12 想定はしてたよ
メイプール支部の倉庫にて。
強面のヤクザたちは予定通り、フルーメン市から持ってきた冬越えの物資を荷下ろししていく。うんうん、仕事は無事に済みそうだね。
ちなみに、僕の
大切なのは、たくさんの黒塗り馬車を人目につくよう行き来させることによって、民衆のサイネリア組に対する信頼度・好感度を上げることである。こういったある種の慈善活動を大々的に行っているからこそ、普段は多少の違法行為に目を瞑ってもらっている、ということらしい。
ヤクザなやり方だなぁと一瞬思ったけど、そういやヤクザだったね。
仕事が済むと、事務所に机を並べて大宴会が始まった。冬支度で大変だったろうに、けっこう色んな料理が並んでいる。旅の間はなんだかんだ保存食中心だったから、一層美味しそうに見えるよね。
そうしてレシーナやペンネちゃんと一緒に甘味を食べていると、すっかり牙の抜けた様子の支部長ガッチャが家族を連れて現れた。
「若候補。息子たちを紹介させていただいても」
最初の挨拶の時とはずいぶん雰囲気が違うけど、たぶん初対面の時は気が張っていたんだろうな。豪胆に見えて、案外人見知りだったのかもしれない。
「まずは長男のガリオ。歳は十五で、ガザニア一家の跡継ぎとして勉強中の身でございやす。まだまだ至らない点も多い愚息ですが、どうかご指導のほどよろしくおたの申しやす」
「……っす」
長男ガリオはひょろっと背の高い少年で、赤銅色のスーツを見事に着こなしている。僕の発表会スタイルとは比べるべくもない貫禄だ。
纏っている魔力は、ギリギリだけど上級と呼べるくらいはある。その動かし方もけっこう荒々しい感じで、いかにもヤクザ組織の一員って雰囲気だ。魔力こそ力、力こそパワーみたいな。つまり、めちゃくちゃオラついてるのである。あと、僕のことをめっちゃ睨んでくる。なんで?
「隣にいるのが長女のガーネット、十二歳。今は錬金術の勉強をさせておりやす。メイプールの産業を発展させるため、力を尽くしてもらおうと――」
「は、初めまして。ガーネットと申します。今は甜菜の砂糖精製量を増やせないかと研究してて。それであの、それとは別の話で、若候補は複合魔法毒の解毒治療を成功させたという噂を耳にしたのですが本当でしょうか。それが事実なら医療系錬金術に革命が起きることになるので、ぜひとも詳しいお話を聞きたいと思うのですが。巡業の最中だとあんまり時間はありませんかね。宴会の後に何もご予定がなければ錬金術のあれこれについて語り合いませんか。ちょっと朝までに語りきれる自信はないのですが、検査技法や治療魔道具についてだけでも――」
「はっはっは、長女のガーネットはこの通り錬金術に熱心でしてな……もう下がっていなさい。ダメだ。若候補のご迷惑になるだろう」
長女ガーネットも身長はけっこう高い感じで、若葉色の髪はお団子状に結い上げられている。綺麗なドレスを着ているけれど……瓶底のような分厚い眼鏡、激流のような早口、バナナみたいな猫背の三拍子が揃うことによって、全体的な印象を少し残念なものにしている。僕は嫌いじゃないけどね。
胸に下げたペンダントに使われている宝石は、グリーンガーネットだろうか。一見ただの装飾品のようだけど……たぶん何かの魔道具。いや、魔法の補助具ってところかな。
「よろしく、ガーネット。滞在中に時間が合えば錬金術の話をしよう。どうやら同好の士みたいだし」
「は、ははははい。ぜひ!」
握手をしながら大喜びしているガーネットを見ていると、つい微笑ましい気持ちになってしまう。
彼女と話をするのはきっと有意義な時間になるだろうな。僕は基本的なことは教えてもらったけど、その後は独学だったからね。現役の錬金術師と面と向かって語り合える機会は貴重なんだ。
「さて、最後に次男のガタンゴ。若候補と同じ十歳です。年若いですが頭脳働きには光るところがありやして、将来はガリオの補佐として働いてもらおうと思っておりやす」
「よ……よろしくお願いします、若候補」
「よろしく」
長男とは違って次男はちゃんと挨拶できたので、彼とも握手を交わしておく。
が……触れた瞬間に彼の身体がビクッと跳ねた。ほうほう。今、魔力を探ったよね。この世界では、初対面の相手に許可なくあからさまに体内魔力を探ろうとするのは基本的にご法度だ。だからこそ、お互いにそれをしませんよという友好の意味を込めて、何も仕掛ず握手をするが常識中の常識なのである。
だからこの場面で何かをするってことは、普通に考えると「お前と仲良くするつもりはないぞ」という意思表明になってしまうわけだけど。
「ガタンゴ。僕も頭脳働きというのは、とても重要なものだと思うよ。それで、ガザニア一家は一体誰に味方をして、誰を敵に回すのか……よく考えた結果がこれということで良いんだな? そうだな……この件をガザニア一家からサイネリア組への宣戦布告として捉えるべきか、ガタンゴ個人の勝手な行動として捉えるべきなのか。少々判断に困るところだが」
僕がそう言うと、支部長は慌てた様子でガタンゴの胸ぐらを掴み上げる。
まぁ、さすがに一家の総意ということはないだろうなぁ。まだ十歳の子どもだし、ちょっと釘を刺しておくくらいでいいか。僕がそんなことを考えていると。
「あ……あ、あ、兄貴から若候補の魔力を探るように、い、言われて」
ガクンガクンと揺さぶられたガタンゴは、支部長の手によってあっという間に絞め落とされてしまう。その傍ら、話題に上がった長男ガリオは、顔を真っ赤にして僕の前に進み出てきた。
「俺は……俺は認めねえ!」
「うーん?」
「一家も組も関係ねえ。これは俺個人と、テメエ個人の話だ。テメエのような平凡で貧弱な男が、お嬢の結婚相手だなんて……そんなのは絶対に間違ってる。筋の通らねえことは、ぶん殴ってでも正す。それが俺の生き様だ」
あ、うん。初恋とかかな。
「決闘だぁ! 俺が勝ったら、お嬢との結婚を辞退しろ!」
「いいけど」
「どうせテメエのような貧弱な……いいの?」
「いいけど」
こんな風にして、僕は支部長の長男ガリオと急に決闘をすることになった。
支部長は顔を真っ青にしてるけど、まぁ落ち着いて。サイネリア組に連れてこられた時点で、いつかどこかでこういう場面が来る想定はしてたよ。初めての決闘の相手がガチの暗殺者とかじゃなくて、初恋こじらせボーイだったのは僕にとってもだいぶ幸運だったからさ。とりあえず悪いようにはしないって。
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