第五章 裏切り者の見本市

20 工夫次第でいくらでも

 ヤクザと貴族の相違点の一つは、血筋よりも実力を重視することだ。


 まぁ、レシーナの友達でしかない僕が次期若頭候補になっちゃうくらいだし。そりゃ血筋関係ないよね。うん? 僕とレシーナはただの友達だよ。それ以上の関係なんかじゃないってば。既成事実なんて知らないよ。

 とはいえ、跡目争いにおいて血縁が全く無関係ってわけじゃない。基本的に魔力の強さは親から子へと受け継がれるから、後継者に指名されるほど有能な者は、組長の血縁者である可能性が圧倒的に高くなるわけだ。本当に、僕はなんでここに名を連ねてるんだろうか。ワケ分かんないよね。


 馬車の中。そんなどうしようもないことを僕が考えている隣で、レシーナは大きなため息をつく。


「次から次へと問題ばかりね。クロウがいなかったら、サイネリア組はとっくに空中分解していたわ」

「まぁ、その点は認めるよ。レシーナと組長が毒で死んでたら、それこそ黒幕の思惑通りだったろうし」


 だからって、僕を次期若頭候補に仕立て上げるのはやり過ぎだと思うけどね。なんかこう、いい塩梅の報酬でももらって辺境に行けたらベストだったんだけどなぁ。

 実際のところ、辺境スローライフに必要な能力や道具はあらかた準備してあったから、足りてなかったのは物資を買い込むための資金くらいだったんだよね。成人するまでに目立たずコツコツ貯金する計画だったんだけどさ。


 どうしてこんな、ヤクザの殺伐とした争い事にガッツリ関わることになってしまったんだろう。


「……クロウが来るまで、サイネリア組には次期若頭候補と言われる若手が私を含めて八人いたの。だけど、どうも決め手に欠けていて。今回の騒動があるまでは、足の引っ張り合いが酷かったのよ」

「なんでそんな殺伐としちゃうんだろね」

「まったくね、嘆かわしいわ。だから正直、今回の騒動の黒幕は私以外の七人の誰か。最も怪しいのはその中でも、サイネリア組配下で御三家と呼ばれる家の者だと思っていたのよ」


 御三家かぁ。たしかペンネちゃんやヒャダル君の生家であるバンクシア家もその一つだったはずだよね。

 ヒャダル君への丁寧な聞き取り調査によって黒幕の裏事情が少しだけ分かったから、それについては組長と若頭のところにはすぐさま手紙を飛ばして報告をしていたけど。まさかなぁ。


「あらためて考えると、けっこうギリギリの状況だったんだね。正直かなり危なかったと思うよ」

「そうね。冬季巡業が終わったら本部の大掃除をしないと。差し当たって、お祖父様とお父様には嘘検知魔道具をプレゼントしておいたけれど」

「うん。本部の人員がガッツリ減りそう」


 ヒャダル君が正直に話してくれた内容は、なかなか興味深いものだった。


 組長やレシーナに盛られた複合魔法毒。

 その高度で複雑な毒物を作成したのは、サイネリア組で筆頭錬金術師を務めていた男だった。しかし、黒幕にとっては予想外なことに、治療不可能と思われていたターゲット二人は妙ちきりんな平民少年によって治療されてしまう。有能だった錬金術師も処分されてしまうし、踏んだり蹴ったりの状況だったらしい。


――レシーナを殺せ。それが無理なら、件の平民少年を排除しろ。


 黒幕からそんな風に指示されたヒャダル君は、不慣れながら涙ぐましい努力でトリカブトを育てて魔法毒を抽出し、僕が毒見をするスープに混入した。というのが、騒動の経緯らしい。

 ヒャダル君、知識ゼロからよく頑張ったね。インテリヤクザの才能があるんじゃないかな。


 さて、僕らがそういう諸々を話している横では、ペンネちゃんが目を閉じて集中している。

 今彼女が訓練しているのは瞑想というスキル。通常であれば食事などから摂取する魔素を、呼吸によって大気から取り込み、臍の下にある宝石のような臓器――魔臓へと送り込む技術だ。これができるだけで、魔力の生成量は大幅に上がる。


「ペンネの修行はどうかしら」

「うん。かなり順調と言っていいんじゃないかな。もともとペンネちゃんは身体強化を多用してたらしいから、魔力操作のコツは掴んでる。スキルの練度については時間をかけて鍛えるしかないけど、必要な基礎はかなりのペースで習得してると思うよ」

「そう。私も負けていられないわね」


 いやいや。修行に関しては、レシーナの方が何歩も先に進んでるからね。

 今だって並列思考スキルを使って会話しながら裏で瞑想してるみたいだし。ついでに魔力隠蔽スキルも使ってるみたいで、威圧感がかなり薄まってるしね。


「ふふふ。クロウと比べればまだまだよ。この馬車の御者……あの騎士人形ゴーレムの魔道具は貴方が並列思考で動かしてるんでしょう。それに少なくとも意識のいくつかは亜空間の維持に割いているのでしょうし、魔力増強トレーニングだって常に行っているじゃない」

「それはそうだけど。まぁ、僕の場合は修行にかけてきた年数が違うしね。それに亜空間魔法は燃費がすこぶる悪いから、スキルを色々使わないと普通の運用もままならないんだよ」


 そう話しながら、僕はすぐ横に鎮座する木箱をポンポンと叩く。

 ガーネットが引き篭っている箱型魔道具――この移動式錬金工房だって、内部の亜空間を維持するためには僕の魔力を使用している。他の方法だと、必要な魔力量をどうしても賄えなくてね。だから、仮に僕が今すぐ死んでしまえば、数分後にこの魔道具は機能を停止。亜空間が崩壊して、錬金工房は実空間に現れることになるだろう。


 あ、ちなみにだけど。

 ヒャダル君には今回の事件の裏事情を洗いざらい吐いてもらったので、現在は亜空間の牢獄で過ごしてもらっている。以前のようなロッカー型ではなくて、六畳くらいの快適空間だ。今は大人しく書籍を読んだりして過ごしているけれど、彼の今後の扱いについては本部の決定待ちといったところだ。


「さてと……クロウ。彼らが仕掛けてくるとしたら、そろそろかしら」


 レシーナの問いかけに、僕は静かに頷く。

 メイプール市から次の村落への中間地点。馬の休憩のために停車するタイミングで、おそらく彼らは何かしらの行動を起こすはずだ。


 彼らとは、ジャイロたちと入れ替わりで巡業に同行することになった、本部からの追加人員のことだ。


 ジャイロたち義賊団の仕事は、非常に重要なものだ。なにせ精霊神殿には秘密で浄化結界コアを交換する必要があるからね。だから、嘘検知魔道具を使って厳選した信頼できる組員だけを集めて活動する必要があった。

 で、その厳選から漏れた者……要は事前の面談で「信頼できない」と判断された者は、義賊団の活動内容を知られる前に穏便に隔離されている。そして今現在は、巡業の随行員として他の馬車に乗っているのである。


 つまりね。僕らはこの旅に、裏切り者たちをみーんな連れてきちゃったんだよ。てへ。


「いやぁ、すごい顔ぶれだよね。神殿の息のかかった調査員、貴族に忠誠を誓う隠密騎士、よそのヤクザ組織の構成員、他の若頭候補の部下、雇われ暗殺者、狂人、そして黒幕の手先」

「ふふふ。まるで裏切り者の見本市ね」

「それを全部見抜いたのはレシーナの魔法だからね。本当に君が若頭候補になった方が良いんじゃない?」


 やっぱり読心魔法って超優秀だよね。

 これまでの彼女は、この魔法にあまり向き合って来られなかった。だけど本来、魔法というのは工夫次第でいくらでも便利できるものだ。今回の嘘検知魔法のようなものも、今後は色々と作っていけるだろう。


「ふふ。クロウは簡単に言うけれど、派生魔法を作るのって、もっと大変なことなのよ。そういえば……ペンネの魔法の活用方法も考えてあるのかしら」

「もちろん。あの魔法めちゃくちゃ便利なのに、これまであんまり使ってこなかったみたいだからさ。ペンネちゃんには少し考え方を変えてもらって、派生魔法を練習してもらってるよ」


 僕らがのんびりとそんな話をしている中。

 予定していた通り、馬車はゆっくりと速度を落としていく。そのまま気配を探っていると、組員たちはいくつかのグループに分かれ、いよいよ行動を開始したようだった。

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