第14話 真っ暗な闇、それでも
プールサイドの机の前で、今日も始めの会が行われていた。
「じゃあ今日のこのメンバーでやります。海崎君、今日鍵当番ね」
「……めんどくさい。他のやつにしろ」
「あ、先生、話ありますか?」
「いえ、とくにないので大丈夫です」
海崎君の言葉を笑顔でスルー。
そんな水菜先輩に向かってチッと舌打ちが聞こえる。
こんな光景も、すっかり見慣れた光景だ。
ふふっと思わず笑いがこぼれる。
「今日も2往復、行ってきてねー」
「「……」」
「「はーい」」
無言の男子軍を見て、水菜先輩が片手にメガホンを握る。
「返事ーーっ!!!」
バッシャン!!
水菜先輩がそう叫んだとたんに、二人が水の中にもぐってしまう。
「……よし、二人ともいこっか」
諦めたようにそう言う水菜先輩がかわいそう。
あかりんと一緒に、いつものレーンで1往復を泳ぐ。
結局、私水泳やっていけるかなあ……。
前はなんか調子よかったけど……。
でも、あの時はすっごく「できた! 楽しい!」っていう感じで、頑張ってみようって思えたんだ。
パンパンッと頬を軽くたたき気合を入れてゴーグルをしめた。
静かに水の中に入って、そのままゆっくり泳ぎ出す。
立ち止まっていたら、隣のレーンで泳ぐあかりんに心配そうに声をかけられた。
「まいまい、大丈夫?」
「うん、大丈夫。なんか変な方入っちゃって」
「気をつけてね~」
1往復を終えたところで、2往復目に突入。
ドクン、ドクン、ドクン。
ドクン、ドクン、ドクン。
またあの時と同じだ。
何かが身体にねっとりと張りついたような感覚。
もがいても、もがいても抜け出せなくて、透明な膜につつまれているみたいで。
しかし以前と違って、しっかり泳げている。
でもね、何かが、そう、何かが違う。
「おー、舞ちゃんもそろったね」
むせながらプールの壁に手をつき、大きく息を吸う。
ゴーグルを取って顔を上げると「大丈夫?」と心配顔の水菜先輩が言った。
「あ、大丈夫です……ちょっと、変な方向に……ごほっ」
「無理しないでね。あっ、朱里ちゃんも来たね。今日は体力づくりをやるのでひたすら泳ぐよー」
水菜先輩がそう言っているのが聞こえ、ぐるぐるとめまいを感じながら指示通り5往復の旅に出る。
「休憩しながらやってね~」
息継ぎをしたときに、そんな声が聞こえた。
『休憩』
頭でその言葉を繰り返す。
ふつふつ、と胸の奥にあった何かが、熱くてどろりとした何かが、せり上がってくる。
爆発しちゃいそうで、あわてて抑えるけど、ため込んでいたものが制御できなくなってくる。
休憩したいけどできない。
そんなゆっくりしていたら、みんな私を越していくんでしょう?
いつの間にか私と一緒に泳ぐ人なんて、いないんでしょう?
苦しくても、苦しくても、とにかく腕をまわして泳ぐ。
ときどき、楽しそうな会話が耳に入る。
みんな、口では疲れたとか言っていても、結局、『実力』やら『才能』と呼ばれるもので追い越していくんだ。
私が、持っていないもので。
今まで努力なんてあきれるほどしてきた。
人の何倍もしてきた。
なのに、その実が実ったことなんて、1度もないじゃない。
努力が実っていたら、あの日だって、あの結末だって、あの悲しい事故だって、
――無かったかもしれないのに。
一気に呼吸が苦しくなった気がする。
泥なんて生易しいものじゃない。もっと重くて、ずっしりとした鎖のような重い何かが、体に張り付いているような感覚がした。
意識がもうろうとする。
ねえ、誰だっけ、一緒に頑張ろうって約束したのは。
その時だった。
「舞っ! 生きろっ! 頑張るって約束したんじゃねえのかよっ!!」
この声は……。
海崎、くん……?
そしてピタリ、と 今まではまることのなかった記憶のピースがきれいにはまった。
――確信する。
そうだ。あの日。
約束したんだ、ナギ君と。
ううん。ちがう。
私はあの日、約束したんだ、海崎君と。
最後の力を振り絞って、キラキラと輝き、揺らめく水面へと、手をのばした。
ナギ君との約束を守るために。
自分自身の希望を見失わないために。
そして何よりも、後悔しないために。
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