09 僕の夢が大ピンチじゃないか

 浄化結界の更新儀式は、本来なら時間もお金もかかる大イベントらしい。

 近隣都市から専門の儀式神官を呼び寄せ、丸一日かけて儀式をする。神殿への心付け、随行する神官兵への接待費、一時避難先の隣村への謝礼……そういった諸々を含めて、村の出費は毎度膨大なんだって。大変だなぁ。


 それが今回は、村民が寝静まっている真夜中に、ほんの数秒で交換作業が終わってしまった。村内に漂っていた瘴気もゆっくりと晴れていってるし、これでしばらくの間は問題ないだろう。


「ふふふ。まさか本当に数秒で済むなんて」

「いや、普通に交換しただけだよ?」

「その通りね。でも、これまで儀式に費やしてきた金額の大半が無駄金だと思うと……ふふふ。なんだか可笑しくなってしまうわ」


 レシーナと話しながら、僕は手に持った魔銀の残骸を眺める。

 腐食が酷いから魔道具部品としてそのまま流用はできないけど、素材としてクラフトに使うには十分すぎる。魔銀は希少鉱物だからね、大事に使いたいところだ。


「レシーナの言う通り、こっそり交換して正解だったかもね。村の安全が守れて、村長に恩も売れて、貴重な魔銀まで手に入って」

「貴重な魔銀……クロウ。もしかして、交換した新しい方の浄化結界は、魔銀製じゃないの?」

「ん? うん、魔鋼で作ったやつだけど」


 僕の言葉に、レシーナの顔がピシリと固まる。それはどんな感情なんだ。

 魔鋼は魔法金属の中でもすごく使い勝手の良いものだからね。他のやつみたいに特殊な自然環境で生成されるだけじゃなくて、普通の鉄鉱石と魔石をクラフト錬金炉で精錬してもインゴットを量産できる。性能も悪くないし。


「そもそも水中で使う魔道具だからね。魔銀もそれなりの腐食耐性はあるけど、魔鋼はそれとは比べ物にならないくらい強い素材だよ。魔力伝導率の差は、術式回路の効率を上げれば十分以上にカバーできる範囲だから……改良した新しい浄化結界は、古いやつの何十倍ってレベルで長持ちするはず。少なくとも、百年くらい先までは交換不要じゃないかな」


 このあたりは、スローライフの安全を確保するために重要な事項だったから、何年もかけて試験をしたんだよね。

 もともとの浄化結界が無駄だらけの術式回路だったから、改善点は山のようにあった。旧来のものと比べれば、最新版の浄化結界はあらゆる点で上位互換だと言って良い。


 あらためて考えると……僕は量産できる魔鋼を消費して、貴重な魔銀を手に入れることになったわけだ。実はかなり得をしたのかも。


「クロウ。もしかして……魔鋼さえあれば、新型の浄化結界はいくらでも作れるのかしら」

「鉄鉱石と魔石があればいいよ。魔鋼は作れるし」

「……魔鋼も作れるの?」


 レシーナは目を丸くしてるけどね。作れちゃうんだよ。便利だよね。古代の文献には普通に魔鋼製造技術が載ってるし、まぁ現代語に翻訳しないと読み解けない情報ではあるんだけど、そうやって作られた魔道具が今も古代遺跡からよく出土されるから、たぶん一般的な技術だと思うよ。

 もちろん、僕は魔鋼や浄化結界コアを作成するためのレシピカートリッジを既に作ってある。素材さえあればいくらでも量産できるってわけだ。


「……少し方針を変えましょうか」


 レシーナはそう言って、めっちゃ悪そうな笑みを浮かべる。うわぁ、絶対ろくなこと考えてないよ。


「これから行く先々で、可能な限り全ての浄化結界コアを交換しましょう。作業を見ていたけれど、交換自体は誰でも行えるのでしょう? 組員で手分けすれば、周辺村落を広くカバーできるわ」

「えぇ……問題にならない?」

「あくまで秘密裏に、夜中にこっそり交換するのよ。それと各地の有力者にだけは“ここだけの話”として教えておく。そうすると……どうなると思う?」


 うーん。こっそりやれば問題ないのかな。

 利点としては……まずは、大量の魔銀が手に入るだろう。それを本部に上納すれば、大きな功績になる。それと、人の口に戸は立てられないだろうから、各地の有力者はどこかで情報を漏らすかな。噂話が民衆に広まっていけば……とりあえず、レシーナに対する好感度は上がるかもしれない。


「僕がパッと思いつくのは、組での実績を積めることと、民衆からの評判が良くなることくらいかな」

「ふふふ……他にもあるわ。実は組員たちの中には、義賊に憧れている者も少なくないのよ。神殿の不当な搾取から民衆をこっそり救う悪の英雄。今回の旅に同行した者は、仲間に自慢気に話をするでしょうね」


 なるほど。組員からの支持も得られるのか。レシーナはなかなか強かだなぁ。


「だけど、神殿の収入が大きく削られる話だよね。抗議されるんじゃない?」

「それはありえないわ。神殿は浄化結界の更新儀式に丸一日かかると公言している。そんな中、私たちが誰にも気づかれずに次々とコアを交換しているだなんて与太話……彼らが認めるはずがないもの」


 あ、それはそうだね。

 神殿の主張通りならこっそり交換なんて絶対にできないはず。その一方で、現実には浄化結界が長持ちするようになっている。時が経つごとに、民衆は神殿に対して不信感を募らせ、サイネリア組に恩を感じるようになっていくと。こういう構造になるわけだ。


「さすがだなぁ。それでレシーナが大量の魔銀を本部に納める功績を上げれば、君を史上初の女若頭にしようって流れができるかもしれないね」

「いいえ。新型浄化結界コアとそれによる義賊活動を通して、クロウを次期若頭に推す声は大きくなると思うわ。私たちの結婚も秒読みね」

「あはは……え、待って。そうなるの?」


 彼女にしては珍しく、やたら功績に前のめりだなぁと思ったけど……まさかこれ全部、僕の功績として積み上げるつもりなのか。さすがにそれは、ちょっとマズいと思うんだ。辺境スローライフが……僕の夢が大ピンチじゃないか。


「僕が若頭になったら、酷いことになるよ」

「あら。一体どんなことになるのかしら」

「そうだなぁ……例えばペンネちゃんに干し柿禁止令を出して、屋敷に一日中彼女の泣き声が響き渡るようにするんだ。あまりにうるさくて、みんな仕事にならない」

「それは楽しそうね。ふふふ」


 落ち着こう、まだ大丈夫だ。

 レシーナは今回の件を僕の功績にするつもりみたいだけど、そうはさせないぞ。何としてでもレシーナの功績として皆に認めさせて、彼女の支持率を爆上げさせるんだ。僕ならきっとできる。やり方は今のところ、全然浮かんでこないけれども。


  ◆   ◆   ◆


 僕の前に跪いたペンネちゃんが、涙目で告げる。


「あーし、まだクロウのことを舐めてた。クソ平凡だと思ってたけど、浄化結界のコアを作れんのはマジでヤバいな。交換作業はあーしらに任せろ。クロウは生産に専念しててくれよな」


 うん。ペンネちゃんはどのくらい僕のことを舐めてるんだろうなぁ……初対面からここまでどんな感じで変化してきたのか、ちょっと聞いてみたくはあるよね。なかなか愉快そうだ。


 あたりはすっかり暗くなり、村民はみんな寝静まっている。そんな中、組員たちは二人一組になって、意気揚々と周辺村落へ出発していった。目的地が遠い者は馬を駆ってでも行き、なるべく多くの村のコアを交換するつもりらしい。


「レシーナの話の通りだったなぁ。みんなが義賊に憧れてるって、けっこうガチだったんだ……うん、なんか楽しそうで良かったけど」


 夕方から雪がチラつき始めて、痛いくらいの冷たい風が肌を撫でる。


 さてと、今のうちに在庫を作らないと。

 僕は亜空間のクラフト部屋にやって来ると、レシピ棚から浄化結界コアのものを選び取る。それをクラフト錬金炉にセット。前面の素材投入口に魔鋼インゴットを入れれば、あとは錬金術式回路に魔力を流すだけで新品の浄化結界コアが積み上がっていくわけだ。

 魔鋼は錬金炉を使わないと加工が難しいし、浄化結界コアはそれが知恵の輪みたいに絡み合ってる。これを作れるのは錬金術師だけだろうなぁ。


「さてと。これだけ作ればいいか」


 木箱に詰めた浄化結界コアを持って亜空間から外に出る。


 なんだか少し疲れたなぁ。あまり根を詰めすぎると思考がネガティブになりがちだから、こういう時は無理せずしっかり休むのがいい。

 疲労の残った状態で物事を深く考えるのは良くない。というのは、前世でも今世でも痛感しているからね。今日のところは、甘いものでも食べて風呂にゆっくり浸かって、早めに寝るのがいいだろう。こういう日もあるよ。


 僕がそうやって、亜空間に戻ろうとした時であった。


「クロウ。話をしたいのだけれど」


 レシーナはそう言って、僕の手をギュッと掴んできた。どうしたんだろう、なんだか思い詰めたような表情をしてるけど。


「少し……私の魔法について、話を聞いてほしいの」

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