19 変わり果てた姿になって

 予定外のことが重なったけれど、いよいよ僕らもメイプール市を出発する時が来た。


 ジャイロに任せた義賊団は、追加人員をあわせて五十名ほどになる。昨日出発していったばかりなんだけど……みんなの気合いは、僕の想像を遥かに超えていたんだよね。義賊は男の憧れらしいから。

 その中には、メイプール支部長の次男ガタンゴも含まれている。どうも彼はジャイロの下で働きたいと這いつくばって頼み込んだらしく、今では事務仕事を中心にジャイロのサポートをしているそうだ。


 そんなわけで、冬季巡業の続きはメンバーがガラリと入れ替わった。残っているのは僕、レシーナ、ペンネちゃん。そこに支部長の長女である錬金術師ガーネットが加わり、またジャイロたちが抜けた穴は本部からの追加人員で埋めることになった。


 僕らを見送りに来た支部長ガッチャが、あたりをキョロキョロと見渡す。


「若候補。娘は……ガーネットはどこに」

「ガーネットならここにいるよ」

「これは……え」


 僕が指し示したのはキューブ状の木箱で、その下部からは騎士人形ゴーレムの足が二本にょっきりと生えている。


 実はね。ガーネットにこの亜空間魔法の魔道具を渡した結果、彼女はそこに錬金工房を移転してすっかり引きこもってしまったんだよ。たぶん亜空間書庫ライブラリから借りてった書籍でも読み漁っているんだろうね。なんかだいぶ興奮して早口になってたから。

 そんなわけで、ガーネットの錬金工房をいちいち持ち運ぶのも面倒だったので、急造で足を生やして歩かせてみたのだ。これがなかなか便利でさぁ。騎士人形と同じで手動操作なんだけど、いちいち亜空間に出し入れする必要がないのは楽なんだよ。


「ガ、ガーネット……変わり果てた姿になって」

「そう? そんな変わってないと思うけど」

「若候補がそう言うのなら……もう嫁に出した娘です。この子が現状に納得しているというのなら、親としては何も言いますまい。どうか今後とも、ガーネットをよろしくお願いします」


 んんん? なにもそんなに悲壮感を滲ませなくても。あと、とりあえず部下として預かるけど、嫁入りとかは保留だからね。何回言っても聞いちゃくれないけどさ。


「若候補!」


 そう言って元気よく声をかけてきたのは、人が変わったように快活になったガリオである。うん。気迫が伝わってきて大変よろしいけど、声が大きいんだよね。


「この度は本当にありがとうございました。若候補のご指導、胸に染みました。いつか成長した姿をお見せできるように……そして次期若頭を支えていけるように、研鑽を積んでまいります!」

「うん。修行の相談にはいつでものるからね。魔鳥で手紙を送ってくれればいいよ」

「へい。お言葉に甘えて、色々と文を送らせていただきやす。どうかご安全な旅路を!」


 あぁ、うん。声が大きいなぁ。そして……これは“綺麗なガリオ”とでも呼べばいいんだろうか。最初と比べるとすっかり別人になった気がするけど。

 彼の態度がここまで変わったのは、ガザニア一家の幹部たちに浄化結界の件を説明してからだった。というのも、どうやらガリオを中心とする若手連中はジャイロ義賊団の活動にいたく感動したらしくて。どういうわけか、僕のことを現人神かのように崇め始めたのである。やめてほしいよね。


「……世話になったよ。またね」


 僕はそんな風に、めちゃくちゃ偉そうな態度で馬車に乗り込むと、そそくさとメイプール市を出発する。

 この短い期間にやたら色々なことがあった気がするけど、シルヴァ辺境領まではまだ遠いんだよね。


  ◆   ◆   ◆


 僕が扱う亜空間というのは、ざっくり言えば「奥行き」を作る魔法だ。

 縦、横、高さの三次元しか存在しない空間に、四次元目の奥行きを作成して空間を拡張する。もちろんこれは非常に不自然な状態を生み出すものなので、亜空間を維持するだけでもけっこうな魔力を消費することになるのだ。燃費って観点だと、わりと最悪な部類の魔法になるんだよね。


「だからさ。いくら魔力量が多いといっても、できれば無駄な亜空間は節約したいんだよ」


 そう話しながら、馬車の中で一人の男を亜空間から取り出す。たしか彼の名前は――ヒャダルなんとかかんとか君。名前が長いから、みんなからヒャダル君と略称で呼ばれている二十歳男子である。

 彼を収納していた亜空間のサイズはキューブ二個分、つまり縦横一メートルで高さ二メートルの掃除用具入れのようなスペースだった。彼にしてみれば、本部からの追加要員としてやってきたと思ったら、理由もわからず狭くて暗い空間にずっと閉じ込められてしまったことになる。それはとんでもなく苦痛だったろうけど、仕方ないよね。


――だって彼は、レシーナの飲むスープにトリカブトの毒を盛った男だから。


「さて。もう分かっていると思うけど、レシーナは嘘を見抜く魔法を使えるんだ。君が誰かに義理立てして偽証したり、何かの策略で偏った情報を語ったりすれば……その場合、またあの狭い亜空間に収納しちゃうことになる」

「し、収納しないでください……全て、正直に、お話しますから……」

「さて。それを判断するのは僕じゃないからなぁ。どうだろうレシーナ。彼の心はそろそろ折れた?」


 僕が視線を送ると、レシーナは親指をグッと持ち上げる。


「さすが次期若頭。とても良い手際だわ」

「褒めるのはいいけど、“候補”を付けなよ」

「クロウの心はまだ折れそうにないわねぇ」


 折れてたまるか、まだまだいけるぞ。

 それはそれとして、僕としてはヒャダル君が裏切り者だとはあまり考えたくなかったんだよね。というのも、彼はレシーナの世話係として先輩にあたる存在で……まぁ、舌打ちをされたこともあるけど、仕事の付き合いとしてはそこそこ上手くやってたつもりだったから。


 何より。ヒャダル君は事務局長セルゲさんの孫であり、ペンネちゃんからすると従兄にあたるのだ。


「なぁ、クロウ。あーしは思うんだけどさぁ」

「うん。何かな、ペンネちゃん」

「こいつ、ずっと亜空間に閉じ込められてたからさ。けっこう喉が乾いてると思うんだ。キリキリ喋ってもらうには、まず水を飲ませてやった方がいいんじゃねーの?」


 なるほど、さすが優しいペンネちゃんだ。

 僕がうんうんと頷くと、彼女は意気揚々と彼に近づいていく。


「おらよ。次期若頭からの慈悲だ」


 彼女はそう言って、水樽の栓を抜くとヒャダル君の頭からジャブジャブとかけ始める。待って待って、息継ぎできてないから。喋るどころの騒ぎじゃないからね。あと君も次期若頭“候補”って付けてよ。


「よくやったわ、ペンネ」

「はっ。全然足んねえよ。お嬢の世話係だからって本部で特別扱いされて威張り腐ってたのによお。よりによってそのお嬢の飯に毒を盛りやがったんだぜ」


 ペンネちゃんは腰のホルダーから手斧を取り出してブンブンと振り回し始める。あの、それはただの脅しだよね? ヒャダル君にキリキリ吐いてもらうための演技でしょ? 僕は知ってるよ。


「ペンネ、待ちなさい」

「お嬢?」

「彼は喉が乾いてるだけじゃなくて、お腹も空いているでしょう。たしかクロウの亜空間に、食べきれなかった小鬼ゴブリンソーセージが収納してあったはずよ」


 やめて差し上げてね。

 そもそも小鬼ソーセージは拷問道具じゃないんだよ。あれは食べ物。貧しい村落の生活の知恵が詰まった貴重な食料なんだよ。誰一人として食べようとしないけれども。


「レシーナ、ペンネちゃん、落ち着いて。あんまり二人が興奮するようなら、ヒャダル君はもう少し収納しておくことになるよ」

「収納しないでください! 何でも喋ります! 全部話しますから! お願いだから収納だけは!」

「ふふふ。さすが次期若頭ね。容赦ないわ」

「あーし、まだクロウのこと舐めてたわ」


 え、なに。え。どうして僕が一番の鬼畜みたいな扱いされてんの。全然納得いかないんだけど。あと次期若頭って言わないで。せめて“候補”ってつけてよ。本当にさぁ。

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