04 恋人みたいね
クラフトテーブルを使えば理論的にはだいたい何でも作れるわけだけど、場合によっては魔力消費が膨大になるから、他の錬金装置を使うのが適切な場合もある。
例えば、鍛冶専門の錬金術師のように、何かを熱してドロドロに融かしてから固めるといった工程を踏む場合には「錬金炉」という装置がよく使われる。けっこう魔力を食うけど、お手軽に素材を加熱できるから便利なんだよね。だから僕も、それにちょっとだけ手を加えてクラフト装置化している。
「てってれー、クラフト錬金炉」
まぁ、錬金炉とクラフトテーブルを組み合わせただけって感じだけどね。
この炉は一辺一メートルのキューブ状になっており、前面にはレシピカートリッジの穴と素材投入口がある。
使い方は簡単だ。まずは作成したいものに応じてレシピカートリッジを挿入する。次に前面の投入口に素材を入れる。で、魔力を流すだけ。すると熱してドロドロに溶けた素材の中から、レシピに沿って必要な成分がピックアップされ、設計通りのものが組み上げられるわけである。簡単だよね。
今回は
そう……水晶瓶が出来上がるんだよね。
いやぁ、最初は一般の錬金術師のようにガラス瓶を作ろうと思ってたんだよ。それで、岩石の中からガラスの成分を取り出して瓶に成形するレシピで実験をしてたら、なんか綺麗に結晶化して水晶になっちゃって……むしろ結晶構造をランダムに崩してガラスにする方が術式回路が複雑になっちゃうので、とりあえず「なんか頑丈になったからヨシ!」と軽率に判断したわけである。大丈夫大丈夫。
さてと。瓶を用意できれば次は中身だ。
「てってれー、クラフト錬金釜」
医薬専門の錬金術師は錬金薬を作成する時によく大釜を使用するけど、そこまで大量の薬を作らない僕は比較的小ぶりな釜を使っている。といっても、その機能はけっこう便利に作り込んでるけどね。
このクラフト錬金釜は、魔力を流すだけで加熱、冷却、撹拌、加圧みたいなことを勝手にやってくれるのだ。一般の錬金術師はこういうのを全部手作業で行うみたいだから、わりと便利になったんじゃないかぁと思う。
さて、これも使い方は簡単。クラフトテーブルの真ん中に、蒸留水を入れたクラフト錬金釜を配置する。そして作りたい錬金水薬のレシピをクラフトテーブルに挿入。すると、錬金術式回路が浮かび上がるので、錬金釜の周辺に素材を配置して、魔力を流す。やることはそれだけだ。
素材からは必要な成分が抜かれて錬金釜に投入されていき、レシピ通りに加熱や撹拌などが自動で行われ、最終的に錬金水薬が完成する……というわけである。もちろん、水薬以外の錠剤、軟膏みたいな錬金薬も似たような感じで作れるよ。
このやり方なら、錬金術師の悩みの種である不純物の除去もあまり気にしなくて良くなるし、出来上がりの品質も一定に保てる。もちろん、素材の段階ですり潰しておく必要のあるものや、複数段階に分けて作成する錬金薬なんかもあるわけだけど……めちゃくちゃクラフトゲームっぽくなったと思う。よしよし。
クラフト錬金炉、クラフト錬金釜。このあたりは辺境スローライフを送るための重要な装置になるから、かなりこだわって作ったんだよね。他にもいろいろと装置や道具を作っている。自分のために作ってきたものが、こうして人の役に立つのは、なんかちょっと嬉しいよね。
「それにしても、複合魔法毒はけっこう殺意が高いよね……解毒の順番を間違えると一気にあの世行きだからなぁ。気を抜けなくて困るよ」
ボヤきながら、錬金水薬を水晶瓶に詰めていく。
ちなみに魔法毒とは、動植物などが種族固有の魔法によって生み出す毒だ。蛇だったり蜘蛛だったり、なかなか強烈な毒を作るんだよね。
それで、これを複数組み合わせるとさらに厄介なものになる。具体的には、とある解毒薬が別の魔法毒に意図しない効果を加え、内臓に纏わりつく魔力がさらに強烈になったり……なんてことになってしまうのである。凶悪だなぁ。
とはいえ、僕は一度レシーナの治療を成功させてるからね。慎重にやる必要はあるけど、今のところ大きな問題はなさそうかなと思う。
◆ ◆ ◆
組長の治療が始まってから二ヶ月ほど。
サイネリア組本部での生活にもすっかり慣れてきた僕は、現在とても微妙な立場に置かれていた。
「クロウさん、おはようございます……チッ」
うん、あからさまな舌打ちだね。
ちなみに今のは世話係のヒャダル君。本名はヒャダルなんとかかんとか・バンクシアという長い名前なんだけど、みんな呼ぶのが面倒でヒャダル君と呼んでいる。事務局長セルゲさんの孫というのもあって、普段はけっこう威張ってるんだけどね。ただ、僕に対して威張り散らすと漏れなくレシーナから強烈な魔力を向けられるから、現在かなり鬱憤が溜まっているらしい。頑張ってね。
まぁ、みんなの気持ちも理解はできるけどね。僕はちゃんと
あと、寝室を共にしてると言っても、寝るときは亜空間に引きこもるからレシーナと同衾とかは一切してないよ。ホントだよ。なんかレシーナは既成事実を作ろうと企んでるみたいだけど、僕は負けないからね。
さて、いつものようにレシーナを起こし、変なことを口走る彼女の脳天にチョップを食らわせると、朝の準備を進める。
「ねぇクロウ。お爺様の治療はどう?」
「うん、順調かな。レシーナを治療した時の知識がずいぶん役立ってるよ。使われた魔法毒も同種のものだったからすぐに特定できて、解毒も済んだ。ここからは弱ってしまった内臓機能を少しずつ回復させていく段階で――」
ちなみに、僕が組長の治療をしていることは組内でも限られた者しか知らない。
つまり他の世話係が日中に忙しく働いている中、僕は傍からろくに仕事もしていない穀潰しに見えているのである。そりゃあ舌打ちも飛んでくるだろう。悲しいね。
「――という感じかな。組長の身体は本当に人間かってくらい頑丈だから、とにかく魔臓さえ元気になれば、あとは他の臓器も魔力のゴリ押しでどうにかなると思う」
「……やっぱりクロウにお願いして正解ね。仮に筆頭錬金術師が裏切ってなかったとしても、同じような治療ができたとは思えないもの」
それはちょっと過大評価だと思うけどね。組長は魔力が強いから、その回復力に頼ってる部分も大きいわけだし。
「クロウの給料も上げたほうがいいかしら」
「……今でも貰いすぎだけど」
「ふふふ。クロウは謙虚すぎるわ」
いやいや。だって月に大銀貨二枚は多すぎると思うんだよね。
銀貨に換算して二十枚分……一般庶民のパパさんの標準的な月給が銀貨六枚とかなんだから、その三倍くらいは貰ってることになる。大した仕事もしてないのにさ。
ちなみにレシーナは、組から毎月金貨一枚が支給されている。僕の立場はレシーナが個人的に雇っている(強制)というものなので、給料は彼女の財布から支払われているようだ。
金貨一枚は大銀貨十枚分だから、僕は彼女の収入の二割をもらっていることになる。家事をしてお小遣いを貰うのって、すごくヒモっぽいよね。
そんな話をいろいろとしていると、他の世話係たちが居室に入ってきたので会話を中断する。
僕の仕事には毒見役も含まれている。だから、レシーナの前に並ぶ料理は全て一口ずつ毒見して――と言っても、口に含むフリをして亜空間に収納し、魔道具でこっそり成分分析してるんだけど――問題なければレシーナに差し出すのだ。
一般には危険で忌避される仕事だけど、僕にとっては安全に美味しいものを食べられる楽しい時間である。他の世話係からは、信じられないモノを見るような視線を浴びるけどね。
「同じお皿をシェアするのって、恋人みたいね」
「ものは言いようだなぁ。彼氏に毒見をさせる彼女って、なかなかの鬼畜だと思うよ」
「そう? 愛を感じられていいと思うけれど」
そんなくだらない話をしながら、僕は亜空間にぷかぷか浮いているスープを解析する。
なるほどなぁ。前の世界でもトリカブトって猛毒だったけど、こっちの世界だと魔法毒を生成するんだよね。まぁでも、仕掛け方が雑だ。レシーナほど魔力が強い子なら「ちょっとピリッとするわね」程度で一瞬で解毒されるだろうし、工夫が全然足りないと思う。
「うーん。確かに……毒見役としてこういうのを口にするって考えたら、何かしらの愛がないとできない仕事かもね」
「クロウ?」
「このスープ、毒が入ってるよ。わりと強めの毒草が使われてる。セルゲさんを呼んでもらえるかな。この皿だけだったらいいけど、鍋ごと盛られてたら大変だ。他の人が倒れる前に周知しないと」
僕がそう告げると、レシーナは一瞬固まった後で、ずいぶん慌てた様子で呼び鈴を鳴らした。普段の彼女はお嬢様らしく堂々とした立ち振る舞いをしてるんだけど、今はそんな余裕もないらしい。険しい表情のまま、何やら動揺したように僕の体に縋りついてくる。なんで?
「クロウ! クロウ!」
「え、何?」
「……絶対に、許さないわ」
「ん? んんん?」
いやあの、落ち着いて。見ての通り僕は全く問題ないから。そんな涙目になってガッシリ身体を掴まなくても、僕はどこにも行かないよ。大丈夫。落ち着きたまえ。
「私のクロウに毒を盛るとは、いい度胸ね。たっぷり苦しめた上で、
レシーナはそう言うと、煮えたぎるような殺意を練り込んで、めちゃくちゃ物騒な魔力をあたりに放出し始めた。周囲でドサドサと世話係たちが倒れるけど。あの……とりあえず一回落ち着かない?
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