24 一回やってみたかった

 僕とペンネちゃんが現場に着くと、そこは酷い有り様になっていた。


 黒曜石のキコは、荒々しい魔力を纏ったまま縦横無尽に駆け回り、へたり込む男たちの首を刈ろうと大鎌を振るう。一方のレシーナは魔力隠蔽を完全に解いてキコの先回りをし、大鎌の斬撃を薙刀で逸らして男たちを守っていた。


 純粋な魔力でいえばレシーナの方が圧倒的ではあるが、魔力等級はどちらも特級。キコは粘り強く食らいついている。

 なお、渦中にいる男たちは全身の穴という穴から色んなものを垂れ流し、少しでも斬撃を避けるように地を這いながら、自分の命の火が吹き消されないよう必死に身を固くしているようだった。頑張って。


「クロウ。どうすんだこれ」

「大丈夫。想定通りの状況だよ」


 僕はペンネちゃんにそう答えると、体内で練り込んだ魔力を力強く放出する。これといって荒々しく動かしたりはしないけど……というか、あまり荒々しくして彼らに気絶でもされたら、この後の流れが崩れてしまうしね。

 僕の魔力は、この場で一番強かったレシーナを静かに圧倒するように、そして、ゆっくりと重くのしかかるようにして周囲を満たす。


 その反応は顕著だった。

 男たちはビクッと身体を跳ねさせて、恐る恐る僕に視線を向ける。そして戦っていたレシーナとキコは、互いを警戒する構えこそ崩さないものの、僕の方へ身体を向けて膝をついた。先程までの嵐のような状況から一転、今はただ静寂の中に、みんなの荒い息遣いだけが響く。


 そうして、魔力を使ってたっぷり威圧すること十数秒。


「――レシーナ。これはどういうことだ」


 僕が問いかけると、彼女は地面に片膝をついたまま答える。


「旦那様。黒曜石のキコが」

「僕は君に言ったはずだ。君に刃を向ける愚かな輩を、ひとり残らず抹殺しろと。それなのになぜ、そこの男たちは未だに生存している。なぜ、君は彼らを守るように戦っている」


 まぁ、抹殺しろなんて言ってないけどね。

 だけど僕も一回やってみたかったんだよ……ほら、メイプール市でやった印象操作のための「即興劇」ってやつ。あれちょっと楽しかったから、たまには僕からレシーナに仕掛けてみようと思って。


「答えろ、レシーナ」


 なにせレシーナとは事前に「彼らを殺さない」という約束をしてあるからね。その範囲内で、レシーナが今の状況と整合性の取れる回答をするならば……うん。たぶんそういう方向性になるはずだ。


 僕の意図を理解したのか、レシーナはジト目で僕を見返しながら声を張り上げる。


「彼らを死なすのは惜しい。私はそう思いました」

「ふむ。僕にはそうは思えんが。なぜだ」

「彼らは忠義者だからです。現在彼らは他の若頭候補の下についておりますが、だからといって、主のためにこの私に戦いを挑んでくるには相当の胆力が必要なはず」


 まぁ、魔力隠蔽まで使って敵対行動を誘発したのはレシーナだけどね。細かいことは言いっこなしだ。


「そんな忠義に厚い者たちを、この場で殺すのは惜しい……旦那様が将来サイネリア組を継いだ際、彼らを欠いてしまうのは組にとって大きな損失であると、私はそう考えたのです」


 あはは、心にもないことを。


 だけどその言葉を聞いた彼らは、なにやら感動して嗚咽を漏らし始めた。そりゃね……極限まで命の危機に晒されてから、こんな風に急に優しくされたら、コロっといくのは仕方ないさ。

 それにしたって、ちょっと泣きすぎじゃないかなぁと僕は思うんだけど。


「どうか一度だけ、彼らの行動に目を瞑ってはいただけませんか。何卒」

「そうか……まぁ、他でもない君が言うんだ。いいだろう。今回だけは特別に見逃してやる……だが次はない。こいつらが君に危害を加えようとしたら、容赦なく首を刎ねろ、レシーナ。例外は許さん」

「はい。旦那様」


 あとずっと気になってたんだけど、その「旦那様」はあからさまに既成事実を作りに来てるよね。そういうのちょっとナシにしない? あんまり良くないと思うんだよ、僕は。


「後でお仕置きだな」

「はい。お好きなようにお縛り下さい」

「ククク……覚えてろよ」


 本当にさぁ、根も葉もない嘘をサラッと流布するのはやめた方がいいよ。今日のスキル鍛錬は容赦しないからね。

 僕はため息をつきながら彼女に近づいていって、服についた土汚れや虫なんかを綺麗に払う。髪もボサボサになってるし、身なりに気を使う余裕もないくらいの激戦だったんだなぁ……うん、そうかぁ。


 さてと。

 僕は黒曜石のキコを見る。彼女は大鎌を地面に置いて、無表情のまま両手を顔のあたりまで挙げている。降参の意思を示す……にしては、ちょっとふてぶてしい態度な気もするけど。


「キコ。君は自分が何をしたのか理解しているのか。そこの首を刎ねられた二人は、どちらも組織の裏切り者だと判明しているから良いが。しかし……僕のレシーナに刃を向けたのは、一体どういう了見だ」

「……はい。若候補。私はそこの裏切り者どもの首を刈ろうとしただけで、奥方に危害を加えるつもりは一切ありませんでした」

「ふむ。なるほど……たしかに上手い言い訳だ」


 だって、一緒に考えた言い訳だしね。

 キコとは事前に打ち合わせて、こういう流れなら上手い具合に話を持っていけるかなぁと決めていたんだよ。おおむね台本通りにことは運べてると思う。


 だけどレシーナを「奥方」って呼ぶのはちょっと違うんじゃないかな。


「一つ問う。お前は様々な言い訳を用意して、他人の首を刈ることを好んでいるようだが……この先、僕と敵対するつもりはあるか?」


 そう言って、放出する魔力を強める。

 男どもはガタガタ震えてるけど、仕方ないね。むしろ彼らをガタガタ震えさせるために威圧してるわけだからさ。演出演出。


「いえ。若候補には決して刃向かいません。この黒曜石のキコ……どうか若候補の配下として置いて下さい。服従を誓います」

「ふむ」

「若候補の敵の首はいつでも刈り取ります。味方の首には決して手をかけません。全ては若候補のご意思のままに。私を手足としてお使い下さい」


 そう言って、彼女は地面に正座をし、まっすぐに僕の方を見つめる。まぁ、彼女はとっくに僕の配下になっているから、これはパフォーマンスでしかないけどね。ふむふむ。


「いいだろう。これからは僕のために励め」

「……はっ。黒曜石のキコ・ブラックベリー。これより警備部門を離れ、若候補直属の用心棒として微力を尽くす所存です。どうか末永くよろしくおたの申し上げます」


 そんな風にして、キコは深々と頭を下げて、公式に僕の配下になることが決まった。

 そんな中、レシーナが僕のことをものすごい形相で睨んでくるんだけど。うん。意図とか経緯とかはちゃんと説明するから、もう少しだけ待っててね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る