第21話 舞のお菓子作り教室⁉
記録会前日、私の家のキッチンでは忙しなく動く2つの影があった。
「あかりんはレモン切っててくれる?」
「うん! えーと、こんな感じ?」
「あっ、ちょっと大きいかな。もう少し小さく……」
焦っているからか、いろいろなものに手が当たってガラガラと物が落ちる。
それを拾い上げながら、ハッと時計を見て――。
「あかりん! もう5時!」
「えぇっ! どうするの?」
「どうって……まずはとにかくはちみつレモンだけ作っちゃうよ!」
「う、うん!」
午後4時から始めたはずの差し入れづくり。
でも、まだ何も完成していないんだよね……。
(と、言うのも……)
ちらり、と隣のあかりんを見る。
いまだ包丁を持つ手が震えていて、指には絆創膏がまかれている。
「あかりん、私やろうか? 時間もあれだし……」
「あ、あたし遅いよね、ごめん! で、でもあたし、一人で作ってみたいんだ……!」
って言うから、私はサポートしかできないんでよね……。
きっと晴琉先輩のためだから手作り(一人で作ったもの)を渡したいんだと思うけど……。
「……」
「ダメ、かな?」
「ううん! いや、あかりん頑張り屋だなぁって。嬉しいの。大丈夫、間に合うよ!」
うう、あかりんの上目遣いはずるい……!
そんなのううんって言えないもん!
私はガチャリと冷蔵庫の扉を開いてはちみつを取り出して台に置いておく。
その後は後ろからビンを取り出してこっちの準備はオッケー。
あとはあかりんなんだけど……。
うん、あかりんも慣れてきている。
最初は結構苦労していたけど、今はかなり上達して薄く切るのも早くできるようになってる。
やっぱり何回かやると、人って成長するんだなぁ……。
「うん、全部できたかな? じゃあ次はビンにはちみつとレモンを交互に入れて」
「へぇ、なるほど……。じゃあ入れるね!」
「あかりん、意外に早く進んでるから大丈夫! 慌てずにゆっくりね。ゼリーの方も多分間に合うから!」
「うん!」
パッと時計を見るとちょうど5時を回ったところだった。これならゼリーの方も余裕をもって作れる。
ゼリー自体、すごく簡単だし、15分あれば出来るはず……!
そうそう、急いでいるのにはちょっと理由が……。
確か今日、晴琉先輩とナギ君がスクールの方の練習がある日。
それが終わる6時くらいに、差し入れとして持っていけたらなって思っているんだけど……。
「できた!」
「ふんふん、どれどれ……おっ、いいんじゃない? あとはできるだけ時間まで冷蔵庫に入れておこうか」
「うん。でも……これって半日くらいはつけないといけないんじゃあ……」
困ったようにそう言ったあかりんに、私はふふんと笑ってみせる。
そうなんだよね。
「だから、今日ははちみつレモンとして差し入れしようかなぁって」
「おっ、なるほど!」
たぶん、あんまり漬けてなくてもドリンクとしてなら大丈夫なはず!
炭酸とかと割ればすぐ飲めるし……。
「で、あともう1つっていうのはどうするの?」
そう、実は今日、2つ差し入れするって話だったんだよね。
実際、時間はあまりないんだけど以外にも予定通り進んでるから……作る時間はありそう!
「これ、あるじゃん!」
私はじゃーん、と効果音のつきそうな勢いで、後ろに隠していたものを前に持ってきた。
「え、それって、あたしが前に作ったときのレモンの残り……⁉」
そう!
今日、あかりんが私の家に来る前に、残りのレモンを持ってきてもらうように言っておいたんだ。
「え、これ、どうするの……? まさか生で……⁉」
「まさかぁ、そんなことしないよ! 私がパパッと作るからさ、ね!」
「なに作るの?」
「それは後でのお楽しみ! だから、あかりんは明日持ってくゼリー作ってて!」
私ははいっ、とレシピを渡す。
「『ささっと簡単! キウイの夏ゼリー』……? これ、失敗しないかなぁ、あたし」
「大丈夫! もう自信もっていいよ!」
「うん、じゃあ頑張ってみる!」
よしっと気合を入れたあかりんを見て、私も腕まくりをしてレシピに目を通す。
お菓子作りの基本その1! ざっとレシピを確認っ!
【爽やかレモンのキラキラグミ】
グミってけっこう楽に作れるんだよね。時間もいらないし……。
うーんと、どれどれ……。
うん、作れそ…う…だ、な……っ!!??
「ヤバーイイイッッ、あかりん、間に合わない~っっ!!!」
レシピを何度も見るけどやっぱり無理だー‼
あかりんも私の大声を聞きつけてどれどれとレシピを見る。
「あちゃぁ、『冷やし固める、最低でも2時間から3時間』、かぁ。もーまいまいはさーお菓子作りの前にしっかり作れるか確認しないと! ぶっつけ本番は危ないって!」
「……あかりんにだけは言われたくないね」
「グッ……」
「そもそもレシピ通りやってない人には言われたくない!」
「ウグッ」
うがあ、とあかりんがダメージを受けている。
「もう、とにかくやるよ! ささ、あかりんも!」
1秒1秒待たずに進んで行く時計を見て、どうするかを考え始めた。
―――
「えーとバックもった!?」
「私はちみつレモン持ってるけど、あかりんは?」
「グミいれたよ! ええと、あとは……」
「「飲み物っ!!」」
そうだ! 忘れちゃいけない!
はちみつレモンで割るための炭酸水だ!
「炭酸水、買ってないかも!」
「えっ、じゃあ水っ⁉」
「うん、しょうがない! 氷持ってけばいいかな?」
「そうしよ!」
時間は10分ほど遅れてるけど……間に合うはず!
「よし、オッケー!」
「「急ごうっ!!」」
―――
「舞⁉ と清原が何でここに……⁉」
受付のお姉さんに「渚君いますか」って言ったら横から本人が出てきたんだからびっくりだったなぁ。
私は着替え終わったナギ君に、はいっとバックを差し出す。
「今日、ちょっと差し入れもってきたんだ!」
「差し入れ……??」
受け取ったナギ君がイートインスペースに行って一つ席を確保してくれた。
「これ、何だ?」
「えっ、それはお楽しみに決まってるじゃん。ええと、あかりんと晴琉先輩も来てから開けよ!」
なぜ今ここに二人がいないのかというと、晴琉先輩はいま絶賛記録を取っている最中。
イコール、あかりんもそれを見に行っている。
「さっき晴琉さんがやってたからそろそろ来るんじゃねえの」
「そうだね! ……」
「…………」
「…………」
うううっ、かなり気まずい!
あかりーん! 早く戻ってきてーっ!
「……そういえば」
「うん?」
ナギ君がなんか言ってくれて、私もそれに便乗。
「2年前の事故のことなんだけどさ」
「……っ⁉」
ドクン、ドクン、ドクン。
一気に心臓が早鐘を打ち始めた。
なんで今このタイミング……⁉
「あんとき言えなかったけど。ずっと言いたかった」
「……!!??」
ダメだ、顔があげられない。
ぎゅっとテーブルの下で手を握る。
「あ」
「まいまーい!! 遅れてごめんねぇ―っ!」
ハッ。
「あああああかりん、おお遅かったね!?」
「ええと、まいまい大丈夫そう?」
「舞、どうした?」
あああああっ、ナギ君は今いなくていーよっ!
「何でもないの、落ち着いて」
「落ち着いてほしいのはまいまいだね」
ああもう、何言ってるんだろ、私?
結局その後のことは何も覚えていないのでありました……。
―――
「いやあ、良かったね! みんなおいしいって言ってくれたし!」
「うん! 私が作ったレモンのグミ、好評でよかったぁ……」
あれ、結局ゼラチンをたくさん入れて、すぐに固まるようにしたんだよね。
ハードグミっぽくなっちゃったけど、逆にそれがよかったらしい。
「あかりん、明日は記録会だよね」
「うん。不安だけどさ……信じてみる! 今までやってきたこと!」
「そうだね! 私も、頑張るよ!」
そう、信じないといけないんだ。
今までの努力と、自分自身を。
――この記録会は、自分自身との戦いになる。
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