23 諦念を抱くことすら

――どうしてこうなったのかしら。


 私の狙いはとてもシンプルだった。

 あえてクロウたちから離れて隙を作り、自分自身を囮にするような形で、裏切り者たちの敵対行動を誘発する。やりたかったことは、それだけなのだけれど。


「これは成功と言っていいのかしら……あまりに想定外すぎて、判断に困るわ」


 困惑する私の目の前では、三人の男女が互いに武器を向け合っている。


「ふん。お嬢に刃を向けるとは無礼極まりない。仁義も心得ぬ裏切り者どもめ、大人しくお縄につけ!」


 そう言って短刀ドスを構えているのは、スラリと背の高い男組員。私に向かって横顔でキラリと白い歯を見せているけれど……実のところ、彼の正体はどこかの貴族家に忠誠を誓っている隠密騎士だ。身に纏っている魔力を見れば、幼少期から騎士として厳しく鍛え上げられたことが分かる。おそらく、今のペンネでは勝ち目がないくらいには強いだろう。

 顔も整っているから一般的な女性からはさぞ秋波を送られているのだろうけれど、彼の感情からは「身分の高い小娘に取り入ることで、サイネリア組の奥深くに入り込んでやろう」という企みが簡単に読み取れる。自分の容姿にずいぶんと自信があるみたいね。


 そんな彼にナイフを向ける黒装束の男。


「退け。俺の目標はレシーナ・サイネリアただ一人。無駄な殺しを楽しむ趣味はない」


 この男は、誰かの依頼を受けた暗殺者である。一見すると騎士よりも地味な魔力をしているけれど、魔力探知スキルで観察すれば一目瞭然。その体内には強力な魔力が隠されていて、地力は騎士とほぼ互角だろう。その上、何か奥の手を隠し持っているはず。魔力の隠し方に違和感があるから……これはスキルの魔力隠蔽ではなく、それと似た効果の魔道具を身に着けているわね。


 そして、そんな二人を無表情で眺める少女。


「…………雨が降りそう」


 彼女はポツリとそう言うが、空は晴天。

 その発言の意図は掴めない。


 サイネリア組の中でも有名な少女。狂人キコ・ブラックベリー。彼女の得物は、通常なら戦闘には適さない農作業用の大鎌だ。

 吸い込まれそうな黒髪黒目と、触れるものを無差別に傷つける鋭利さから、彼女は「黒曜石のキコ」と呼ばれている。私より三歳ほど年上のはずだけれど、背は低くて身体も細い。しかし、その身に纏う魔力は濃密で荒々しかった。魔力等級は、特級。


 普段の気怠げな様子とは対照的に、戦場の彼女は鬼神のような活躍を見せる。ピクリとも表情を動かさないまま大鎌を振るい、踊るように敵の首を刈り取るのだ。それだけならば優秀な用心棒だけれど、彼女は――不用意に近づいた味方の首をも刈り取るのである。

 本来ならば味方殺しは厳罰なのだが、彼女は敵の要人の首をいくつも刎ねる功績でその罪を上手く相殺し、今日まで生き延びてきた。


 どう考えても信用できない彼女のような人間をサイネリア組で雇っている理由はただ一つ。よその組織に所属されると厄介だから。それだけである。


 騎士、暗殺者、狂人。この三人はいずれも警備部門に所属する“用心棒”である。

 こういった荒事に特化した組員は抗争の最前線に送られることが多いから、人員の入れ替わりが激しい。スパイが入り込むことも少なくないため、他の組織では外部の傭兵を雇って使い捨てることもある。サイネリア組では昔からの習わしで、組織の一員として雇いあげているけれど。


「――ヒッ」


 そんな三人の荒れ狂う魔力を浴びて、情けない声を出している男たちがいた。


 総勢二十名。つい先程まで「レシーナを貶めてやる」などという夢物語で一致団結していた彼らは、実のところ持っている背景がバラバラだ。

 彼らの後ろにいるのは他の若頭候補であったり、私に毒を盛った黒幕だったりするのだけれど……私がクロウを急に引っ張り出してきて跡目争いのトップに立ったものだから、どうにか引きずり下ろす手はないかと探っていたらしいのだ。


「さてと。三人は忙しいようだから、貴方たちの相手は私がしようかしら。えーっと、先程の会話ではなんと言っていたかしら……所詮は女のガキ。噂ほどの威圧感はない。戦えば弱そう。数で囲めば問題ない。みんなで回そうぜ。だったかしら」


 私は魔力隠蔽スキルを少しだけ解除して、クロウに作ってもらった薙刀なぎなたを頭上で回し、構えをとる。この程度の相手なら、魔武具に仕込まれた術式を使うまでもないだろう。


「せっかく魔力隠蔽スキルを身に着けたから、皆に怖がられないよう魔力を抑えていたのだけれど……やはり次期若頭の妻ともなれば、舐められない程度の魔力は普段から纏っておく必要がありそうね。加減が難しいわ」


 そうして、私はかなり手加減した状態で彼らとの戦闘を始めた。


 幼少期から周囲に恐怖を向けられていた私は、当然のことながら、それを解消する方法を模索してきた。スキルにしても、クロウに習う前からいくつか練習はしていたのだ。

 その中で、魔力隠蔽スキルについては何年もかけて一生懸命訓練した。しかし、私の持って生まれた魔力はあまりにも強くて、魔力を体外に漏らさないよう集中すると他のことが全く手につかなくなってしまうのだ。それに、同じような効果を持つ魔道具を使用したところで、数秒と保たず魔道具の方が壊れてしまう。囚人用の頑丈に作られた拘束具でも無理だった。


 思いつく限りのことを試して、やっぱり上手くいかなくて。私はもうすっかり諦めてしまっていた。


――クロウから並列思考を教えてもらうまでは。


「クロウ。どうして貴方はいつも、何でもないような顔をして、あっけなく私を救ってくれるのかしら。ふふふ。貴方と一緒に過ごしていると、諦念を抱くことすら馬鹿らしくなってくるわね」


 今なら並列思考を駆使し、魔力隠蔽に意識を割きながら、別の思考で戦闘行動を取ることすら可能。


 私は薙刀に魔力を纏わせて、彼らの武器を丁寧に壊していく。仮に妙な魔法を持つ者かいたとしても、使う隙を与えなければ良いだけのこと。乱戦の中、魔力を怪しく揺り動かす者を優先して片付けていけば、想定外に足を掬われるリスクは少なくなる。

 薙刀の柄で鳩尾を抉り、魔力を叩きつけて心を折る。なるべく身体に傷をつけないよう気をつけて。本当は面倒だから、まとめて叩き切った方が楽なのだけれど。


 下衆な劣情を向けてくるような男たちなど、殺してしまったところで何の痛痒も覚えない。けれど、クロウは彼らを利用してまた何かしようと企んでいるみたいだから……ふふ。妻は夫を立てるものだもの。本当にどうしようもない状況になるまでは、彼の指示に従いましょうか。


「あらあら、どうしたの。それだけ頭数を揃えて、こんな小娘一人に何を手間取っているのかしら。貴方たちもサイネリア組の男なら、一矢報いるくらいの根性を見せなさい」


 私が魔力隠蔽を緩めるごとに、男たちは魔力差に圧倒され、次々と膝を折っていく。その感情は、慣れ親しんだ緑色。つまり恐怖だ。まるで猛獣の檻に裸で放り込まれた野ネズミのように、彼らは絶望の中でただ震えている。昔はそれが、すごく嫌だったけれど。


――大丈夫。今の私にはクロウがいるもの。


 そんな風にして、こちらの状況が落ち着く頃には、用心棒たちの三つ巴の戦いにも決着がついていた。


「また……つまらぬ首を刎ねてしまった」


 雨が降る。そう予告していた通り、雨のように飛び散る鮮血と、その中で佇む黒曜石のキコ。

 その左手には、大鎌で刈り取ったばかりの生首が二つ、雑にぶら下がっている。彼女は赤く濡れた頬をそのままに、無表情のまま私をじっと見た。


 彼女の魔力等級は特級だから、私に向けている感情はなかなか読み辛いのだけれど……あら。


「ふふふ。なかなか面白い子ね」

「ねぇ……そこの男たち、殺さないの?」

「あらあら。黒曜石のキコともあろう者が、こんな木端どもの命を気に掛けるの?」

「……別にどうでも。だけど」


 そうして、彼女は大鎌を大きく振りかぶる。


「こいつらを殺せば……貴女は遊んでくれる?」

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