14 元気があるのは素晴らしい

 僕が戦鎚をしまうと同時に、壁に突き刺さっていたガリオは魔法を解いて脱出し、ずいぶんと重そうな足取りでこちらに戻ってきた。

 全身にダメージが来ててかなり辛いと思うけど……その諦めの悪さは、個人的に嫌いじゃないよ。


「……頭がおかしくなりそうだ。俺の感覚は、あんたが雑魚だと言っているのに……実際に戦うとまるで刃が立たない。こりゃあ一体どういうことだ」

「それは単純に魔力探知の精度が甘いだけだよ。表に出ている魔力の多寡に惑わされると、僕みたいな奴に足を掬われる。これからは気をつけた方がいい」

「……あぁ」


 僕の言葉に静かに頷いたガリオは、何やら覚悟を決めたような顔をする。そして、そのまま深く腰を落とし再度身体を鋼鉄化した。うん。続きをやろうか。


「その魔法、すごく良いよね。ただ、改善の余地はたくさんある。自分の魔法がどんな風に働いているのかをちゃんと理解して……スキルと魔法を組み合わせて派生魔法を作ったり、魔法と魔術を組み合わせて合成魔術を作ったりすれば、君は今よりずっと強くなるだろう。すごく良い資質を持ってると思うよ」


 話しながら、僕は亜空間収納ストレージからクラフトピッケルを取り出す。これはクラフトゲームの機能を再現するために作った魔道具で、岩石や鉱物を掘るために使うものである。

 これで掘られたモノは、キューブ状になって亜空間に自動回収される。本当はこれで、地下なんかをガンガン掘って鉱物資源を集めるようなクラフト生活を送りたかったんだけど。人生ってままならないよね。


 鋼鉄化しているガリオに近づいて、クラフトピッケルを大きく振り下ろす。すると、その先端はちょうどガリオの足元の石床を削り――トトトンと小気味よい音を立てて、縦に三キューブ分、つまり深さ三メートルの落とし穴を一瞬にして作り出した。あぁ、この作業音がすごく落ち着くなぁ。


 ゴッ。

 鈍い音とともに、ガリオは穴の底に落下した。


「これは石材なんかを掘る魔道具でね。込める魔力を調整すれば、一度に掘れるキューブの数を調整できる。なかなか便利な道具だろう。だけど……今は辺境スローライフ計画の実現自体が怪しくなってきちゃったんだよねぇ。僕は悲しいよ」


 そうして、僕は落とし穴の横に簡易水道を設置する。これは亜空間に設置してある貯水槽から水を取り出すための装置で、一辺がぴったり一メートルのキューブ状に作成してあった。あ、キューブなのは様式美です。


 簡易水道のスイッチをいれると、側面からジャバジャバ流れ出た水が落とし穴へと注がれていく。


「僕の見立てだと、全身が鋼鉄になっている状態の君は、呼吸をする必要がない。そのまま水に沈んでもしまっても死ぬことはないだろう。少なくとも魔力が続く間はね」

「……」

「でも、鋼鉄状態の時に肺に水が入り込んだら、魔法を解除した時にどうなるだろうね。あぁ、水だけじゃないよ。一切の身動きが取れない今の君は、敵からしたらやりたい放題だ。毒霧を吸わせてもいいし、沼に沈めてもいい。重量物を頭の上に乗せてもいいだろう」

「……」

「これからは気をつけたほうが良いよ。魔法を解除した瞬間に詰むような……そういう類の罠に、君の鋼鉄化魔法は滅法弱い。魔法の相性次第だろうけど、僕みたいな奴を相手にするのはもう嫌だろう?」


 そんな風にして、僕は水が溜まっていくのを眺めながら、ガリオに向かって色々な言葉を思いつくままに語りかけた。

 せっかくこうして決闘なんてする縁があったんだしね。悪辣な敵といきなり遭遇する前に、何か対策を練っておいた方がいいと思うんだよ。魔法自体は使い勝手が良さそうだから、上手くやればかなり強くなると思う。


「さて、首のあたりまで水位が上がってきたね。そろそろ降参しないと、本当に死んでしまうと思うけど……まぁ、それならそれでいいか。なんかちょっと面倒くさくなってきたし」

「……する! 降参する! 降参する!」

「うん。英断だね。というわけで……お立ち会いの皆様。この決闘は僕の勝利ということで、異論はないだろうか」


 僕がそう声を張り上げると……あたりは妙に静まり返っていた。うーん、所詮は宴会の余興なんだし、もっとワイワイ観戦してくれて良かったんだけどなぁ。

 そうしているうちに、ガザニア一家の構成員がガリオを救出し、ずぶ濡れの服をその場で着替えさせ始めた。なんだかみんな表情が暗いけど、大丈夫かな。


 うーん……宴会の場の空気がどんよりしている。これは僕のせいか。とりあえず、なんか場の空気が和むような気の利いた発言をしないと。どうしよう。


「そうだなぁ……うん、実に楽しい余興だったよ。これは改まって言うまでもないことだけど、酒の席での失敗は、笑って水に流すのが世の習いだ。今回の件で誰かを罰することはない。ガザニア一家はこれからも、ガッチャの指導のもとで励め。ガリオも荒削りだが良い後継ぎだ。僕は諸君らの今後の活躍に、大いに期待している」


 僕が語る言葉を聞いて、みんな一様に信じられないといった表情で固まっている。

 うーん、まだ空気が固いか。宴会を盛り下げた失態は、やはり宴会を盛り上げることでしか取り戻せないってことなんだろう。くっ。


 ええい、こうなったら最後の手段。ノリとテンションのみでみんなをアゲアゲにするパリピ作戦だ!


「あー、皆のもの、酒を持てえい! えー……そうそう、仲良くね。はい、みんなお酒を持ったかな。ほら、ガリオも端っこにいないで僕の隣においで。いいから。えー……今回の件で、ガザニア一家にはなかなかに気骨のある奴が揃っているということを知れた。僕はとても嬉しい! 元気があるのは素晴らしい! よく頑張った! 感動した! みんな拍手! よっ! いよっ! いいぞいいぞ! さてさて、今宵はガザニア一家の皆が、冬支度で忙しい中せっかく用意してくれた宴会だ。存分に楽しもうではないか! はい、それでは! サイネリア組とガザニア一家が、今後とも足並みをそろえて共に発展していくことを祈念いたしまして……かんぱーいっ! ウェーイ!」


 おら、拍手拍手、飲め飲め、食え食え。

 あー……良かったぁ。どうにかこうにか、みんなの顔に生気が戻ったぞ……だけど、もう二度とパリピ作戦はごめんだ。だいたい、僕はパリピなんて見たこともなければ、飲み会だって参加したことないんだよ。今のは完全に空想上のチャラ男をフィーリングで脳内召喚しただけでさぁ……ちゃんとできてた? ウェイウェイって。つらい。ある程度みんなのところを挨拶して回ったら、宴会からは早々に退散しよう。


……あれ。なんだろう。なんか忘れてる気がするけど。


  ◆   ◆   ◆


「お控えなすって。手前、サイネリア組メイプール支部長ガッチャ・ガザニアが娘ガーネット・ガザニアと申します。決闘の約定により、次期若頭候補クロウ・アマリリスさんの妻の末席に加わります。以後、よろしくおたの申します」


 なんで?

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