第6話 その言葉の意味

 ハッとそっちを見ると、そこにはゴホゴホとせき込むあかりんを引っ張り上げる晴琉先輩の姿が。


「椅子用意してくれないか?」


 きっとそれは私に向けられたものだったのだろう。

 でも、足が動かなかった。

 指と、体ががくがくと震える。


 あかりん、あかりん……。


 目の前が真っ白になって、何も考えられない。

 すると、そんな私に代わって、遠くにいた海崎君がプールサイドから上がって、最初の日に教えられた器具庫に向かう。


「チッ、そこどけ」

「あっ、ごめ――」


 乱暴に言われて私はなんとか足を動かし、はじっこによける。

 海崎君も焦っているようで、かなり顔色が悪かった。


 ガラガラと言う音がして、やがて真っ白なプールチェアを出してきた。

 そこにあかりんが座り、みんながじっと様子を見守る。


 目を閉じて、荒く息を吐くあかりん。

 なんでだろう、見ているとすごく怖いんだ。

 さっき、溺れかけているところを見た時なんて、思い出すだけでも……。


「あかりん、大丈夫っ……⁉」

「おい、清原大丈夫か?」

「朱里ちゃんっ‼」


 水菜先輩が素早くあかりんのゴーグルと水泳帽を取り、肩にタオルをかける。

 はあはあと荒い息を繰り返し、目をうっすらと開けているあかりん。

 たまにゴホゴホとせき込んで、のどのあたりを押さえてる。


「深呼吸しろ、息できるな?」


 晴琉先輩があかりんの背中をさすりながら確認を取る。

 あかりんもうなずいて、「大丈夫です」と言う。

 よかった……。本当に焦った……。


「おい水菜、清原の荷物持ってこれるか? 今日はもうやめた方がいいと思う」

「そうだね。じゃあ、ちょっとそこよろしく」

「分かった」

「あっ、じゃあ更衣室で休ませておくよ。確かイスがあったような気が……」


 ポンポンと交わされていく会話についていけない。

 さすが……先輩たち。

 やがて水菜先輩と一緒にあかりんが更衣室へ行き、シーンとした空気が流れた。


「……あの。あかりん、大丈夫ですかね?」

「ああ。たぶん泳いでいる時に水が変な方に入って、それでむせて……みたいなことになったんだろうな。あとはゆっくり休めば大丈夫だ」


 晴琉先輩はふうと息をついて立ち上がり、いつの間にか電話をしている顧問の先生に駆け寄る。

 ちゃんと、先生動いてくれてたんだ……。

 てきぱきと書類をめくりながら電話をする姿は、さっきまで座って見ていた人とは思えない。


 私も立ち上がる。

 久しぶりの水泳はすごく楽しかったけど……。


「ごめん……、私も今日、帰っちゃっていいかな……?」


 その場に放心したように突っ立っていた海崎君に、私はたずねる。


「……ま、いいんじゃね。オレはこのあとちょっとやるけど」


 ゴーグルのゴムを調整しながらそう言う海崎君。

 うん、今日は帰ろう。


 時計を見ると、今は5時過ぎ。

 部活が終わるのは6時だから、まだ1時間近くはあることになる。

 でも、私自身久しぶりの水泳で、いろいろな精神力や体力を使った。結構限界である。


「じゃあ……」


 お疲れ様、と言おうとしたら、海崎君に「おい」と言われ、ビシイッと背筋を伸ばす。


 「な、なに?」


 何を言われるんだろうと、びくびくしながらたずねると、海崎君は私の目を見つめてぽつりとつぶやく。


 「さっきの、お前………か?」


 思ったよりも小さく、かすれた声に私は驚きつつもうなずく。

 それを見た海崎君は「じゃあいい」と一言言って、イスを片付けに行ってしまった。


 海崎君……。

 

 なんでさっき、ああ言ってくれたの?

 私の過去に何があったかを知って……? ううん、そんなことあるわけない。

 

 もともと謎だらけだった海崎君に、さらに謎が深まった。

 

 ———


 でも、 一つ思ったことがある。

 もしかしたら、泳げないときがあるかもしれない。

 

 でも、この仲間と一緒なら、乗り越えていけるはず。

 たとえ、この先どんな困難があったとしても。


 私は固く決意して、帰り際に先輩に部活動届を提出した。

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