第二章 巡業にいこう

06 お控えなすって

――この世界は、魔力至上主義である。


 あえて言葉にするなら、そう表現するのが妥当かなと思う。魔力の強さというのは、貴族にとってもヤクザにとっても非常に重要なものだ。というのも、権力者が一般庶民を支配する理由付けとして「凶悪な魔物・魔族から人類を守護している」という要素は非常に大きいからだ。

 幼い頃に刷り込まれる神話でも、魔王を倒して大陸を人間の手に取り戻した勇者や英雄たちなんて、魔力等級で言えばみんな特級ばかりで……あ、うん。そうなんだよ。神話のストーリーがすごくゲームっぽいんだよね。あと脳筋っぽい。


 前世の歴史を考えれば、魔力なんてなくても人は人を支配するんだろうと思う。ただ、この世界では魔力が貧弱な者に権力を持たせるという発想が生まれにくいのも、一つの事実だ。


「あーしは認めないかんな。お嬢の婿になるのは、魔力つよつよのイケメン貴族って相場が決まってんだ。お前みたいなどこをどう切り取っても平凡としか表現できないド庶民が、クソ生意気にしゃしゃってんじゃねえ!」


 そう言って桃色ツインテールを振り乱して怒り狂っている少女は、事務局長であるセルゲさんの孫娘。ペンネちゃん十歳。

 パンクファッションっていうのかな。革のジャケットと首輪みたいなチョーカー、チェックの短いスカートに、長いブーツを合わせている。そして右手には手斧を持っていて――うん。その手斧もファッションの一環だよね。きっとそう。


 人手不足の本部には、次期若頭候補となった僕のサポートをする人員の余裕がない。その上、組長とレシーナの皿に複合魔法毒を盛った黒幕もまだ分かっていないから、信用できる人は限られているのだ。

 そんなわけで、諸々の状況を踏まえて、セルゲさんは支部で働いている孫娘を呼び寄せることにしたんだとか。


 事前情報では、気立てが良くて優しい子だ、という話だったんだけど。


「あのー、ペンネちゃん?」

「略すな! あーしの名前はペンネローティシア・バンクシアだっつってんだろ! 頭蓋骨かち割ってやろうか!」

「落ち着いて、まずはその手斧を下ろそうか。そう、いい子だ。とりあえず……いくつか誤解があるみたいだから、先に解いておきたいなと思って。そこの椅子に座ってくれる? 紅茶を淹れるよ」


 僕の言葉に、ペンネちゃんは手斧を腰のホルダーに丁寧にしまって、大人しく椅子に腰掛ける。


 あ、いい子だ。

 少なくとも、この屋敷に来てから会話をした中で一番話を聞いてくれそう。


 さて、紅茶の準備をしよう。美味しい紅茶の淹れ方を世話係の強面お兄さんがオラオラと教えてくれたから、最近ちょっとだけ腕前が向上したんだよね。最終的にはそういうコツなんかも含めて魔道具化して楽ちんにしたいとは思ってるけど。

 そうして僕が紅茶を差し出すまで、ペンネちゃんは椅子にちょこんと座って大人しく待っていた。カップを受け取ってミルクを混ぜる手つきも全体的に静かで、飲み方もとても丁寧だ。やっぱりいい子なんじゃないだろうか。そう思いながら、僕は彼女にゆっくりと語り始める。


「まずね、レシーナの婿というのが誤解なんだ」

「そうなのか?」

「あぁ。彼女のことは大切な友達だと思ってる。でも、別に将来を約束した仲じゃないんだ。もちろん男女の関係なんかじゃないし、立場が釣り合わないっていうのは僕が一番思ってる。マジで」


 僕がそう語ると、彼女はコクリと頷く。

 なんて素直ないい子なんだ。


 いやぁ、最近ちょっと気持ちが殺伐としてたんだよね。なんでヤクザって、揃いも揃って誰一人として僕の話を聞いてくれないんだろうって。


 組長から直々に「次期若頭候補に推薦する」と宣言されてからも、僕の立場はレシーナの世話係のままだった。給料もレシーナの財布から出てるし、親子や兄弟の盃を交わしてもいない。表立っては何も変わらないはずだったんだ。なのにね。

 あれからセルゲさんの僕に対する接し方がちょっと丁寧になったり、僕が通りがかると緊張でカチコチになる組員がいたり、逆に値踏みするような視線を浴びることもあったりして。


 意外と聞き上手なペンネちゃんにこれまでのことを愚痴りながら、僕は大皿に山盛りのクッキーをのせて彼女に献上した。ありがとね、話聞いてくれて。


「僕は辺境に行きたいんだ……スローライフが夢でさ。それなのに、どうしてこうなったんだろう」

「そうかぁ。お前も苦労してんだな」

「そりゃあ、僕はレシーナの魔力にビビることはないけどさ。ただそれだけの平凡な男であって……まぁ、多少は錬金術の心得があるから、レシーナと組長を立て続けに治療したよ。それも上手くいっちゃったよ。だからといって……僕は平穏無事な辺境スローライフを送りたいだけなのに。どうしてヤクザの跡目争いに参加する話になるんだ。まったく意味が分からないよ」


 僕は彼女のカップに紅茶のおかわりを注ぎながら、心の中の淀みをここぞとばかりに吐き出しまくる。いやぁ、初対面で手斧を構えられた時はどうなるかと思ったけど……ペンネちゃん、めっちゃいい子じゃん。


「分かったぞ、クロウ。あーしに任せろ」

「おぉ、まさか」

「あぁ。お嬢にも爺にもガツンと言ってやるからな。あーしらは社会のはみ出し者だが、だからこそ、お前みたいなクソ平凡で弱っちいカタギの人間を巻き込んじゃならねえ。それが鉄則なんだよ」


 ペンネちゃんは意気揚々と立ち上がる。

 頼もしいなぁ……まぁちょっと、魔力面で言えばレシーナにもセルゲさんにも勝てる感じではないけれども。魔力等級は中級くらいだもんね。でもさ、僕の話を聞いて実際に動いてくれるってだけで、すごく嬉しいんだよ。ありがとう。


「あーしは行ってくる……茶、美味かったぜ」

「ペンネちゃん」


 まるで死地に向かう兵士のように、ペンネちゃんは僕に背を向けて片手を上げる。身に纏う魔力からは十分な気合いが感じ取れて……あぁ、なんていい子なんだろうと胸が熱くなった。感動した。


――そして、ずーんと沈んだ顔のペンネちゃんが帰ってきたのは、それから数分後のことだった。


「お控えなすって。手前、サイネリア組事務局長セルゲエドラール・バンクシアが孫娘ペンネローティシア・バンクシアと申します。次期若頭候補クロウ・アマリリスさんのサポートのため参上しました。以後、よろしくおたの申します」

「あ、うん……他に人がいない時はさっきの話し方でいいからね、ペンネちゃん。まだ紅茶とクッキーあるよ」


 その後、ずいぶん口数の少なくなったペンネちゃんに自作の焼き菓子で餌付けをしていたら、ちょっとだけ仲良くなれた。あと、どうやら干し柿が好きらしいから、今度いっぱい作っておこう。いい子だなぁ。


 そんな風にして大混乱の秋が過ぎ去り、季節は冬になろうとしていた。


  ◆   ◆   ◆


 毒を仕込んだ黒幕こそ見つかっていないけど、組長はすっかり元気を取り戻したので、最近の僕は日中もレシーナの手伝いをしている。

 ちなみに僕のイメージしていたヤクザは、毎日恐喝とか強盗とかをして血まみれの金を集めているヤバい集団って感じだったんだけど……レシーナの後ろにくっついて色々な場所を巡るうちに、最近はそんな浅い考えも少しずつ変わっていた。


 レシーナはキリッとした顔で場を威圧する。


「――さて。此度の争いの原因と、これまでの経緯が明らかになった。ここから先の約定も交わした。双方、この内容で異論はないな?」


 今日訪れたのは、二つの商会の利権争いを解決するための会合である。


 サイネリア組の本拠地があるこのフルーメン市は、アズカイ帝国西部で最も栄えている大都市だ。人口は約五十万。この周辺地域がまだ王国だった時代は、王都としても栄えていた場所らしい。そびえ立つ巨大な城は、今はセントポーリア侯爵の領城として使われている。

 街道や河川が複数交わる場所のため、この都市は昔から商人の出入りが非常に多い。そしてその揉め事を仲裁するのは、サイネリア組にとって大切な仕事の一つであった。


「では、盃の準備を」

「へい」


 レシーナの指示で、組員たちが「なかよしセット」をそそくさと持ってくる。いや、なかよしセットというのは僕が心の中で勝手に呼んでるだけなんだけど、なんか和解の時にはいつもコレを持ってくるからね。みんなで手分けしてお膳の上に盃を置き、酒を注ぐのだ。すごく良いチームワークなんだよ。


 今回和解するのは、片や木製品を主に取り扱う大きな商会で、片や玩具を取り扱う小さな商会。彼らは「木彫りの玩具」をどちらが販売するかで大揉めし、あわや流血沙汰という事態にまで至っていたのである。

 ここで、都市を運営する貴族に頼るという方法もなくはないけど……その場合、長期化したり大ごとになったりしやすい。酷い場合だと「どれだけ金貨を積めるか」だけで裁定が下ることもあるので、誰に仲裁を頼むかはよく考える必要があるのだ。


 今回の件も当初は下っ端の組員が受け持っていた案件だったが、どうしても収拾がつかなくてレシーナのもとに持ち込まれたようだ。


「――では、手打ちの盃を交わせ」


 十歳の少女に威圧されるまま、双方の商会長が盃を互いに掲げ、グイッと飲み干し、ぎこちない笑顔を浮かべる。なんて酷いパワハラだろう。

 前の世界だったら、なかなか見られない光景だろうなぁ。ただ、強権をもって揉め事を決着させようと思ったら、たしかにレシーナくらいの魔力の強さは必要になるのかもね。


 そのままの流れで宴会が始まれば、ヤクザの出番は終わり。あとは当事者同士に任せることになるが、きっと和やかに酒を飲んで終わることだろう。なにせ、仲裁者であるレシーナの顔を潰せば、恐ろしい未来が待ってるからね。


「……レシーナ。ちょっと行ってくるよ」

「えぇ、任せたわ」


 僕がこそこそとやってきたのは、木製品を取り扱っているリグナム商会の幹部のもとである。この商会は帝国西部を流れる河川を利用して大量の木材を各地に運んでいる、フルーメン市でも指折りの大商会であった。

 しかし今回の係争となった「木彫りの玩具」は、今後は玩具として取り扱うことが決まってしまったので、負けてしまった彼らは内心かなり悔しい思いをしているだろう。僕がするのはそのフォローだ。


「お疲れ様。どうぞ、貴方も一杯」

「はっ。これはどうも」

「……今回はリグナム商会さんが涙をのんでくれたお陰で、無事に和解まで漕ぎ着けることができたよ。レシーナも心を痛めてたから」


 建前である。

 レシーナは「木彫りの玩具はどう考えても玩具でしょ」と一瞬たりとも悩むことなく結論を決めたので、彼らの敗北は既定路線だった。まぁ、彼らがメインで取り扱っているのは木製家具や川舟になるわけで、玩具の利権にまで手を伸ばすのは普通に無理筋だろう。


 ただそれはそれとして、大きな商会がサイネリア組に対してネガティブなイメージを持つのは損しかないと思ったので、僕はレシーナに一つの提案をしたのである。


「今回、貧乏くじを引かせてしまったリグナム商会さんに……埋め合わせと言ってはなんだけど、仕事の依頼をしようと思ってね」

「ほう。仕事ですか」

「利幅の大きな仕事だよ。もちろん強制ではないけど。うちでもリグナム商会さんばかりが割を食うのは違うだろうという話になっていたから……まぁ、今日は宴会だから、詳しくは後日屋敷に来てほしい。この書状を渡せば、担当者が出てくる手はずになってるから」


 そう言って、僕は事前に用意していた書状をひっそりと手渡した。

 ちょうど木材関係で必要な仕事があったからね、どうせなら恩に着せるような形で依頼しようと思ったのである。もちろん、彼らが得をしたと感じる程度の追加料金を上乗せするつもりだけど。


 あぁ、きっと社会はこうやって利権にまみれていくんだろう。あんまり知りたい世界じゃなかったなぁ。


 ちなみに今回のやり方を事前に相談した時には、セルゲさんからお褒めの言葉をもらった。というのも、どうもレシーナのように魔力の強い人間は、多少強引でも自分の意見を押し通す傾向があるらしいのだ。うん、よく知ってる。

 こんな風に関係者の感情に配慮した一手を打てるのは大切だと言ってたけど。でもなぁ。セルゲさんは最近、僕のことを過大評価しがちだから。褒められてもあんまり喜べないんだよね……とりあえず、ペンネちゃんを引き抜いてきた功績は認めるけどさぁ。


 宴会の場を後にした僕らは、屋敷に向かう馬車に乗ってようやく一息つく。


「クロウ、今日の仕事はこれで全てよね?」

「そうだよ。疲れたね……後で紅茶を淹れるよ」

「ふふふ。お願いするわ。あ、そうそう――」


 レシーナはふと、鋭い目をほんのり楽しそうに緩めて、ニヤリと口角を上げた。


「毎年この時期になると、辺境に行く予定があるのだけれど……辺境が大好きなクロウは、もちろんついて来るでしょう?」

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