第2話 初めまして、水泳部
そしてやってきた放課後。
今は部活動見学の期間中で、いろいろな部活の様子が見れるのだ。
部によっては体験させてもらえたりできるらしく、みんなここぞとばかりにいろい ろなところに行くという。
「わわっ、ほんとに水泳部だ……!!」
「ねっ……!」
『水泳部の見学はこちらへ!』とポップな字体の看板が目に入り、そこを進むと温水プールが広がっていた。
そう!
この中学校は温水プールっていうのが特徴!
数少ない、とっても珍しい学校なんだ!
水泳部の誰かを探し、きょろきょろと首を回すあかりんに、私もそれに加わる。
探すけど、人影すらないし、物音すらしない。
「……着替えてるのかな?」
「うーん、そうなのかなあ……」
まさか水泳部、今日、誰もいないとか?
ま、まさかあ……。
シーンとした広い温水プールに立ち尽くす、私たち。
水がさわさわと揺れていた。
「もしかして、もしかすると、君たち体験入部かなっ⁉」
「「へっ⁉」」
静かな空間に響いた突然の声に驚きながらも振り向くと、そこには緑色の水泳帽をかぶった優しそうなお姉さんが立っていた。
紺色のラッシュガードを羽織っていて、緑の帽子から茶色ぽい髪の毛がぴよっと出ている。
目はぱっちりとしていて、とても明るい印象を受けた。
「待ってたよっ! これで水泳部、活動できるーっ!!」
「……あのう……」
ただ一人、ばんざーい、と手を上げて喜ぶその人に、訳も分からず立ち尽くしていると、隣から黒髪の男子が出てきた。
「
ちらりと私たちのことを見ながら、水菜と呼ばれた人に向かってため息をつく、イケメン男子。
あ、この人っ……!
イケメン男子も、すらっとした長身で、真っ黒なラッシュガードを羽織っている。
何か、不思議なオーラを放つ、この先輩こそ……っ。
そう、確かこの人こそが水泳部の王子様と呼ばれる、学校のアイドルだ……!
「俺は、水泳部の副部長、
「わたしは水泳部長の、
生・水泳部の王子様だ……!
先輩たちににこっと微笑まれて、私たちも何とか笑う。
いつもよりもはるかに緊張して、心臓がバックバクだ。
それが王子様の登場によってなのか、先輩を前にしたときの緊張かは分からないけど。
隣にいるあかりんはでれっと鼻の下をのばして、完全に目がハートマークだ。
……まあ、仕方ないよね。
「君たち、名前はっ?」
「えっと、あたしは
「わっ、私は
若干声が上ずってしまった。
はーっ、緊張したーっ。
私たちの声にうんうん、とうなずいた水菜先輩は、「朱里ちゃんに舞ちゃんね。さあさあ!」と言いながら、私たちを更衣室の近くまで移動させる。
え、え?
まさかだけど……やるなんて言わないよね?
ルンルンの水菜先輩を見て、隣にいる、目がハートマークのあかりんを見て、ひとりで練習に行ってしまう晴琉先輩を見て、頼れる人がいないと一人ゼツボーだ。
本当にやらないよね?
だって、こんな格好だし!
水泳の道具一式って借りれるのかなぁ?
水着とかは借りれた覚えがないけど……。忘れた人は見学って感じだったし。
自分の制服姿をじーっと見下ろす。
「えーと、二人ともやってみる?水泳部の部室に行けば、一応水着はあるんだけど……」
「あたし、やりますっ!」
「あかりん、やるのっ……!?」
嘘でしょ……。
一気においていかれた気分になる。今日は見学だけだと思ったら。
水菜先輩は「じゃあ朱里ちゃんだけこっち来て―。舞ちゃんはその間見学しててね」と言ってから、あかりんと一緒に消えてしまった。
どうしようかなぁ、誰もいなくなっちゃったし……。
……いや、いた。
晴琉先輩だ。
ザッパンッ!!
大きな音がして、それから大きな水飛沫が上がった。
それは私の方まで飛んで来て、制服を少し濡らした。
「なにするんで――」
何するんですか、という言葉を言おうとして、そのままの体勢で固まった。
口は少し開いたままで、目が、ただ一つの影に吸い込まれた。
すうっと水の中にもぐって、半分くらいしたところで顔を出し、そこからまた潜って、浮いて、を繰り返す晴琉先輩。
上から見ると、先輩の影がすらりと伸びていて、とてもきれいだった。
まるで、水の中を自分のものにしたかのように。
25メートル先で顔を出して、プールサイドに上がりまた、少しして潜っていく、先輩。
きれいっ……。
いつの間にか、何か熱いものがこみあげてきていた。
『なんであんなに気持ちよさそうに、泳いでいるの?』
『私には、もうできないよ』
さっきのさっきまで、そう思っていた。
でも今は違う。
――私が。
昔、私が水泳を始めたのは、水の中を自由に泳ぎたかったから。
魚のように、自由な世界を作りたかったから。
水の中にいれば、気持ちが落ち着いたから。
10分間ぐらい、ずっとその様子を見ていた。
とにかく目を奪われて、すごい、すごい、またやりたいと思う気持ちが膨らんだ。
「まいまい、あたし、着替えてきちゃった!」
私の前でじゃーんと腕を広げるあかりんは、紺色の水着になっていた。
きっと実際に泳いだりとか、させてもらえるんだろう。
私は満足げなあかりんに向かって、ぽつりとつぶやく。
ううん、ほぼ無意識だったのかもしれない。
「……やるよ」
私の言葉に、へっと首をかしげるあかりん。
私は奥の方に行ってしまった晴琉先輩を見ながら、もう一回つぶやく。
自分に言い聞かせるように。
「やるよ。私、水泳」
その言葉は、意外にも軽く胸にストンと落ちてきた。
水は今でも怖いよ。
泳ぐことはまだ怖いんだ。
でも、でも。
――泳ぎたい。
――この日、私は新たに決意したのだった。
大きな不安と、緊張と、喜びと、希望を持って。
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