として取り込むべき食料まで魔素に分解してしまう。つまり、常にギリギリ飢え死にしない範囲での栄養補給しかできていないから、どんなに食べても腹が満たされないんだ。
「この魔素飴は、魔素を逃さないように特殊な装置で濃縮した果汁が含まれてるんだ。これを口に含んでいるだけで多量の魔素を補給できる。身体に十分な魔力が行き渡れば……君の身体は胃に詰めた食料をちゃんと栄養として取り込み、満腹になることができるようになるんだよ」
僕が魔素飴の袋を差し出すと、キコは少し震えながらそれを受け取る。
この飴はもともと自分用に、瞑想スキルだけではどうしても魔力を補いきれない場合に備えて作っていたものなんだけど……瞑想スキルの練度が上がってからは、ずっと死蔵してたからね。
彼女は袋から魔素飴を一つ取り出して、ヒョイと口に含む。
すると、その効果をすぐに実感したんだろう。その場にサッと片膝をついて、恭しく頭を垂れた。おう。どうした急に。
「それで。私は……誰の首を刎ねればいい」
「ん?」
「これほどの報酬を前払いされるということは……それだけの難敵がいて、私に殺してほしいということ。そのくらいは理解している」
いや、あの……僕としては別に、腹ペコの子に飴ちゃんをあげるくらいの感覚だったんだけど。
キコは片膝をついて指示を待ちのポーズをしてるから、今さら「誤解だよ」なんて言いづらい雰囲気だ。うーん、それだったら。
「僕の部下になってくれるかな。そうすれば、いつでも魔素飴をあげよう」
「なる」
「決断が早いね。それじゃあキコには、今日から僕の手足となってキリキリ働いてもらおうか。警備部門の頭には、僕から手紙を送っておくよ」
よしよし。彼女を部下にしてしまえば、スキルの指導もできるからね。魔素飴を舐めても、結局は一時的な解決にしかならない。だけど瞑想スキルの練度を上げさえすれば、魔素が足りなくて腹ペコになることも減るだろうから。
「それで、君に頼む最初の仕事は」
「はっ」
「レシーナに次期若頭候補の座を押し付けたい。そのために、組員からレシーナに対する好感度を爆上げする作戦がある。君にはそれに協力してほしい」
そう。レシーナが僕を次期若頭候補として推そうと言うのなら、それを回避したい僕はレシーナを次期若頭候補に推せばいいのだ。絶対押し付けてやる。
「で、即興で芝居を打とうと思うから、君には“狂人”としてその大鎌を振るってほしいんだよね」
想定している流れはこうだ。
まず裏切り者たちは、レシーナを襲って返り討ちにされてもらう。ぎゃあ、もうレシーナさんには逆らいませーんってなる。そして、そこに狂人キコが乱入して、彼らの首を刈ろうとしてくるのだ。さあ絶体絶命の大ピンチ。そんな中、なんと先ほどまで敵対していたレシーナは身体を張って彼らを守るのである。レシーナさんカッケー。強くて優しいレシーナさん素敵。一生ついていきます。
一つずつ説明するごとに、キコは困惑したように首をひねっていく。
「演技は得意じゃない……ありません」
「あ、口調は今までと同じで大丈夫だよ。部下といっても、別に忠誠なんて求めないし。演技については、まぁそうだなぁ」
レシーナは読心魔法を使えるからな。
そんなに心配する必要はないだろう。
「強くあたって、あとは流れで。レシーナだったらそのあたりは上手くやってくれると思うよ」
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