08 何ごとも経験だよね

 魔物や魔族というのは、普通の動植物や人間とは全く異なる存在である。


 色々と違いはあるけど、その中でも最も大きなものは、魔素と瘴気に対する身体の反応だろうか。

 人間や動植物は魔素から魔力を作り、魔法・魔術を使った残滓として瘴気を生み出す。一方の魔物や魔族は、瘴気から栄養分を絞り出し、その残りカスとして体内に魔石――魔素を多量に含んだ結晶体を蓄積するのだ。取り込むモノと不要なモノが真逆で、裏表みたいな関係と言ってもいいかな。


 繁殖形態は魔物の種類によって様々だ。

 例えば小鬼ゴブリンは水卵生の魔物であり、繁殖行動後にメスが汚水の中に卵を産み落とす。すると一日ほどで、小鬼はオタマジャクシから成体に育ち、徒党を組んで人間を襲うのである。


 魔物の中でも小鬼なんかは特に、全く益のない害虫のような扱いをされているんだけど。


「ふふふ。そんな小鬼を、この村では食用にしているのね。興味深いわ」

「は、はい。ですが、わざわざお嬢様にお出しするほど美味なものではありません……貧しい村でどうにか腹を満たすため、我々の先祖が考えた苦肉の策なのです」

「それはぜひ、詳しく聞かせて」


 冬季巡業のためやってきた村落。

 組員たちが冬越えの物資を馬車から下ろす傍らで、レシーナは高齢の村民女性を捕まえて何やら話をしていた。確かに僕も気になってたんだよね……村民が大勢で小鬼の皮を剥ぎ取っていたから、何ごとかと思って。


「小鬼の肉はそのまま食べると腹を下しますが――」


 そうして、女性は調理手順を事細かに説明し始める。

 まず始めに、どうやっても食用に向かない外皮を剥ぎ取る。そして、残ったものを解体して肉、骨、腸を選り分ける。肉は細かく切り分けて、更にすり潰して天日干しにする。骨はよく焼いて砕いたものを水に溶かす。そして、挽き肉、骨水、塩、ニンニクなどをよく練り込んで、腸に詰めた後で燻製にするのである。


「――そうしてできるのが、この小鬼ソーセージなのです」

「なるほど。一つ頂いても?」

「は、はい。ですが本当に味の方は……」


 レシーナはけっこう色々なものに興味を持ってチャレンジしていく性格だからね。そしてもちろん、彼女が何かを口に入れるとなると、毒見役である僕の出番が自動的にやってくるのである。やったね。

 組員が気を利かせてテーブルの準備をしてくれたので、僕とレシーナはそろって椅子に腰掛ける。


 デンと置かれた小鬼ソーセージは子どもの腕くらいの太さがあったので、村民の男が一人、ナイフを持ってきて薄くスライスしてくれた。彼はレシーナの魔力を浴びてガタガタと震えていたけど、どうにか最後までやり遂げてくれたよ。頑張ったね、ありがとう。


 僕は皿にのった薄切りソーセージを一口……食べるフリをして、それを亜空間に隔離する。いつもの通りだ。

 成分分析の魔道具にかけると、ひとまず毒は含まれないことが分かった。なので意を決して、亜空間から口に転送し、ゆっくり噛みしめる。なるほど。


 これはあれだ。表現するなら、とても臭いカマボコ、という感じである。食感はプリプリしてて嫌いじゃないんだけどね。この生ゴミと吐瀉物の混じったような味はちょっと、積極的に食べたい感じではないなぁ。一枚でお腹いっぱいだ。


「クロウ?」

「うん。毒ではないから、レシーナも食べて大丈夫だよ。まぁ、僕の感想が先入観を与えるといけないから味については黙ってることにするけど……人生って何ごとも経験だよね」

「そういう感じなのね。では早速」


 レシーナは意気揚々と小鬼ソーセージを口に含み、しばらくモグモグと口を動かした後で、ゴクリと飲み込んだ。特に吐き出したりすることもなく、むしろちょっと楽しそうな顔をしてるけど……これは意外と気に入ったのか?


「……とても良い人生経験だったわ」

「分かる。じゃあ、残ったソーセージは組員たちの人生経験になってもらおうか」

「そうしましょう」


 そんな感じでこの日、レシーナを筆頭とするサイネリア組一行はみんなで人生経験を積んだ。そして理解したのだ。頑張って食べられるよう工夫したところで、小鬼は臭い。ちなみに、ペンネちゃんも涙目になって震えていたけど、どうにか吐き出さずに飲み込んでたよ。えらいね。

 なお、それでも余ってしまった小鬼ソーセージは僕の亜空間に大事にしまわれることになった。なにせ村落の知恵の詰まった貴重な食料だからね、これを無駄にするなんてとんでもない。どう処理しようかなぁ。


 都市を離れて思ったのは、人が生きていくというのはかなり大変なのだということだ。季節の影響は想像よりもずっと大きくて、食べ物はその時々で手に入るものを工夫してやりくりするしかない。その上、苦労して育てた農産物も四割は税として貴族に持っていかれるのだ。

 家畜の命を惜しむような精神性では冬を越えることもできず、家具も衣服も手作りしながら、時には魔物まで食べる。ヤクザだろうが何だろうが、利用できるものは何でも利用して生きていく逞しさがここでは必要なのである。


「こういう環境で、一人のんびりスローライフを送りたいと思ってたんだけど……人生ってままならないよなぁ」


 組員たちが冬越えの物資を荷下ろししている間に、僕は一人で村の中心にある噴水のところまでやってきていた。

 実はこの村に来た時から、ちょっと気になっていたんだけど……やっぱりそうだったか。嫌な予感が的中してしまった。


「浄化結界のコアがボロボロだなぁ……特に誰かに壊された形跡はない。腐食が酷いから、単純な老朽化かな。これは面倒なことになった」


 浄化結界とは、人間が集落を作るために非常に重要なものだ。

 そもそも魔物というのは瘴気を取り込んで生きているから、基本的に瘴気濃度の低い場所を避ける傾向がある。そのため、大きな都市から小さな村落に至るまで、人の暮らしている場所には浄化結界と呼ばれる噴水型魔道具が設置されていて、瘴気避けを行っているんだけど。


 この浄化結界のコアになるパーツは、残念なことに消耗品なんだよね。


 僕がこの村に来て最初に感じたのは、他よりも村内の瘴気が濃いなということだった。怪しいと思って設備を見てみると、案の定と言うべきか、この村の浄化結界コアはボロボロになってしまっていた。機能しているのが不思議なくらいだ。

 しかも、これの設置やメンテナンスは、精霊神殿という宗教団体が一手に担っている。ようは宗教利権がガッツリ絡む話になるので、神官でもない者が勝手に修理を行うと、面倒な人たちに目をつけられてしまうのである。困ったなぁ。


 うーん……ひとまずレシーナに相談する案件だろうな。知ってしまったら、このまま放ってはおけないし。


  ◆   ◆   ◆


 日もすっかり落ちた頃、僕はレシーナと一緒に村長宅を訪れて密談を行っていた。議題はもちろん、壊れかけの浄化結界コアをどうするか、である。


「ねぇクロウ。そもそもの話だけど、貴方には浄化結界を修理する知識や技術があるということ?」


 レシーナはちょっと驚いたような顔をしているけど、錬金術師ならそんなに難しいことじゃないと思う。

 そもそも、僕の目標は辺境スローライフだからね。拠点でのんびりしている時に、魔物の邪魔が入るのはあんまり嬉しくない。クラフトゲームにおいて拠点の安全確保は基本中の基本だしさ。


 勉強するのもわりと簡単だった記憶がある。なにせ参考になる浄化結界は、都市のあちこち設置してあるのだ。それを自分なりに解析して、同じものを作れるようになれば良いだけの話だ。


「あれの機能は全て把握してるよ。言ってしまえばただの魔道具だから……コアがやってるのは基本的に陽光と流水から微弱な魔力を吸収して、周辺から瘴気を遠ざけているだけなんだ。あぁ、浄化って名前は適切ではないかな。瘴気自体を綺麗にしているわけじゃなくて、本当にその場から遠ざけてるだけだからさ」

「あのね、クロウ。浄化結界は……高名な錬金術師でも仕組みの解明に失敗したから、神の奇跡って呼ばれているのだけれど。複雑に絡み合った術式回路も今の技術では再現不可能だから、神殿の特殊な設備でしか交換品は製造できないとされているし」

「それはその錬金術師がポンコツだったか、面と向かって神殿と争うのを避けた結果じゃないかな。宗教家を敵に回すと厄介なんだよね……あいつら、自分が信じたい理屈しか信じないから」


 もちろん、宗教の全てを否定したいわけじゃないけどね。ただ、前世で実母に撲殺された要因の一つが、カルト宗教だったからさぁ……個人的にはどうも、そういうのとは距離を置きたいって思っちゃうんだよ。ちょっとしたトラウマみたいなもんかな。


「最後の発言は聞かなかったことにするけれど……とにかく、クロウは浄化結界の修復が可能である。そう思っていいのね?」

「修復というか、自作のコアがいくつか手元にあるから新品と交換になるかな。現物を出そうか?」

「少し考えさせて」


 レシーナは珍しく頭を抱え、老村長は目を丸くして固まっているけど……いや、そこはそんな驚くところじゃないと思う。一般的な錬金術師なら、その気になれば誰でも作れると思うよ。たぶん。確かめたことはないけど。


「レシーナお嬢様。この方はいったい……」

「クロウは私の婚約者で、次期若頭候補の最有力なのよ。複雑に組み合わされた魔法毒すら治療できるほど凄腕の錬金術師。組長と事務局長が揃って後ろ盾になるほど有能なんだけど、残念ながら本人にまったく自覚がないの」

「な、なるほど。次期若頭候補……」


 待って待って。願望込みの嘘八百を並べないでくれないかな。特に婚約者とかそのあたり。びっくりだよ。反論ポイントがあまりに多すぎて、僕はもうどっからどう切り返せばいいか分かんなくなってるから。とりあえず、老村長を使って外堀を埋めようとするのは良くないと思うよ。


「そうね……クロウ。ひとつ確認させて。通常なら浄化結界を更新する時は、神官が丸一日かけて儀式を行ったりするのだけれど、もしかしてそれも全部不要なのかしら」

「もちろん。かかる手間なんて、盗難防止の警報を最初に解除するのと、交換後の初回起動時に多少の魔力を使うくらいのものだし。時間にしたらほんの数秒で終わる。何かのトラブルで手間取っても、かかって数分ってところじゃないかな……逆に、丸一日かけて神官は何をやってるのか知りたいくらいだけど」


 僕が首を傾げると、レシーナはいつものようにニヤリと口元を歪めた。


「それなら、結論は一つね」


 ほう。さすがレシーナ、判断が早い。


「こっそり交換して、知らん顔しておきましょう。村長も今の会話は聞かなかったことにしなさい」


 うん。目的のためなら違法行為もまったく辞さないあたり、レシーナは本当にヤクザなんだなぁと思うよ。まぁ、僕もどちらかと言えばそっちの人間だけどさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る