第四章 突貫仕事とデスマーチ

16 こういった基礎が後々効いてくる

 レシーナの話によると、魔法・魔術未満である魔力操作技術――つまりスキルというものは、一般にそれほど重視されていないらしい。みんな身体強化くらいしか使わないみたいなんだよね。なんでだろう。地味だからかなぁ。

 僕からすれば、スキルの存在だけでも前世よりかなり便利に見えるんだけどね。基本的な身体強化ももちろん、工夫次第でもっと色々なことができるんだよ。まぁ地味ではあるんだけど。


 さて。そんなスキルについて、僕はペンネちゃんに指導を始めた。レシーナと一緒に突貫で色々な準備をしつつ、彼女には基本的なものを一通り叩き込むつもりだ。


「あーしはクロウに、強くしてくれって頼んだんだが……こんなんがマジで役に立つのか?」


 ペンネちゃんは不満げだけど、このスキルが身につけば、彼女もこの重要性が身に沁みるだろう。


 僕らがいるのは亜空間書庫ライブラリ、僕の亜空間の一つである。

 ペンネちゃんは右手で書見台の本をめくりながら、左手で全く関係ない計算問題を解き、さらにその場で足踏みをしている。それでいて僕との会話もちゃんとこなしてるんだから、なかなか優秀だと思う。


「やっべえ、なんか頭が混乱してきた」

「脳に魔力が足りてないよ。集中して……ほら、身体強化と同じ要領だ。まだまだ頑張れるよ」

「つ、辛いぜ……なぁクロウ、この並列思考スキルって何の役に立つんだよ。説明は聞いたけど、あーしにはあんまり理解できなくてさ」


 うーん、普通に便利だと思うけどな。


 脳に魔力を集めつつマルチタスクで負荷をかけ続けると、この世界の人間は並列思考スキルというものを習得することができる。平民でも机仕事の多い人なんかは普通にやってるし、魔術師なんかも身につけている。というか、僕自身もそういう人たちの体内魔力を観察することで身につけたんだよ。

 全般的にスキルの習得方法というのはとてもシンプルだ。要は自分をとことん追い込んで「あ、このピンチを乗り切るには魔力を使えばいいんだ」と身体に教え込むのがスタートラインになる。そして、鍛錬を重ねていくうちにそれが「当たり前」の状態になれば、スキルを習得した状態ということになるわけだ。


 もちろん、そこまで自分を追い込むというのは辛い鍛錬になる。軽々とこなせるレベルだとスキルの練度なんて全く上がらないわけだしね。

 僕の場合は亜空間を維持するために必死で鍛えたけど、ペンネちゃんがこの鍛錬を続けるには何かモチベーションが必要だろうか。そうだなぁ。


「ペンネちゃんに分かりやすい例をあげると……例えば魔弾チャカの魔術ってみんな立ち止まって撃つよね」

「だな」

「これが走りながら撃てるようになるよ」

「は? クソ強いじゃん」

「だから魔術師がよく習得してるんだよ。それと、ペンネちゃんの得物は斧だけど、例えばこれを魔道具にしたとする。すると、並列思考があることで近接戦闘をやりながら魔道具の機能を発動できたりもする」


 マジかよお、と言いながら大興奮なペンネちゃんは、そこからものすごいやる気を見せた。そして、読書、書き取り、足踏みの速度が一気に上がる。

 よしよし、この調子なら思考加速スキルや学習強化スキルも一緒に習得しちゃうかもしれないね。一見すると地味だけど、こういった基礎が後々効いてくるんだよ。


 ちなみに、レシーナも既に同じことをこなしている。

 これまでの僕は自分のスローライフのためだけに鍛錬方法を試行錯誤してきたけど、この機会に体系立てた知識としてまとめておくのもいいかもしれないね。今後も誰かを鍛えることがあるかもしれないし。


  ◆   ◆   ◆


 ペンネちゃんを書庫に残したまま、僕は亜空間を出て一軒の屋敷を訪れる。

 ここは支部長ガッチャの私邸。貴族と比べれば見劣りはするが、平民にしてはかなり豪華な邸宅である。まぁ、ガザニア一家のトップがしょぼい家に住んでたら周囲に示しがつかないだろうしね。


 門番をしている者に手を上げると、彼は大慌てで門戸を開く。あぁ、たぶんガリオとの決闘を見ていたんだろうな。そのまま、僕は屋敷の応接間までスムーズに案内された。


「若候補。先日は大変失礼いたしました」


 そう言って現れたのは、支部長の次男ガタンゴ。

 僕と同じ十歳だし、ガザニア一家とはかなり仲良くなったから、彼との関係もできれば改善しておきたいところなんだけど……彼の心情的にはどうなんだろう。


「そういえば、ガタンゴは支部長に絞め落とされてたけど、大丈夫だった? 宴会では姿が見当たらなかったから、ちょっと心配してたんだ」

「……謹慎を申し渡されまして。今後の身の振り方をよく考えるようにと」


 あー、そうなるかぁ。ガリオに命令されたとはいえ、握手の際に彼が僕の魔力を探ったのが決闘のきっかけだったからね。僕はそういうのも含めてお咎めなしって言ったつもりだったんだけど、支部長としては何も処罰しないってわけにはいかないのかな。


 ただ……これは狙い目かもしれない。

 ガタンゴは少し気の弱そうなところはあるけど、頭脳働きが得意という話だから、脳筋の多いサイネリア組ではなかなか稀有な人材だ。今から鍛えれば、将来は立派なインテリヤクザになれる素質がある。


「暇をしてるんなら、少し手伝って欲しいことがあるんだ。ちょっと人手の必要な案件があってね」

「……はい。でも私のような無礼者が」

「宴会での失敗を蒸し返すのは野暮だろう。それに評価が下がったという自覚があるなら、仕事ぶりで挽回してくれればいい。そのチャンスをあげよう、という提案だ。支部長には話を通しておくよ」


 僕の言葉を受け、ガタンゴの目に希望が灯る。

 でもごめんね。


――実はこの仕事、なかなかの炎上案件デスマーチなんだ。


「仕事の件は、明日にでも詳しく相談しよう。こっちの準備もあるし、今日ここに来たのは別件だからね」

「はい。それで、若候補の用件とは」

「ガーネットに会いに来たんだ」


 僕がそう言うと、ガタンゴの顔が少し赤くなる。

 いやあの、そういう色気のある感じじゃなくて。


「彼女の工房でやりたいことがあって」

「姉貴の工房でやりたいことがあるんですね」

「そうなんだけど……んんん?」

「分かりました。家の者に言って姉貴の身体を隅々まで清めさせますので、若候補はここでごゆるりとお待ち下さい。最短最速で磨き上げさせます」


 ガタンゴは深々とお辞儀をして、応接間を出ていった。なんだろう……たぶんだけど、彼は重大な思い違いをしてると思うんだよね。あと、彼が頭脳働きが得意って話は本当なんだろうか。だいぶ怪しいように思えてきたんだけど。

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