15 だいたい分かった
前世でも飲みニュケーションという言葉があったけど、どうやら宴会というものは人間関係をグッと近づけてくれるものらしい。
ガザニア一家主催の親睦会は、僕が退散した後もかなり盛り上がったみたいだ。組員はメイプール市の賭場や娼館で散財したり、甘味の名店に強面集団で押し寄せたりしていたようで、朝っぱらから「おう兄弟、例のブツを持ってきたぜ」と手作りクッキーを貰ったりして、親しげに交流していた。良かったね。
そんな風にして、早朝からヤクザのひしめくホテルのロビーに現れたのは、昨日出会った少女である。
「お控えなすって。手前、サイネリア組メイプール支部長ガッチャ・ガザニアが娘ガーネット・ガザニアと申します。決闘の約定により、次期若頭候補クロウ・アマリリスさんの妻の末席に加わります。以後、よろしくおたの申します」
若葉色の髪をお団子に結い上げた、錬金術師のガーネット。十二歳。
彼女の装いは昨日よりも簡素なものである。瓶底眼鏡はそのままに、服装は下級錬金術師のローブ、ついでに何やら様々な錬金道具の詰まったバックパックが床に倒れているけど。
「えっと……ガーネット。僕は君を妻じゃなくて、部下として迎え入れたいと申し出たはずだけど」
「は、はい。私もそう思っていたのですが、父はなんだか大喜びしていまして。嫁の貰い手に困ると思っていた色気のない娘が、未来の若頭の目に止まったのは奇跡であり……昨日の無礼を許されたのも、お気に入りの女の実家だからお目溢しされたのだと」
「……とりあえず、誤解の上に誤解が積み重なって雪崩を起こしてることだけはよく分かったよ。なんでだろう」
うーん、あの流れで「娘を嫁によこせ」って言ってる風に聞こえるものかなぁ……本当にそうだろうか。実はなんか裏があって、なし崩し的に妻の座に押し込もうとしてるんじゃないのかな。うーん。
「とりあえず、レシーナと相談かな」
「えっと、お嬢の許可は昨日の時点で頂いておりますよ。なんでも、妻の序列を決して乱さず、若候補の包囲網? の構築に協力するなら、末席に加わるのを許可する――という話で」
「なるほど。だいたい分かった」
これ、ガーネットの嫁入りを支部長に提案した黒幕はレシーナだよね。絶対そう。
そもそも複数の妻を持つのが許されるのって、貴族や金持ちなんかの金銭的余裕と責任感のある人間なんだよね。ほら、この世界だと男は荒事の最前線に立たされることが多いから、人数比で言うと女性の方が余りがちなのもあってさ。
だけど、僕のように辺境スローライフを送ろうとか考えるような無責任な人間に、複数の妻を娶るような甲斐性はないわけで。
つまりね。レシーナの魂胆は……あえて僕に複数の妻を与えることで、辺境に逃げることに対して負い目を感じさせつつ、さらに「レシーナが正妻である」という主張をこっそり混ぜ込んで既成事実を作り、何が何でも僕を絡め取ろうと。こういうことだ。よし、理解した。理解はしたんだけど……これどうしようかなぁ。
「あー、僕はまだ十歳の子どもだから……結婚とかの話は保留にしよう。予定は未定。全部白紙。今はとにかく、僕配下の錬金術師として働くとだけ思っておいて」
「は、はい。私としては錬金術の研究に没頭できる環境さえ頂けるのなら、それ以外はわりと何でもいいので。お好きなように」
「うん。レシーナの暗躍については置いておいて、とりあえず錬金術の話をしようか。朝っぱらからなんか疲れちゃったよ」
とにかくこんな風にして、僕の部下に錬金術師ガーネットが加わることになった。どうしてレシーナは僕の知らないところで色々と進めようとするんだろう。まいっちゃうよね。
◆ ◆ ◆
ガーネットと入れ替わるようにして僕のもとに現れたのは、桃色ツインテールが心なしか萎んで見えるペンネちゃんだった。どうした、何があった。
「あーし、まだクロウのことを舐めてた。普通にクソ強いじゃん。あの鋼鉄のガリオが、まさかガキ扱いされるとは思ってなかった」
あー、うん。あの時、ただ一人決闘を止めようとしてくれてたのがペンネちゃんだもんね……まぁ、結果的には何の問題もなかったわけだけど。その気持ちは嬉しかったよ。ありがとね。
そうしていると、ペンネちゃんは少し黙り込んでから、気まずそうに話を切り出す。
「クロウ……あーしのこと鍛えてくんねえかな」
「ペンネちゃん?」
「調子の良いことを言ってんのは分かってる。でも、クロウを見ててようやく分かったんだ。生まれ持った魔力の強さなんて本当は些細な問題で、あーしはそれを言い訳に、諦めてただけなんだって。だから……恥を忍んでお願いする。どうやって鍛えたらいいのか、あーしに教えてくれねえかな」
なんと。これは……僕の方が、ペンネちゃんを舐めていたのかもしれないな。
彼女は誰に言われるでもなく、自分を変えるために考えて、自ら頭を下げて……いや、物理的に頭は一切下げてないんだけど……こうしてしおらしい態度でお願いすることができる子なのである。えらいね。
「まぁ鍛えるのはいいけど、一つだけ聞かせてくれるかな。ペンネちゃんは一体、何のために強くなろうとしてるんだ」
「それ……言わなきゃダメか?」
「僕の場合は辺境スローライフって目標があったから、辛くても鍛錬を頑張れたんだ。だからペンネちゃんにも同じように、そういう芯になるものが必要だろうと思って」
僕がそう問いかけると、彼女は少しモジモジと話しにくそうにしてから、小さな声で告げた。
「その。あーしも……お嬢と友達になりたくて」
「ペンネちゃん」
「情けないけどさ。今はまだ、お嬢の魔力でおしっこちびりそうになっちまうけど。ちゃんと鍛えれば、クロウみたいに平気になるんだろ。だからさ……頼むよ。あーしも、お嬢の隣で、胸張って友達だって名乗れるようになりてえんだよ」
そう言って、顔を真っ赤に茹であげる。
あぁ、いい子だなぁ。セルゲさん、貴方は正しかったよ。この子はとても優しい心を持った素敵な子です。
僕は心の事務局長にそう報告しながら、彼女の好物である干し柿を無言で差し出した。いっぱい作ってあるからね、たんとお上がり。
「干し柿うめえ……あーそういや、クロウって実際どれくらいの魔力量があるんだ? すげえヤバいってのは分かったけど」
「あぁ、探ってみる? ほら、手を握って」
「……あーし、まだクロウのことを舐めてた」
◆ ◆ ◆
僕とレシーナが宿泊しているのは、メイプール市の一等地にあるホテルである。一人一泊銀貨二枚。普通の人の月収が銀貨数枚程度なんだから、なかなか良いお値段の宿と言っていいだろう。
レシーナの策略によって、組員たちから生暖かい視線を浴びながら二人で宿泊することになったわけだけど。当然ながら、お互いに十歳である僕らは男女の関係になることはない。とりあえず数年は安全だと思うよ。たぶんね。
さてと。ガーネット、ペンネちゃんと朝から立て続けに高カロリーな会話を繰り広げたので、少しゆっくり過ごしたいなぁと思いながら部屋に戻る。するとそこでは、レシーナが珍しく難しい顔をして黙り込んでいた。
「どうしたの、レシーナ。何か悩み事?」
「えぇ。お父様――若頭から手紙が届いたの」
この世界の手紙は基本的にのんびり配達されてくるんだけど、貴族やヤクザなんかの権力者はよく魔物使役師を囲い、魔鳥を調教して手紙を運ばせている。
前世の電子メールほどとは言えないけど、思いのほか情報伝達は早いのだ。
「……浄化結界の件で、色々とね」
「あぁ、なるほど」
そもそも浄化結界コアの交換は、精霊神殿の利権である。
僕らがやっている「こっそり交換しちゃおう作戦」は、規模が小さいうちは発覚しづらいだろうけど、さすがに大規模に展開しようと思うと色々な弊害がありそうだからね。今の動きは性急過ぎたかな。
「若頭から正式に中止命令が来た?」
「いいえ。むしろガンガン進めろって。この冬のうちに、サイネリア組の縄張り全域の浄化結界を新型に置き換えろ。そういう指示が来ているのよ。しかも、細かい差配はこっちに一任するって」
「えぇ……」
酷い丸投げだなぁ……でもまぁ、仕方ないか。若頭はずっと帝都にいるんだけど、あっちは複数のヤクザ組織や貴族家が入り乱れて、だいぶ混沌としている情勢みたいだからね。さすがに帝国西部に目を向ける余裕はないんだろう。
それと、これは次代の若頭を育てるための試練という意味合いもあるはずだ。レシーナが実績を積めば、他の若頭候補から頭一つ飛び抜けるだろうし……いや、レシーナというより僕の実績にカウントされるのか。ダメじゃん。
「ところでクロウ。新型浄化結界コアの生産個数について、ちゃんと確認していなかったけれど……素材さえあれば一晩で百個程度なら軽く作れるわよね」
「ん? 素材さえあれば十分で百個は余裕だけど」
僕がそう言うと、レシーナは言葉を失って固まる。ちょっと面白い顔になってるな。
「クロウ……帝国西部には大小の都市が二十。村落は六百ほど存在している。余裕を持って計算すると、予備も含めて必要になるコアの個数は四千ほどになるわ。どれくらいで作れるかしら」
「そのくらいなら一晩で用意できるよ」
「なるほど……それなら、計画の段取りを大きく変えましょう。先に必要な分の交換品を一気に作ってしまった方が話が早いわね」
話を聞くと、レシーナの計画はシンプルだった。
本部から派遣される追加人員は、あと七日ほどでメイプール市に到着する。彼らに交換用の浄化結界コアを引き渡して、手順を教え込む。あとは各地に散ってもらって、人目を避けながら縄張り内の全ての浄化結界コアを新型に取り替えるのである。
もちろん、規模を大きくすることで問題が起きることも予想されるけど。
「ところで、レシーナ。本部からの追加人員は、どんな風に集めたの? 事務局に伝える条件とか」
「ふふふ……経歴や能力は一切不問。希望者は可能な限り全員寄越すように。選別はこちらでやるから、事務局は手出し無用。むしろ、裏切りが疑われる者こそ積極的に送れ……と伝えたわ」
「なるほど、それはいいね。きっと裏切り者がたくさん集まるんだろうなぁ」
僕の言葉に、レシーナはニヤリと口角を上げた。今回はできるだけ多くの裏切り者がこっちに来てくれたほうが都合がいいからね。
「ところで、クロウが前に言っていた、結界コアの交換作業用魔道具はすぐにできるかしら」
「うん。開発は終わってるから、あとは量産するだけだよ。レシーナの例の派生魔法は?」
「意図した魔法は作れたと思うわ。ただ、もう少し実験したいのよね」
現状、予想できる問題についてはそれなりに対策を考えている。あとは実際にやってみて、その都度考えながら進めていくしかないだろう。上手くいくといいなぁ。
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