03 特別なことはしてないよ
初めて目にした組長は、血の気の失せた顔でベッドに横たわり、それでもなお意思の強そうな瞳で僕を射抜くように見ていた。
「……お前が噂のクロウか」
そして突然、僕に向けて強い魔力を叩きつけてくる。
かと思うと……数秒と経たず、ゴホゴホと咳き込むようにして魔力を霧散させた。まったくもう、病人が無茶するから。
「大丈夫? 安静にしてた方がいいと思うけど」
「あぁ……どうやらレシーナが世話になってみてえだな。祖父として礼を言う。この通りだ」
「あぁもう、そういうの良いから寝てなって。その様子だと、だいぶ身体が辛そうだし」
組長のゴライオス・ドン・サイネリアはレシーナの祖父であり、燃えるような赤髪と赤い瞳を持っている。基本的に権力者の魔法は強固に秘匿されていることが多いんだけど、この人の魔法については平民向けの絵本になるほど有名だった。
火炎魔法。
彼は〈サイネリアの炎〉と異名が付くほどの強烈な炎を操って、隣国の軍隊を一度に数百人という単位で消し炭にしたらしい。能力を秘匿するよりも積極的に宣伝した方が利がある珍しいタイプの人なんだよ。すごいよね。
今だってその身に纏う魔力はレシーナと同じくらい強いけど、これでも毒で弱っているという話なのだから驚きである。
「しかしまぁ。俺の魔力にも全く怯まねえとはな。一見すると最底辺の平民くらいの魔力しか感じられねえが……それはありえねえな。この魔力の感触だと、魔力等級にしたら特級はあるだろう」
「うん。そのくらいはあると思う。神殿で正式に調べたりはしてないけど」
魔力等級とは、魔力の質や量を総合判断してランク分けをする概念だ。
貧弱な方からざっくり、下級、中級、上級、特級の四段階で区別されるんだけど……まぁ、日常生活を送るだけだったら意識する場面なんてほとんどない。まぁ、ヤクザみたいに荒事が多い人たちはけっこう気にするらしいんだけど。
貴族の血を色濃く継いでいると特級になることが多くて、そこから血が薄まるごとに等級は下がっていき、大抵の一般人は下級である。中級ですら庶民の中では天才扱いだからね。
で、僕は転生した当初こそ下級の中でも最底辺だったけど、そこから辺境スローライフのためにひたすら鍛錬を続けて、今では特級と呼べるくらいの魔力等級を手に入れていた。かなり苦労はしたけど。
「特級ってことは……お前、どこかの貴族の庶子だったりすんのか。両親はどんな奴だ」
「いや、単純に鍛えまくっただけだよ。両親は普通のパン屋だし、両方下級かな」
「そうか……まぁ、血筋についてあんまり掘り下げんのも野暮だからな。お前がそう言うなら、そうしておこう」
あ、信じてないパターンだ。別にいいけどさ。
そんなことを考えていると、組長のベッドの横にいる白衣の男が、僕のことをじっと見つめながら口を開く。
「はじめまして、クロウ。私はサイネリア組で医務頭……医務部門の取りまとめを行っている者だ。名をメディス・サイネリアという」
「うん。よろしく、メディス」
「あぁ。ちなみに私は、組長の実子……というか長男にあたる者だ。レシーナから見ると伯父ということになるかな。よろしく頼むよ」
ふーん、組長の長男か。
でも彼が若頭じゃないってことは、長男だけど後継者には指名されなかったのかぁ。パッと見は優秀そうな人なのに、なんでだろう。あんまり聞いちゃいけないことかもしれないけど。
「ふむ。その顔を見れば、君が何を考えているのか大体想像はつくけど……サイネリア組は貴族家よりも実力主義でね。長男だからって無条件で組の後継者になれるわけじゃないのさ」
「へぇ、そうなんだ」
「組織の若い衆の中から、何人もの次期若頭候補が選出されて
メディスはそう言って穏やかに微笑む。
「組の後継者に必要なのは、血筋よりも能力。つまり君も……これから有能さを存分に示せば、次期若頭を目指せる。頑張ってね、クロウ」
ほほう、なるほどね。理解はしたけど、その言い方はちょっと……僕がヤクザ組織の跡目争いにガッツリ関わる、という風に聞こえてしまうからさぁ。やめてほしいかな。辺境スローライフが遠のく一方じゃん。
「さて。これは医務頭としての純粋な疑問なんだが。組長の今の状態は、私たちの手持ちの治療技術、錬金薬の処方ではこれ以上の回復が見込めない。それなのに、同じ毒を盛られたレシーナを君は治療した。一体何をどうやったんだい」
「うーん、そう言われても。何も特別なことはしてないよ。僕はそれなりに錬金術を学んでいるから、彼女の状態にあわせて最適な
僕がそう答えると、メディスは顎に手をおいて首を傾げる。僕の感覚としては、そこそこ勉強した錬金術師ならさほど難しい治療ではないと思うんだよね。いや、他の錬金術師をあまり知らないから、たぶんなんだけどさぁ。
「ふむ……それなら、私にも治療の過程を見せてもらえないかな」
「いいよ」
「もちろん治療技術は秘匿したいと……え?」
「いいよ」
いや、僕は別に秘匿するほど高度な技術を持っているわけでもないし、見たかったら見てていいんじゃないかな。
僕なんかの素人技術から何か学ぶことがあるんなら積極的に活用してくれていいけど、普通に考えて、逆に僕がメディスに教えてもらうことの方が圧倒的に多いと思うんだよね。
とにかくこんな感じで、僕は医務頭の監修のもと、組長の治療を行っていくことになったのだった。
◆ ◆ ◆
ここには僕がクラフトゲームを再現するにあたって作ってきた、数々のクラフト装置が並んでいる。くくく、この世界の錬金術というのは、実はクラフトゲームとめちゃくちゃ相性がいいのだ。
といっても僕の錬金術はほとんど我流なんだけどね。
幼い頃、近所に住んでいたお爺ちゃん錬金術師の家事手伝いみたいなことをさせてもらい、基礎的な錬金術の手ほどきを受けたことがあってさ。その後はいろんな場所に忍び込んで関連書籍をこっそり複製し、実験を繰り返しながら自分なりに知識を深めていったわけである。
さて、そうやって用意した各種装置の中でも辺境スローライフの中心になるのが、こちら。
「てってれー、クラフトテーブル」
やっぱりクラフトゲームを再現するならこれは欠かせないよね。見た目は高さ三十センチほどのローテーブルで、上から見ると一辺一メートルの正方形になっている。
使い方は簡単だ。テーブル前面の細長い穴にレシピカートリッジを差し込むと、テーブル上面に円形の錬金術式回路が浮かび上がる。あとは、術式回路の指定位置に必要な素材を配置して、魔力を流すだけ。ざっくり機能だけで言えば3Dプリンタのファンタジー版みたいな感じだろうか。
本来の錬金術師は、錬金台の上に魔石チョークで術式回路を手書きし、同じようにモノ作りを行う。僕がやったのは、それをゲームのようにレシピ化したくらいである。
「――クロウ、いるかしら」
「あぁ、レシーナ。どうしたの?」
「ふふ。クロウの錬金術を久々に見学させてもらおうと思ったの」
あぁうん、いくらでも見てっていいけど……でも、やってる方は愉快だけど、見てる方はそんなに面白いもんじゃないと思うよ。
「実は帰ってきてから、私も興味を持って組の錬金術師の工房で作業を見せてもらったのだけれど……クロウとはまったくレベルが違ったのよね。正直びっくりしたわ」
「そりゃあ本職の錬金術師と比べられたら困るよ」
「……ふふふ」
いやぁ、所詮僕の錬金術は我流だからさぁ。
ちなみに今はレシーナの書斎に亜空間の出入り口を開いて、自由に出入り出来る状態にしている。なんだかんだ行ったり来たりすることが多いし、開けたり閉めたりも面倒だからね。それにレシーナは、療養中から僕の作業を眺めるのが好きみたいだったから、どうせ見に来るだろうなと思って。
さてと、気を取り直してレシピを見繕う。
レシピカートリッジは書籍と同じくらいのサイズ感なので、ラベルを貼って本のように棚に並べている。過去に作ったモノならば、素材さえあれば再現は容易なのだ。
「んー、組長の盛られた毒がレシーナと同じものなら……検査魔道具も基本は同じでいいかな。あとはモニタも欲しいよね。ほら、血中の魔素濃度を常に見れるやつ」
「あら。前のものはどうしたの?」
「あれはあれで手元に持って置いて、組長の部屋には別のものを一式常備しておいた方が良いかなと思ったんだよね。メディスならきっと、僕より上手く活用してくれるだろうし」
僕なりに書籍を読んで勉強はしてるけど、実践なんてレシーナの治療がほぼ初めてくらいのものだった。手探りの部分も多かったしね。メディスのような経験豊富な専門家には、色々と教えてもらって知識を深めていきたいところだ。
クラフトテーブルにレシピカートリッジを挿して、術式回路に素材を置き、魔力を流す。そうしていくつか検査用の魔道具を作っていると、レシーナかうんうんと頷いた。
「……クロウの錬金術は色々と違うのね」
「そう? まぁ、僕の目標は錬金術師になることじゃなくて、辺境スローライフを送ることだからね。本職には及ばなくても、やりたいことが我流で実現できれば十分なんだよ」
「なるほど。ふふふ、クロウらしいわ」
レシーナはそう言って楽しそうに僕の作業を眺め続ける。何がそんなに楽しいのかなぁ。まぁとりあえず……僕は自分にできる範囲のことを精一杯やっていこうと思う。
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