第20話 楽しいから好きへ
ざわざわとする帰り学活の時間、私は自分の席でぼーっと天井を見つめていた。
そういえば、私たちが入部して初めての記録会まで、あと1週間となった。
あかりんは土日の練習も休まず参加していて、タイムもすごく縮んでいた。
昨日測ったタイムなんて、一番最初の記録から10秒も減っていたし。
水菜先輩とかも、「これなら最下位は免れられるよ」って言ってたしすごい成長。
私も頑張らないとな……50秒きりたいけど、そんなすぐに力なんてつくわけない。
思わずため息をつくと、隣にいたあかりんが椅子ごとこっちに寄ってきた。
「まいまーい! どうしたの? なんか悩み事?」
「あ、うん……。平泳ぎのタイム、なかなか縮まらなくてさぁ……」
「部活のことかぁ……」
あかりんにこんなこと愚痴っても仕方ないけど、どうしても抑えられなかった。
記録会、やるからにはいい結果を出したいんだけど……。
うーん、と頭を抱えるあかりんに私は「なんかごめん」と呟いた。
「……まいまいはさ、本当に抱えすぎだよね」
「? あ、え、そ、そうなのかな……?」
「というか、知らない? 実は海崎君、裏ですごい褒めてたし」
「えっ!!?」
知らない、知らない。
あのいっつも冷たいナギ君が? 私のことを……褒めた?
練習を一緒にやるようになってから厳しい言葉を言われて、まだまだだなって言ってたのに……。
「『頑張ってるよな。いい結果を出そうとして、一生懸命になってすごいと思う』とか何か、言ってた気がする。だからさ、自信持ちなよっ」
あかりんがナギ君の声色をマネしてそう言った。
そっか、ナギ君がそう言ってたのか。
「あかりん、私、頑張ってみる」
「うん、そう来なくっちゃ! でも……あたしも負けないよ?」
「言ったね? じゃあ負けたほうアイスおごりで!」
「おごりっ⁉ よーし、受けて立つ!」
無理だよっていうかと思ったら、まさかの参加宣言に嘘でしょーっと目を見開く。
あははっ、とさっきまで暗かった空気に笑いが溢れた。
―――
「はーい、出欠取りまーす」
いつものように出欠を取るところから始まった。
でも、唯一違うのはメンバーが少ないこと。
見渡すといるのは2人しかいない。私を入れて3人だ。
いないのは男子陣、ナギ君と晴琉先輩。
二人とも、クラブの方で忙しくて来れないそう。
クラブもやってるんだもんね、仕方ない。
となると今日は、この3人でこの広いプールを使うことに……!?
思わずプールを見渡す。
1、2、3……全部で6レーン。今日いるのは3人。
1人当たり、2レーン⁉
広っ!
「今日はみんなでバレーやろ!」
「「バッ、バレーっ⁉」」
広いから体力作りとかかと思ったのに……。
というか、記録会前の1週間って大事だよね?
その貴重な時間をバレーに費やしてもいいのかな……。
頭でそれを計算し終える前に、隣にいたあかりんが「やりたいですーっ!」と元気よく言った。
すると、残るは後一人、私。
「まいまいは?」「舞ちゃんは?」
二人に同時に問いかけられ、二人の目を見る。
あ、圧が……。
「ヤ、ヤリマス」
「おっけーっ! じゃーボールとってくるねー!」
うなずくこと以外に私の選択はなかったのだった。
―――
それで結局、あの後はずっとバレー大会だった。
水菜先輩が意外にもバレーがうまくて、「アターック!」とか叫んで見事私の顔に直撃した。
うう、痛い……。
でも、楽しかったし……しょうがない、かぁ。
「舞ちゃん、楽しかった?」
「あっ、はいっ! 水中バレーって言うんですかね、久しぶりで楽しかったです」
「そっかぁ、よかったぁ。ほらさ、最近、記録も良くなってきてるでしょ? それってやっぱり成長してるからだと思うんだよね」
うんうん、と満足そうにうなずく水菜先輩に耳を傾ける。
「『楽しい』って気持ちがあるっていうのはね、『成長』してる最中ってコトなの。それで楽しいが広がって、初めて『好き』になれる」
ドックン、と心臓が高鳴った。
楽しいから、好きに……。
なれるかな、水泳を好きに。
今は好きになる前の段階。楽しいって思っている時だ。
きっと好きなことに気が付くのはもう好きになってる時。今は違う。
でも、それでもいい。
いつか、心の底から思える時が来て欲しい。
心の底から。私は水泳が好きだ、と。
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