第4話 揺らぐ心と体験、スタート!
「でね、さっきの続きなんだけどお……」
授業の間の10分休み。
ドンッという音とともに私の机にのしかかってきたのは、あかりん。
昨日の体験では、あの後水泳オニをやったりとか、クロールのやり方教わったりとか、いろいろなことをやったらしいんだよね。
「足がつっちゃったときにね、晴琉先輩が……キャーっ‼」
思い出したのか、頬を赤く染めているあかりん。
私はその大声と勢いに、カタン、とイスを後ろに引いた。
そう、そこで
それで今日の朝から、のろけ話(?)を聞かされているというわけだ。
「でね、王子様が『大丈夫?』って言ってくれたの! 本当に王子様だよね……!」
まだまだ興奮が収まらない、という感じでまくしたてるあかりんに、私はとにかくうなずく。
「もうほんっとにかっこよすぎる! ってことでまいまい! 私は絶対、水泳部に入るって決めた!」
「エッ、ほんとにっ?」
まさかの入部宣言に、私はぱちぱちと拍手をする。
まっすぐに貫いていけるあかりんはさすがだなぁ……。
私も迷ってないで決めないと。
「先輩たちも優しいし、水泳も楽しんで頑張れるかなーって、そうじゃなーい!」
「え?」
拍手の手を止め、私は目をぱちくり。
首をかしげたとたん、ガシッと手首をつかまれた!?
「まいまいも‼ 入ろっ⁉」
「エエエエエっ⁉」
キラキラ輝いてるあかりんの目を見て、つかまれた手首を見て。
ぞぞぞ、と逆らってはいけないオーラを感じて距離を取る。
そうなるよね……。
私も確かに入る予定だったけど、まだしっかり決められてないんだよなあ……。
「っていうのはジョーダンだけど、あたし、今日部活動届出すから、まいまいも一緒に行こ? まいまいはいつ出すの?」
「私、お母さんにもこのこと言わないとだし……明後日くらい? かな」
「オッケー。あっ、今日は水着持ってきたー?」
「あ、うん……」
一応持ってきたけど……。
昨日のお母さんとのやり取りを思い出し、乾いた笑いを浮かべる。
——『これ! 買ってきたわよ。かわいいから部活で使って!』
——『こっ、これっ⁉ わ、わっ私絶対、ぜーったい着ないってっ!』
そう、買ってきた水着はすっごい派手なフリル満載の水着。
ぶ、部活であんなの着れるかーっ!
結局それは棚奥にサヨナラし、今まで使ってきた紺色のものを持ってきた。
「あたしも持ってきた! ふふん、今日は王子様とたくさん話すんだから!」
「話せるといいねっ」
あかりん、かわいいもんな……。
いつもはじっこで丸くなってるような私とは真反対だ。
私は「応援してるよっ」と言い、胸の前で小さくこぶしを作ると、あかりんも照れたようにうつ向いた。
◇◆◇
「それじゃあ、今日も体験ができる日だからね。いろいろなところに行ってくるといいよ。吹奏楽部も、今日はミニコンサートをやるとか」
帰りの会にて、担任の先生がそう言うと、「絶対行きたい!」「昨日見たけど、めっちゃよかった!」「マジで?」といった声が教室のあちこちから聞こえてくる。
「おーい、静かに。真面目に考えて、自分がやりたいところに入るんだぞー」
「はあい」
先生がそう言って締めくくると、さようならーという当番の声がし、みんなが次々に教室から出ていった。
それに負けないようにあかりんがえいっと私の腕をつかんでくる。
「よし、行こっ!」
「あ、うんっ」
あかりんがギュッと抱きついてきて、手を引かれる。
昨日のルートを思い出して、『水泳部の見学はこちらへ!』と書かれた看板を通り過ぎる。
目の前には二つに別れた更衣室。
ずかずかと入っていくわけにも行かないし……。
二人でどうしようか? と立ち止まっていると、この声を聞きつけた水菜先輩が水着姿で更衣室から出てきた。
「わーっ! 来てくれたんだねっ……!! もう本当に感動っ……!」
「あはは、あたし部活動届、今日持ってきました」
これです、と言ってあかりんがバックから出したものを見て、水菜先輩が「嬉しいっっ!!」と言ってあかりんに抱きついた。
この二人、もう仲良くなったのかあ……。私が入っても遅れを取りそうだな……。
思わずため息が出そうになって、フルフルと首を振る。
ダメダメ。
「おーい、舞ちゃーん! こっち!」
「あ、はいっ」
ハッと顔を上げれば、水菜先輩が更衣室の前でひらひらと手招きしている。
そう、今日はちゃんと泳ぐために来たんだから!
パンパンッと頬を叩いて切り替え、水着が入ったバックを抱えなおしながら、小走りえそこに向かった。
あかりんがトイレに行ってくると言ったので、私は水菜先輩と待つことになった。
その間、静かな沈黙が続く。
きっとあかりんなら、こういう時間も楽しく話しかけるんだろうな、なんて思っていたら横からツンツン、とひじを突つかれる。
「ねーね、舞ちゃん、水泳、習ってたんだって?」
いきなりの質問に、ぎくりと肩をこわばらせる。
そうなったのを悟られないよう、平常を保ちながら、「そうです」と言う。
「習ってたんですけど、今はやめちゃって。でも、やっぱりやりたくなって入ろうかな、と」
下を向いて話す私に水菜先輩は「うんうん、あるよねー」とうなずいてくれた。
「なに、4泳法、全部できるの?」
ちなみに4泳法とは、「クロール」「平泳ぎ」「背泳ぎ」「バタフライ」の4つである。
3、4年間はスイミングスクールに通っていたので、それなりに泳げると、思うんだけど……。
小さくはい、とうなずくと、水菜先輩もそっか、と笑う。
「そういえば、朱里ちゃんはスイミング経験はあるの?」
「あ、えっと……」
うーん、苦手だと言っていた気がする。
はっきり聞いたことはないけれど、あかりんの口からは水泳に関しては嫌だということしか聞いていない。
「たぶん、ないと思います。なんせ、あかりんの入部理由は……」
晴琉先輩に会うため、だもんね。
言っちゃいけないと感じた私はとっさに押し黙る。
しかし、続きがわかってしまったようだ。
水菜先輩がにやりと
「もしかして、晴琉?」
「え……」
ばれちゃったぁっ⁉
でも、ここまで来たらもう引き下がれない気がする。
私は心の中であかりんにごめんと謝り、水菜先輩に向き直る。
「や~人気だよねえ、晴琉って。ほら、王子様って言われてるし?あいつがねえ……昔は泣き虫だったのに~……」
「そうなんですか?」
「うん、ことあるごとに泣くから、私もほんと大変だったよね」
昔から仲が良かったんだ……。ということは幼馴染なのかな?
あはは、と笑う水菜先輩に、聞きたいことがあったのを思い出した。
「ずっと気になってたんですが、晴琉先輩と水菜先輩、仲いいですよね? えっと……」
私の先の言葉を察した水菜先輩が、「あーそれね」と言って軽く笑う。
「付き合ってるのかってことでしょ? よく間違えられるけど、違うよー」
「え、そうなんですか?」
「あーまあ、幼馴染だよ。でも、恋愛的にはつながってないってこと」
あはは、と笑う先輩の目に、一瞬諦めのような色が浮かんでいた。
あんなに笑っていた先輩のこんな顔は初めて見て、驚きながら目の見つめてしまう。
「えっ、私の顔変⁉ なんかついてる?」
慌てたようにそう言う水菜先輩を見て、私も大きく首を横に振る。
「じゃーよかった。ほら、もう始まっちゃうし、……お、ちょうど朱里ちゃんも来たね。行こっか」
ふふっといつもの笑いをこぼした水菜先輩は、元気な声でお願いしまーすと言いながらプールのドアを開ける。
さっきのは嘘だったかのように元気な声。
私たちもそれにならって、「お願いしまーす!」と言う。
もう中には晴琉先輩と、海崎君がいた。
「出欠取りまーす」という水菜先輩の声に、私たちはピンっと背筋を伸ばしたのだった。
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