18 デスマーチになりそうだけど

 レシーナが生まれ持った読心魔法は、他者の感情を読み取ることができるというものだ。

 もちろん僕の亜空間魔法だって、便利さでは負けていない。だけど読心魔法は違った方向にめちゃくちゃ有用だから、少し考えただけで色々できそうだなぁと思うんだよね。


 さて、そんな彼女の読心魔法から作った派生魔法を、人工魔宝珠にしっかりと込め、魔法道具に仕立て上げたのがこちら。


「てってれー、嘘検知魔道具」


 僕が亜空間収納ストレージから半球状の魔道具を取り出すと、坊主頭の組員ジャイロは目を丸くして固まった。説明してほしいかい? もちろんいいとも。君にはこれからこの魔道具をガンガン使って活躍してもらうからね。


「この半球の上部に、手の形の窪みがあるだろう? そこに手を置いて。そうそう。魔力がちょっとずつ吸われてる感覚があるはずだけど。で、この状態で嘘をつくと魔道具が振動しながら赤く光るんだよ」

「若候補……あの」

「ちょっと試してみようか。そうだな……ジャイロはフルーメン市に恋人がいる?」


 僕がそう問いかけると、ジャイロは困ったように眉を寄せる。


「へい。そりゃまあ、女はいますが」

「そっか。冬季巡業でしばらく会えてないけど」

「そこはまぁ、お互い承知の上なんで」

「うん。なるべく早めに帰れるよう頑張るよ」

「へい。で、これが何なんですかい?」


 あ、そうだ。

 嘘ついてもらわなきゃ魔道具の検証にならないじゃん。そうだなぁ。


「いかつい顔だけど、実は甘い物が好き?」

「へい。ケーキが好物でさ」

「悪ぶってるけど実は義賊に憧れてる?」

「へい。男の浪漫ですからね」

「実はレシーナに欲情したことがある?」

「とんでもねえ。あの魔力を浴びてもそんな悠長なこと考えられんのは若候補くらいでさ。俺の場合は玉がヒュンッて縮んじまって、小便ちびらないように必死なんで。勘弁してくだせえ」


 あ、そうなんだ。そう考えると、五歳のレシーナに欲情したガリオって意外と大物なのかもしれないなぁ。いや、被虐趣味って話だったかな。うーん。結婚相手を探すの大変そうだなぁ。


「それで若候補。これは一体」

「あ、そうだった。実はその魔道具の動作をジャイロに実際に見てもらおうと思ったんだけど……とりあえず何か、嘘をついてみてもらえないかな」

「とんでもねえ。若候補を相手に偽りを述べるなんざ、恥知らずな真似はできやせん」


 意外と真面目だよねぇ。

 セルゲさんなんかは「最近の若いのは」なんて言うけど、ジャイロみたいな組員を見てるとサイネリア組の将来もわりと明るいんじゃないかなと思うよ。僕は彼がけっこう気に入ってしまっている。それはそれとして、とりあえず魔道具の検証はできなさそうではあるけどね。どうしようかな。


「まぁいいか……とにかくこれは、半球上部の窪みに手を置いた人が嘘をつくと、すぐに分かるっていう魔道具なんだ。中の仕組みは秘密だけどね」

「はあ。そりゃあまた、とんでもねえもんで」

「それで、ジャイロには明日からこれを使って仕事をしてもらおうと思ってるんだ」


 ジャイロにお願いする仕事は、帝国西部各地にある浄化結界コアの交換作業である。

 本部からやってくる人員を使い、何人かでチームを組んで大小二十の都市に散ってもらう。そして、約六百ほどある周辺村落の浄化結界コアをすべて新型に置き換えてしまおうというのである。


「だけど、本部からやって来る全員が信頼できるとは思えない。少なくとも……組長とレシーナの食事に複合魔法毒を盛った黒幕は、まだ捕まっていない状態だからね。油断はできない状況なんだ」


 縄張り全域の浄化結界をこっそり交換する。それは、少なくとも精霊神殿には秘密で行なわなきゃいけない仕事だ。

 いずれ情報が漏れることはもちろん想定の内だけど、神殿が何か動き出す前に交換作業は全て終わらせておきたいんだよね。これは時間との勝負だから、裏切り者にかまっている暇はない。信頼できる者のみで仕事にあたってほしいわけだ。


「分かりやした。つまり一人ずつきっちり話をして裏切り者を炙り出し、そいつを血祭りに上げりゃいいってことですね」

「だいたい合ってるけど、血祭りは待ってね」


 いちいち物騒なんだよなぁ。

 まぁ、裏切り者の処遇については考えがあるから、とりあえず別室に分けておいてもらうくらいでよろしく。背景も探りたいし、使い道もありそうだからさ。あ、裏切り者を炙り出すための会話集も作ってあるから、後で渡さないと。


「面接対象には、目隠しをして魔道具に手を置いてもらうんだ。それで、普通の面接っぽい質問の合間に、それとなく雑談をしながら……裏切り者だと分かったら、相手に気づかれないよう穏便に、別室に隔離しておいてくれ」

「へい。承知しやした」


 けっこう面倒だけど、最初にそれをするだけで任務の成功率はグンと上がるだろう。特に今回は、わざわざ希望制にして裏切り者をガンガン招き寄せてるわけだし、選別はしっかりしないとね。


「それから、支部長の次男ガタンゴを補佐につけるよ。追加予算の管理、本部から来る組員を宿泊させる場所の手配、食料や物資の配分……何かと仕事は多いけど、彼は将来有望ってことだから、じっくり育てるつもりで色々と教えてやってくれるかな」

「へい。根性も叩き直しておきやす」


 ほどほどにね。

 どうもガタンゴは、決闘のきっかけになってしまったことでずいぶん肩身の狭い思いをしてるみたいだからさ。長男のガリオは身体を張った分で許されてる感はあるけど、一方のガタンゴは支部長に絞め落とされただけだから。この仕事をきっかけにして、ちょっとでも名誉を挽回してくれると嬉しい。


「それともう一つ魔道具があって」

「へい」

「てってれー、結界交換杖」


 僕が取り出したのは……トイレ掃除用のスッポンみたいな形をした杖である。うん。形状はともかく、これを使うと浄化結界の交換が一瞬で済むのだ。


「若候補。浄化結界コアの交換はそんなに手間じゃねえんで、専用の道具なんかいらないと思いやすが」

「そうでもないよ。対象になる浄化結界の個数は三千から四千程度。単純な作業でも、回数が多ければ作業ミスをする者だって出てくるだろうし」


 ヒューマンエラーは根性論ではどうにもならないからね。道具なんかで未然に防げるなら、手を尽くしておきたいところだ。


 僕はサンプルになる旧型の浄化結界コアを机の上に置いて、結界交換杖の先をスッポンと押し付ける。すると、それは一瞬で新型に置き換わった。

 この杖には僕の亜空間魔法が仕込んであって、杖を使う人は特に作業内容を意識することなく、ただスッポンとするだけで交換が済む仕組みになっているのだ。我ながらなかなかの出来だと思う。


「事前の警報解除も、交換後に魔力を込める工程も不要。回収したコアを取り出せるのは僕だけだから、魔銀を懐に入れる者を心配する必要もない」

「へい。変な誘惑が少ねえのは良いことかと」

「あとは神官対策の意味も大きいかな。もし交換作業中に神官に見つかっても、手元に現物がなければ問い詰めようもないだろう」


 この道具をどう運用するかはジャイロに任せるけどね。とりあえず、この冬の間に――ようは神殿が動き出す前に作業を完了させてしまえば、今回の仕事は成功だ。


「これは少し先の話になるけれど、全ての交換作業が無事に終了すれば、ジャイロ義賊団の勇名は民衆の間にゆっくりと広まっていくと思う」

「へ……ジャイロ義賊団?」

「そうだよ、君が頭を張る義賊団だ。なにせ神殿が民衆から不当に搾取していた浄化結界利権を痛快にぶっ壊すんだから、君たちは立派な義賊だろう。若頭とも相談して、正式な任命書を預かっている。もちろん大っぴらに名乗るわけにはいかないけど……密かに民衆を救うのも、男の浪漫だろう?」


 僕が任命書を差し出すと、ジャイロは潤んだ目をゴシゴシとこすりながらそれを受け取った。

 よしよし。これで今回の功績のいくらかはジャイロの実績としてカウントされるだろう。僕はまだ辺境スローライフの夢を諦めていないので、うっかり活躍しすぎて次期若頭の座を固めてしまうわけにはいかないのである。絶対絶対諦めないぞ。


「ガタンゴが予想以上に使えそうだったら、ジャイロの部下として引き抜いてもいいよ。その場合は僕が支部長と交渉するから、気軽に相談してね」

「承知しました、若!」

「若“候補”ね。感極まっちゃったのは分かるけど、さすがにその呼び方は現在の若頭に不敬になっちゃうから。今のは聞かなかったことにしておくよ」


 いろいろ不安だけど、とりあえずこれで必要な準備は整ったかな。


 本部からは通常の馬とは違う「魔馬」――魔物使役師が調教した馬型の魔物が送られてくる予定だ。馬車を引くには不向きだけど、めちゃくちゃ速いらしいんだよね。

 なので追加人員の選別が済んだら、ジャイロたちには魔馬を駆って帝国西部各地を巡り、ひたすら浄化結界を交換する仕事に専念してもらう予定だ。彼らと再び会えるのは、冬季巡業が終わってフルーメン市帰った後になるだろう。


 旅程を考えるとけっこうな炎上案件デスマーチになりそうだけど、その点は名声と報奨金でいっぱいいっぱい報いるつもりなので、どうか勘弁してほしい。よろしくね。

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