22 見つけてくれたんだよ
僕らの暮らすこのアズカイ帝国には、大きく五つのヤクザ組織が存在している。
サイネリア組はその中でも帝国西部の裏社会を牛耳っているわけだけど。当然、他の地域のヤクザ組織とは支配権を巡ってバチバチに争い合う間柄である。
そして今、この場には帝国北部を取り仕切るネモフィラ組の構成員が総勢十二名、武装を固めた状態で……眠りこけている。
そう。それはもうスヤスヤと、彼らは気持ちよさそうに寝ているのである。
「おう、クロウ。こいつら全員あーしが寝かしつけてやったぜ。強者みてえな雰囲気出してたけど、意外とよわよわだったな」
ペンネちゃんはそう言って、桃色ツインテールを誇らしげにブンブン振っている。うん、やっぱり彼女の睡眠魔法は、めちゃくちゃ優秀だと思うんだよね。
「お疲れ、ペンネちゃん。修行の成果が出たね」
「だな、前よりだいぶ戦いやすかった。派生魔法も綺麗に決まったしな。さてと、この後はお嬢のとこに行くんだろう?」
「うん。今こいつら収納するから。あと怪我の治療もしないとね」
僕は眠ったままの彼らを亜空間に回収すると、ペンネちゃんに錬金薬を渡しながら、彼女がどうやって彼らを仕留めたのか話を聞くことにした。
◆ ◆ ◆
帝国北部、ネモフィラ組の構成員。
あいつらがやってきたのは、クロウが神殿の奴らを連れて亜空間に消えた後のことだった。
どうやらお嬢が他の奴らを釣り出すためにこの場を離れたのを見て、クロウの
武装した男どもが、あーしに詰め寄る。
「おい。若頭候補はどこだ」
「ああん? 何の用事だ」
「てめえに関係あるかよ。さっさと教えろ」
奴らのリーダーみてえな奴が、人差し指を向けてくる。ふーん、それは。
「
「ああ? なんだそりゃ」
してねえのか。
つまり、あーしが半べそかきながら習得した並列思考スキルをこいつは使えねえから、魔弾を撃とうとすれば足が止まるんだよな。ザコじゃん。
だったら……脚力強化。
「
「遅え」
鳩尾に掌底を食らわせて
まずは一人。
クロウに教えてもらうまで、あーしは自分の睡眠魔法を役に立たないものと決めつけてた。
魔法の効果は基本的に、自分と相手の魔力の強さによって変わる。格上相手にこの魔法を使っても眠らせることはできねえし、同格でも触れねえと無理。格下相手だったら今度は、眠らせるより殴ったほうが早え。な、使いどころなんてないだろ。
あーしの魔法は、あーしと同じ。出来損ないの役立たず。ずっとそう思って、自分で自分を否定していた。諦めてた。嫌ってた。あーしのことを誰よりも舐めていたのは、あーし自身だった。それなのにさ。
「クロウが……見つけてくれたんだよ」
派生魔法、
スキルを鍛えていなかったら、この派生魔法は使えなかったな。
この魔法の核になるのは魔力拡散スキル。魔力を周囲に拡散して無駄に消費するだけのゴミスキルだ……そう思ってたんだけどな。ホント、クロウはあーしの価値観をことごとくひっくり返して来る奴だよ。
拡散した魔力に睡眠魔法を乗せる。
普通なら体表面の魔力で弾かれる睡眠魔法も、霧を吸い込ませて体内から掛ければよく効くんだ。まぁ、お嬢やクロウみたいに馬鹿みたいな魔力を持ってる奴に効果はないが。
バタバタと眠りに落ちる男ども。
「……残り二人か。霧を吸わない勘の良さは認めてやるよ」
あーしは睡眠魔法を回避した二人に言葉を投げかけながら、手斧を肩に構えた。
目に魔力を込めて魔力探知をする。
クロウいわく、みんな見かけの魔力に騙され過ぎなんだとさ。このスキルは、微弱な魔力を相手に投射して、それがどう跳ね返ってくるかを調べるものだ。相手の体内魔力が弱ければ魔力はスッと入っていくし、強ければそれだけ魔力が跳ね返ってくる。といってもまだまだ練習中だから、そこまで精度は高くねえが。
このスキルをもっと使いこなせれば、周囲の状況を探ったりもできるらしいけど。あーしはまだまだ練習中だ。
「へぇ、そっちの筋肉達磨はけっこう強いじゃん」
並列思考、思考加速、瞑想、魔臓強化、脚力強化。
筋肉達磨と戦うのは厄介そうだけど、眼鏡男の方は魔力を無駄に放出して虚勢を張ってるザコだと分かったから、先に片付けることにする。
緩急を付けて走れば、眼鏡男はすぐにあーしを見失う。だから、側面に回り込んで頬をぶん殴る。もちろん触れた瞬間に睡眠魔法も忘れない。
眼鏡男が沈めば、残るはあと一人。
と考えた刹那。
「捕まえたぜ……手間かけさせやがって」
シュル、とツル草があーしの四肢に巻き付く。
なるほど。筋肉達磨の魔法は植物操作か。そんなに速度のある魔法じゃなさそうだが、使い方が上手えな。たぶん眼鏡男を見殺しにして、罠を張ってたんだろう。
「なかなか強いな、嬢ちゃん。俺もそれなりに鍛えてるつもりだったが、真正面から戦ったら勝てなさそうだからなあ……搦手を使わせてもらうとしよう。卑怯だなんだと喚くんじゃねえぞ」
「はっ。ヤクザの戦いに卑怯も何もあるかよ。命張ってんだ、持ってる手札を勝利のためにどう使うのか、考えんのは当然じゃんか」
「ハッハッハ、威勢がいいなぁ」
ツル草がギュッと引き絞られる。あーしが手足を引こうとしてもビクともしねえ。なるほどな。
「俺はよお、お前みたいなクソ生意気な女のガキが大好きでなあ……ククク。その強気な態度がポッキリと折れて、従順になる瞬間を想像しただけでよお。ゾクゾクしちまうんだ」
「……はぁ。あーしもまだまだだなぁ」
「どうした。心が折れるには早えぞ。体力も魔力も限界まで絞り出して抵抗してみろよ。指一本動かせなくなってからが、お楽しみの本番っていう――」
うるせえなあ、鬱陶しい。
このスキルはまだ覚えたてだから、こうして目を閉じて集中しねえと上手く扱えねえんだよ。はぁ、お嬢の隣に立つには、まだ遠いな。
魔手スキル。
魔力で作った第三の腕は、手斧を空中でクルクルと加速させ、あーしの右腕を拘束してるツル草を根本からスパッと斬る。利き腕が解放されれば、あとはちょちょいと手斧を振るうだけだ。
「なっ、ガキ……その斧は魔道具か?」
「いや。魔道具の斧を作るには、まだちょっと素材が足りねえんだとさ。実はけっこう楽しみにしてんだけど」
それに、あんた程度を相手にするなら、この手斧で十分だからな。
足に魔力を込めて、駆ける。
すると男は周辺のツル草を伸ばして、あーしの進路を妨害しようと試みてきた。なるほど、なかなか使い勝手のいい魔法だ。でも。
「――
走りながらの魔術行使に、男の顔は驚愕に歪んだ。
気持ちは分かるよ。こんなの熟練の魔術師でもないと普通は無理な芸当だもんな。だけど、戦闘中にマヌケ面で呆けてんのは、さすがにあーしを舐め過ぎだ。
「くっ、
「遅え」
斧の柄で男の顎を跳ね上げ、左手で奴の体に触れて睡眠魔法をかける。ふぅ、どうにか勝ったな。
修行の成果を試すには手頃な相手だったかもな。まぁ、以前のあーしなら、近づくこともできずに敗北してただろうが。
しばらくその場で呼吸を整える。
瞑想で魔素を集め、魔臓強化で魔力を生成、ダメージを受けた四肢に魔力を送り込んで治癒力強化をかけていく。なんであーしはこれまで、スキルを練習してこなかったんだろう。便利なのにな。地味だけど。
そんなことを考えていると、覚えのある気配……クソ平凡な人間が散歩でもするみたいにのんびり近づいてくるのを感じた。
この雰囲気で馬鹿みたいに強えんだから、世の中ほんと分かんねえもんだよ。
「――おう、クロウ。こいつら全員あーしが寝かしつけてやったぜ。強者みてえな雰囲気出してたけど、意外とよわよわだったな」
その後、魔力探知スキルで観察していると、クロウはめちゃくちゃ自然な様子で魔手を何本もうねうねと伸ばし、男たちを魔力で包んで亜空間にヒョイヒョイと収納していった。なるほど、こりゃ勝てねえなぁ。
どうやらあーしは、まだまだクロウに鍛えてもらう必要がありそうだ。
◆ ◆ ◆
「……戦闘の流れはそんな感じだったな。相手は使い勝手の良さそうな植物操作魔法の使い手だったけど、スキルも魔術も武術もイマイチって感じ」
「そっか、お疲れ様。干し柿食べる?」
ペンネちゃんに餌付けをしながら、僕は内心でホッと胸を撫で下ろす。正直、魔手スキルを覚えてなかったらちょっと危ない状況だったかもね。
ただ、彼女はこの短期間で本当に強くなったと思う。もちろん元々の努力もあったからこそ、スキルもすぐに馴染んだし、ここまで伸びたんだとは思うけど。
「干し柿うめえ……で、クロウはどうだった?」
「うん。作戦通り、神殿からのスパイには結界検査杖を山のように渡して借金を押し付けておいたよ。例の潜入調査員は目をギラギラさせてたから、もしかしたら上手く売り捌くかもね」
「くくく、ワルだなぁ」
精霊神殿に対しては、取引を目眩ましに最低限の時間は稼げた。帝国北部のネモフィラ組が送り込んだ間者は、ペンネちゃんが寝かしつけてくれた。
残るは、レシーナのところにいる多種多様な裏切り者たちだけど。
「それで、お嬢はどっちにいんだ?」
「うーん、あっちだね。魔力探知で探ってるけど……だいぶ混沌とした状況みたいだ」
僕らはそうして、レシーナがいる方向へと向かっていった。
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