第5話 久しぶりの水の中

「2往復ー」

「……」

「……」


 水菜先輩のかけ声に、何も言わずにドボンと水に入り、すいーっと泳いでいく男子二名。


 それを見た水菜先輩がすかさずメガホンを口元に持ってきて、「声がちーさい!」と言って、もう、とため息を漏らした。


「あんなんだけど、気にしないでね」

「あはは……先輩も部長となれば、大変ですね」


 その様子を見たあかりんがふふっと笑いながらそう言って、にっこり笑う。


「じゃあ二人もやってみようか。今からやるやつは、陸上とかで言う、ランニングみたいな、最初の体慣らし。最初っからバリバリやると、体痛めちゃうかもしれないから、まずは1往復。できそうだと思ったら、もう1往復行ってきてね。質問ある?」


なるほど、これが水泳部のメニューということか。

私は特に質問ないけど……。

ちら、と目線をあかりんに向けると、元気よく手を挙げた。


「はーいっ、あそこのアイスは食べてもいいんですかーっ?」


アイス……!?

そんなのあったっけ、とあかりんの目線の先をたどると、アイス販売機があった。

学校にこんなのあったんだ……知らなかった。


「今の質問でそれ聞くっ⁉ まあ一応答えるとダメでーす。食べたら怒られるよ?」

「えーあたしアイスが大好きなんです。チョコとー、イチゴのやつと抹茶とレアチーズのアイスを組み合わせて4つ食べてみるのが夢で……。毎回一つだけって言われるからまだできてないんですよー……」

「チョコとイチゴと抹茶とレアチーズっ⁉ 絶対混ぜちゃいけないってっ。というかか欲張りすぎっ」

「確かにわかるけど、わたしはそれぞれ食べたいなー」


ウンウン、とうなずく水菜先輩に、私は「嘘でしょっ」と悲鳴を上げる。

全部混ぜるな危険だよね……?


変なところで気が合う二人を見て、私は一人ゼツボーだ。

チョコとイチゴまではいいのかな? そこに抹茶とレアチーズってどうなんだ?


「あー、そんな話してたらお腹すいてきちゃった。もうこれ以上話しちゃだめね。よし、じゃあ泳ごうか?」

「はーい」

「あっ、あとは中心にいくほど深くなってるから、溺れないようにね」

 

「じゃあ行こう~!」と言って私たちを呼ぶ水菜先輩が、ふと立ち止まる。


「ビート板、いる?」


 そう言いながら指差した先にあるのは、青色と黄色のビート板。やっぱり常備してるんだ。


 私はいらない、かな……。

 水に入るのなんて何年ぶりかわからないけど、水泳は1回やると体が覚えてるっていうから、たぶん大丈夫。

 私はいりません、と断ると、次はあかりんの方を見て「どう?」と聞く。


 あかりんはしばらく迷っていたみたいだけど、「久しぶりにやるけど、たぶん大丈夫です!」と言った。

 あんまりやってないと思うのに、ビート板無しってすごい! 私が見ないうちにあかりんも成長してたんだなあ……。


「あかりん、すごいっ。成長してる……っ!!!」

「じゃあ、さっそく、泳ぎまーす! 水泳は命にかかわるから、体調が悪かったらすぐに言うこと。いいね?」

「「はいっ」」


 それじゃあ、と言って、水菜先輩がゴーグルを下げる。

 緑色の水泳帽に、黒色のゴーグル。

 かっこいいっ!


 私がそう思っている間にも、ゆっくりとしたクロールで泳ぎ始めた。

 ゆっくりって言ってるけど、一つ一つの動きがとても丁寧だ。

 さすが水泳部、なんて感心してしまう。


 水菜先輩が半分くらいまで行ったところで、今度は私が水につかった。

 つめたっ……。


 水に入った瞬間、一気に冷たさを感じた。

 でも、その後の恐怖がやってこない。

 もしかして、大丈夫だったり?


 ゆっくりと水泳帽の上のゴーグルをかける。

 一気に視界が黒っぽくなって、ドキドキと胸が鳴った。


 今日なら……今なら……行けるっ!


 スッと息を吸ってから、ぐうん、と水の中に潜り込む。


 ――そこからは、本当に無心だった。


 水が怖いと言っていたのが、信じられなかった。



 ――楽しい。



 素早いクロールで、ハッと息を吸う瞬間に、薄暗い視界がはっきりとプールの照明を映した。


 戻ってきた感じがした。

 今までの、水泳を楽しい思っていたいた、あの時の気持ちが。


 最後は片腕をのばし、こつん、と軽く壁に当たる音がした。

 それと同時にぷはっと水面から顔を出す。

 ゴーグルを上げると、目の前にいた水菜先輩と目が合った。


「お疲れさま、舞ちゃん」

「あ、え、と、せんぱ、いも……」


 どうにかこうにか返事をしようとしたけれど、体力は落ちているっぽい。

 1往復で息が切れてしまう。

 体力は、落ちちゃったな……。

 がっかりとする私に向かって先輩がにっこり微笑む。


「ふふ、一回休んで。それにしても、きれいだったよ、あのクロール。さすが習っていただけあるね」

「そう、ですかっ……」


 うれしい。

 やっぱり、やってよかった。

 ジーンと感動する。


「あれ、あかりんは……?」


 一息ついたところで、先輩に聞く。

 すると、水菜先輩も「あ、さっき泳いでいったけど……」と呟く。

 私と違うコースで練習していたらしい。そりゃあ、会わないわけだ。


「でも、それにしては時間が立っているような……」

「そうですよね。見てきます」


 水泳がやだーって言ってるのを何度も耳にしたことがあったけど、大丈夫かな?

 一個右のレーンに移って、「あかりーん」と呼んだときだった。


「おい! 水菜!」

「え、私っ⁉」


 向こうの方で、晴琉先輩の切羽詰まった声が聞こえた。

 その声に呼ばれた水菜先輩が、はじかれたようにそっちへ向かう。

 プールサイドは走らないで、と言われたことがあるけど、今はそんなことも気にしていられないようだ。


「え、朱里ちゃん⁉ 大丈夫っ⁉」


 あかりんっ⁉


 そこには、ぐったりとした様子のあかりんが、いた。

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