13 僕が決闘に望むものは
初恋こじらせボーイ、ガリオとの決闘。
僕の陣営の中でこの事態に一番慌てたのは、なんとペンネちゃんであった。
自慢の桃色ツインテールを振り乱し、「決闘なんて考え直せ」と必死に語る彼女の様子を見ていると、いい子だなぁという感想がひたすら浮かんでくる。
まぁ、もう決まってしまったものは仕方がないし、ここで僕が引くという選択をするのはデメリットがあまりにも多すぎるからね。
「それはあーしも分かってる。クロウがそこそこ戦えんのも知ってる。だけど、決闘でのあいつはとんでもなく強えんだよ。あいつの魔法は――」
「そこまで。人の魔法についてペラペラ喋ったらダメだよ。心配してくれるのは嬉しいけど……まぁ、どうにかしてみせるさ。こう見えても、僕は次期若頭候補らしいからね」
ペンネちゃんの口を塞ぎ、レシーナに預ける。心配してくれるのはすごく嬉しいけど、魔力探知スキルで観察する限り、たぶん問題はないと思うよ。
なんて思っていると、レシーナが僕の肩をポンと叩く。
「クロウ。あの男、ギリギリまで痛めつけてね」
「なんか恨みでもあるの? レシーナ」
「危険人物よ。かつて五歳の私に欲情していたの」
「……そっかぁ」
「恐怖しながら欲情する変態なのよ」
あー、うん。レシーナには読心魔法があるから、そういう個人的な嗜好も筒抜けなわけか。初恋こじらせ被虐ボーイ……まぁ、趣味は人それぞれだけど、レシーナのリクエストとしては彼の恋心をバキバキに折っておいてほしいわけだ。おーけー。
ガザニア一家の者が慌ただしく右往左往し、事務所の中庭に特設の決闘エリアが設けられる。みんなは酒瓶を抱えて移動するが……支部長のガッチャはこの世の終わりみたいな顔をしていて、長男ガリオはやる気まんまんといった様子。他のみんなは勝敗予想なんかを始めて、どっちの陣営もちょっと楽しそうである。まぁ、宴会の余興みたいなもんだしね。
「――それではこれより、サイネリア組次期若頭候補クロウと、ガザニア一家次期頭領ガリオによる決闘を執り行う。双方、戦う理由と望むものを述べよ。まずはガリオ」
ノリノリで決闘を仕切る謎の爺さんに促され、ガリオは大きく声を張り上げる。
「お嬢の結婚相手が来ると聞いて……俺はずっと楽しみにしてたんだ。組長や事務局長を後ろ盾になるほどの男とは、果たしてどんなすげえ奴なのか。俺たちのお嬢を幸せにできるような、強くて勇ましい、男の中の男を期待していた! それがどうだ! こんなクソ平凡で貧弱な、覇気のねえガキが結婚相手だと! 許せねえよなぁ、認められねえよ。そういう筋の通らねえことを押し通そうとするなら、たとえ本部が相手でも俺は全力で抗うぜ。それこそが、俺の戦う理由だ!」
「「「うおおおおおおお!」」」
ガリオの宣言に場が大きく盛り上がる一方で、父親であるガッチャは燃え尽きた枯れ木のように隅っこでうなだれていた。頑張って。
「決闘に望むものは! お嬢との婚約破棄!」
あ、そもそも婚約をしてないって話はあるけど。
ガリオはガザニア一家からの支持がなかなか厚いようで、なんだか本当の家族みたいに団結して応援している感じだ。微笑ましいなぁ。
「よーし。ガリオの主張は理解した。続いてクロウ。戦う理由と望むものを述べよ」
爺さん楽しそうだな。
まーうん、戦う理由かぁ。
「まず僕が戦う理由は……レシーナが言ってたんだよ。ガリオの視線が気持ち悪いから痛めつけろって。それが僕の戦う理由だ」
「……うわ」
え、ガリオの時とみんなの反応違いすぎない?
なんでドン引きみたいになってるんだろう。いいんだよ、ガハハと笑って酒の肴にしてくれれば。あんまり気遣うとガリオもいたたまれないだろうし。
「僕が決闘に望むものは! 決めてなかった!」
僕の宣言に、みんながガクッと膝を崩す。
うーん、どうしようかなぁ。別に自分で申し出た決闘ではないから、特に欲しいものとか思いつかないんだけど……あ、そうだ。
「支部長の長女、ガーネットを部下にもらう!」
僕の宣言に、うおおおおお、と再び場が盛り上がる。良かった、さすがに宴会の余興でドン引きされるのは、ちょっと心に来るものがあるからね。
ちょうど錬金術師の部下が欲しかったところだし、ガーネットは錬金術オタクっぽい雰囲気がするから、僕の知らないことを色々と知ってそうだと思ってさ。
支部長の方をチラリと見ると、両手で大きくマルを作っていたので、問題はなさそうである。
「今回の決闘は、殺害禁止のルールを設ける。いずれかが意識を失うか降参を表明した時点で負けである。それ以外であれば、何でもアリだ」
「うおおおおおおおおお!」
「双方位置について……気をつけ。礼!」
そんな風にして、決闘は幕を開けた。
◆ ◆ ◆
これは魔法ですらない
それで、そもそも僕は長年の鍛錬によって体内魔力量をバカみたいに増やしているんだよ。というのも、亜空間魔法はものすごく燃費が悪いからさ……そんなわけで、ガリオと僕の体内魔力量には圧倒的な差があるんだ。ざっくり、コップ一杯の水 vs 湖みたいな感じで。
つまり、ガリオがコップ一杯の水でどんなに身体強化を頑張っても。
「くそっ、くそっ、なんで当たらねえ!」
両手に着けたナックルは空を切るばかりで、強化してない僕に攻撃を掠らせることすらできない。だって普通に見えてしまうし、普通に避けられてしまうから。
特に最近は、ずっとレシーナと戦闘訓練ばかりしてたからね……正直、僕が戦ったことのあるどの魔物よりも、彼女の方が手強かった。それと比べてしまえば、ガリオの拳が届くことは、まぁないかなと思う。
別に、魔力の多寡が戦闘の全てだとは思わない。だけど、彼は生まれつき魔力に恵まれている側の人間みたいだから、戦い方自体がずいぶん粗いんだよね。
弱者と戦う時はそれで十分だ。でも、僕から見ればノロノロとした動作で大振りのパンチを繰り出すだけの相手なので、避けないでいるほうが難しいのである。まぁ、別に正面から受け止めたところでノーダメージだろうけど。
焦りから前のめりになっているガリオは、僕の稚拙な足払いで盛大に地面を転がる。けっこうゴロゴロ行ったなぁ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
息を荒げた彼は、人差し指を僕に向けた。
「――
どうやら戦い方を変えることにしたらしい。
魔弾が飛んでくるけど。
「うーん……殴るにしても撃つにしても、もう少し工夫してくれないと戦いにならないんだけど」
避ける必要すらなく、魔弾は僕の身体に触れた瞬間に解け消える。何発撃っても結果は同じだ。だって、彼の魔弾は本当にシンプルに弾を飛ばすだけのものだったから。装甲魔術を纏う必要すらない。
「うるせえ! テメエ、やる気あんのか? さっきから何もしてこねえじゃねえかよ!」
「そういうセリフは、僕をこの場から一歩でも動かしてから吐いてもらえるかな――
僕の飛ばした魔弾は、ガリオの頬に一筋の傷をつける。
厳密に言えば僕の魔術は色々と改良してあるから、みんなが使う魔弾とはもはや別物と言ってもいいくらいだけど……まぁ、傍目には分かりづらいか。
「ははは、テメエだって外してんじゃねえか!」
「いや、殺害禁止ルールだから。今ので実力差が分からないのは、ちょっと危機感が足りないと思うよ」
「うるせえ! いいからかかって来いや!」
なるほどなぁ。そこまで言うってことは、たぶん彼の魔法は防御に役立つタイプなんだろう。といっても、さっきの魔弾は全然防げてなかったから、自動的に身体を保護するようなものではないみたいだけど。
可能性は色々あるし、やってみるしかないか。
僕は
戦鎚〈重撃〉。
これは自作の魔武具――つまり武器用途に特化した魔道具で、道中で回収した魔銀を使って強化までしてある自慢の品だ。とりあえず、ちょっと試してみようかな。
「僕は常々考えてたんだけどさ。人の少ない辺境っていうのは、言い換えれば、瘴気が濃くて魔物が強い土地ということなんだ。そんな場所でスローライフを送ろうと思ったら、力がいるのは当然だよね」
「な……何を言って」
「この魔武具には、込めた魔力に応じて打撃の瞬間に重量が増す術式回路を組み込んでいる。これから、ほどほどの力加減で君をぶっ叩こうと思うけど……死なないように全力で防御してくれると助かるんだ」
戦鎚にほんの少し魔力を込めると、石突から鎚頭まで全体にバチバチと紫電が走る。
それを見て、ガリオはようやく自分が追い詰められていると自覚したらしい。身体の前で両腕をクロスし、半身になって腰を落とした。そして――彼の身体が、鈍い光を放って金属塊へと変化する。
「それが君の魔法か。なるほど、身動きが取れなくなる代わりに全身が鋼鉄に変化するんだね」
鋼鉄化魔法。
これが彼の自信の源か。確かに下手な攻撃では、かすり傷ひとつ負わせることも出来ないだろう。決闘においては普通に優秀だろうし、集団戦の際には盾役としても活躍が期待できる。とても良い魔法だ。
「ガリオ。死にたくなければ、絶対に魔法を解いちゃダメだよ」
僕が一歩踏み込んで戦鎚を横に振り抜けば、ガリオは硬直したまま飛んでいって、轟音とともに頭から壁に突き刺さった。
なるほど……これはこれで面白い遊びだけど、決闘の勝利条件を考えると少し厄介だな。
これ以上力を込めるとガリオは潰れて死んでしまうだろう。かと言って弱すぎてもダメージを与えられない。うーん、どうしようか。
「なるほど。ほどよく怪我をさせるっていう力加減は、ちょっと骨が折れそうだなぁ……よし、作戦を変えよう」
僕は思考を切り替えて、戦鎚を
彼の魔法には致命的な弱点があるんだけど、あんまり自覚してる様子はないからなぁ……彼の今後を考えると、今のうちに教えておいた方がいいかもね。けっこう危ういからさぁ。
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