第三章 格付けチェックは穏便に

11 丁寧に応対してはいけない

 一日に数箇所の村落を訪ね、冬越えの物資を届けること七日。

 僕らの一行はついに、シルヴァ辺境領までの中継地点であるメイプール市に到着した。


 メイプール市はセントポーリア侯爵領内の北方村落を束ねる都市で、なんでも甘味が美味しいらしい。人口は約十万、フルーメン市よりは小規模な都市だけど、この地域の中心を担っているだけあって村落とは比べ物にならないほど活気に溢れている。


 ふむふむ、こういうところで生活するのもなかなか楽しそうだなぁ。


「若候補。喉は渇きませんか」


 問いかけてくるのは、組員のジャイロだ。

 彼は五分刈りくらいの坊主頭で、顔にはいくつもの傷があり、けっこうな修羅場を潜って来たような貫禄があるんだけど……これでも成人したての十八歳なんだとか。

 魔力等級は中級くらいだけど、魔力の流れをあえて荒々しくして強そうに見せている。これも、この世界なりの舐められない仕草ってものなんだろう。オラついてるよねぇ。


 この都市にはサイネリア組の支部があり、挨拶の際には正装をする必要がある。

 それで、さすがに女性の身支度の場に僕がいるわけにもいかないってことで、僕は別の馬車に移ったのである。レシーナを飾り付ける楽しい仕事は、ペンネちゃんにまるっとお任せしよう。頑張ってね。


「あぁ、ジャイロ。そんなに気を使わなくていいよ。確かに僕は次期若頭候補の一人だけど、レシーナと友達ってだけだから、僕自身は大したことないし」

「いえ。自分、若候補を尊敬しておりますんで。いずれ正式に若頭になられた暁には、どうぞ子分としてこき使ってくだせえ」


 どうしてこう、サイネリア組のみんなは揃いも揃って僕の話を全く聞いてくれないんだろうか。悲しいよね。

 ちなみに、こうして下手に出てくるのはジャイロだけじゃなかった。今やこの旅に同行しているみんなが、僕に一目置いてくれているらしいのだ。もちろん、夜中にこっそり行っている浄化結界コアの交換も一つの要因ではあるんだけど……それより一番大きいのは。


「お嬢を友達扱いして、あの魔力を涼しい顔で受け流せるのは若候補だけです。お貴族様だってお嬢を前にしたら小便ちびらないよう必死で我慢するのに……若候補はお嬢の脳天にチョップを食らわすじゃないですか」

「それはレシーナが大ボケをかますからだよ」

「お嬢があんなにトロけた顔でポンコツになるのは若候補の前だけでさ。以前はもっと冷徹無比で完全無欠、人を全く寄せ付けない厳しい方でしたから」


 それは一体どこの世界のレシーナだろう。

 でもまぁ、彼女はまだ十歳だからね。友達ができることで性格が変化することもあるだろう。僕の存在が一つのきっかけになって、彼女に良い影響を与えたというのなら嬉しいことだ。その代償として、僕はヤクザの世界に片足を突っ込むことになったんだけど。つらいね。


「それはともかく、これからメイプール支部に挨拶に行くんだよね。村落を巡ってる時とは、けっこう違う過ごし方になるのかな」

「へい。支部の事務所での挨拶が終わったら、おそらくガザニア一家が歓迎の宴を用意しているはずでさ。それと、一等地のホテルを一室予約してありますんで、今晩はお嬢と二人でごゆっくりお過ごしくだせえ」

「……ねえ。なんで既成事実をさらに積み上げようとしてんの。なんで視線を逸らすの。絶対分かっててやってるよねぇ。それはどこのレシーナさんの指示なのかな? んんん?」


 それはともかく。

 どうやらメイプール市の支部長は、独自のヤクザ団体「ガザニア一家」というのを組織して活動しているらしい。細かく言うと色々な違いがあるらしいんだけど、とりあえずサイネリア組の下部組織みたいなものと思って間違いはないだろう。


「挨拶かぁ……これって僕がしなくちゃいけないんだよね、次期若頭候補として。なんか知らない間に巡業の責任者にされてたみたいだし。どうしてこうなったんだろう」

「ですが、難しいことはありやせん。若候補は挨拶を“される側”ですんで。威厳を持って……おい、来たぞ、ご苦労。くらいの声掛けをして頂けるだけで十分でさ」

「うわ。偉そうだなぁ」


 逆に、丁寧に応対してはいけない、くらいまであるからね。下の者に舐められるのは色々と不味いらしいから。

 正直、僕だけだったらどう思われてもいいけど……ここで変に下手に出るとレシーナの格を下げることになりかねない。同行している組員たちが軽く見られてしまえば、巡業そのものが立ち行かなくなる可能性だってあるのだ。気をつけないと。


 そんなわけで、僕はこの集団のリーダーとして黒い正装に身を包んでいるわけだけど……うん。パン屋の倅でしかない十歳の平民に、若頭候補っぽい威厳なんて醸し出せるはずもない。あら、今日は楽器の発表会でもあるのかしら、と近所のオバサンが話しかけてきそうな感じの……そうだね。ちょっと背伸びをしている坊や、くらいの雰囲気が関の山なのである。


  ◆   ◆   ◆


 目の前で、ガッシリした体格のいかにも「親分」って感じのおじさんが中腰になる。


「手前、メイプール支部でガザニア一家を率いております、ガッチャと申します。若候補、フルーメン市から遠路はるばるよくお越しくださいました。この度はどうぞ、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます」


 支部長はペコリと頭を下げながら、僕に向かって荒々しい魔力を向けてくる。といっても、特に殺意なんかが込められているものではないし、挨拶の場でのちょっとしたお遊びなんだろう。これもヤクザの文化なのかなぁ、よく知らないけど。

 その周囲を固めるのは強面で筋肉モリモリの物騒な男たちばかりだけど……うーん、みんな案外お行儀が良いみたいだね。魔力をめちゃくちゃオラつかせてはいるものの、僕をジーッと見つめながら大人しく黙ってくれている。うんうん、いつものヤクザだ。


 とりあえず僕が心がけるのは、威厳を保ちつつ気安い感じだから――よし、こんなところか。


「出迎えご苦労。メイプール市の冬はずいぶん寒いと聞いていたが、事前に聞いていたほどでもないな。なかなか過ごしやすい土地だ」

「…………へい」

「どうした、そんな縮こまって。ん?」


 ふと支部長の視線が気になったので振り返ってみれば、レシーナがいつもよりほんの少しだけ魔力を高ぶらせていた。

 支部長の魔力に反応してしまった? いや、それならもっと荒々しい感じの魔力になるだろう。手加減してるってことは、これも挨拶におけるパフォーマンスの一貫ってことかな。


「レシーナ。皆が怖がっている。抑えろ」

「……はい。若候補」

「イタズラっ子め。あとでお仕置きだな」

「はい。後ほどロウソクと鞭を持って参りますので、どうぞご存分に折檻なさって下さい」


 さすがレシーナ。

 こんな時にも既成事実を作るのに余念がない。


 ただ、レシーナの振る舞いを見ていて僕もようやく理解したよ。

 この場には本部の組員もいれば、ガザニア一家の構成員もいる。その全員に上下関係をしっかり教える必要があるため、こんな小芝居が行なわれたというわけか。よく分かんないけど、これもヤクザ文化ってものなのかなぁ。たぶん。


 小芝居の段取りはこうだろう。まず、支部長のガッチャは僕に対して軽い感じで魔力をひと当てする。それを受けてレシーナがちょっと空気をピリッとさせる。で、僕が穏便に場をおさめると。

 それにより、みんなはこの場でのトップが僕であるという共通認識を持てるわけだ。考えてみると、なかなか理に適ってると思う。


 わりと迂遠なやり方に感じるけど、確かに言葉で説明するよりも小芝居で示したほうが説得力はあるもんね。それに……なんか即興劇をやってるみたいでちょっと楽しいし。

 くくく、と思わず笑いを漏らした僕に、その場の全員から視線が集まる。いや、ごめん。なんだか可笑しくなっちゃってさ。


「さて、戯れはもういいよね。仕事を始めてくれるかな」


 僕がそう言うと、支部長ガッチャはペコリと頭を下げる。とりあえず運んできた冬越えの物資は受け取ってもらわないと。それが本題なんだし。


「へい。それと、本日は宴も用意しております」


 うん。これで小芝居は一段落かな。そう思っていると、何やら周囲からはヒソヒソと雑談をする声が漏れ聞こえてきた。


「親父の魔力が遊び扱いされたぞ」

「事前に聞いてたほどじゃないって」

「レシーナ嬢を支配してるって例の噂も」

「ロウソクと鞭?」

「一触即発のあの場面で……笑うのかよ」

「……クソ平凡なのは擬態か」


 まぁうん、小芝居の効果はけっこうあったみたいだなぁ。

 ヤクザ組織を円滑に運営するためには必要なことだろうから、なんだか不本意だけど、こういう評価も割り切って受け入れるしかないんだろう。ちょっと切ない気持ちになるけど。


 とりあえず、この近辺は砂糖やメープルシロップの産地だっていう話だから、美味しい甘味で心を癒やすとしよう。

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