第12話 天にかかげた5人の決意

「舞ちゃーん、朱里ちゃーん」


 お昼休み、読書にふけっていた私は、もうすっかり聞きなれた声に顔を上げる。

 すると、やっぱりそこにいたのは水菜先輩で、今日は何か紙を持っている。

 来て欲しいのだと察し、後ろのドアから廊下に出た。


「ごめんねえ、今日は読書中?」

「あ、はい。先輩、どうしてここに……?」


 極力、他の学年の階には移動してはいけないことになっているため、同学年じゃない人がいるということはそれなりの用事があるということ。

 だから、水菜先輩も何か用事があったってことだよね……?


 話しだすのを待っていると、はい、と手に持っていた紙を渡された。


「この紙、見てみて」


 そう言われる前に私はもう見ていたのだが、タイトルを見て目を丸くする。


「記録会の予定……? 何ですか、これ」

「ささっと説明できるかわからないけど、記録会っていうのは、少し大会とは違ってね……」

「違うんですか?」


 ひたすら記録を取り続けるのかな。

 え、でもそれってかなりしんどくない?


 そもそも、水泳習ってた時なんてこういうのがなかったから分からないんだよね……。


「あーやっぱりわからないよね。うーん……あっそうだ!」


 何かいい案をひらめいたらしく、目がキラキラと輝いている。

 これはちょっと意地悪なことを考えている時の表情……!


「今日、またミーティングをやります! その時に、晴琉の記録会のビデオとか見てもらいながらどういうものかを説明するね」

「あ、はいっ」


 晴琉先輩の記録会の様子が見れるの?

 あかりんは嬉しいだろうなあ……。


「貴重な映像だからね、今日は来てね!」

「き、貴重な映像……! 晴琉先輩に許可とかはとったんですか?」

「あー……、んー、そのー……まあいいかなーって」


 え⁉ 許可とらないつもり⁉

 それはさすがに晴琉先輩がかわいそうだよ……。

 あ、水菜先輩が逃げようとしてる‼


「じゃあねー! 朱里ちゃんによろしく!」「あ、あのっ!!!」


「あの、映像の許可は取ってくださいね?」


 そう言った時には、もう時すでに遅し。

 昼休み、にぎわう廊下の人ごみに溶けるようにして消えてしまった。


 私はその映像を楽しそうに眺める水菜先輩と、隣の晴琉先輩が怒りをあらわにしている場面を想像して、はあ、とため息をついた。


 ◇◆◇


「でーは、第2回の水泳部ミーティングをはじめまーす。じゃ、出欠取るねー」


 いつもと変わらないテンションで水菜先輩が名簿にチェックを入れ始める。

 部員が5人だから、そんなに時間はかからない。


「あっ、晴琉、テレビ用意してくれるー?」


 下を向きながら淡々と命令する水菜先輩。


 部長だからなのか、相手が幼馴染だからなのかは分からないけど……。

 とにかく、すごい権力の持ち主である。


 軽く鼻歌を歌いながら資料をチェックする水菜先輩の前で、完全に雑用係に回された晴琉先輩が、テレビの準備を進めている。


 ……晴琉先輩、これから自分の記録会の様子が流れるなんて、一つも思ってないだろうなあ……。


 みんなが席に着いたところで、水菜先輩がいきなり立ち上がって、わたしたちを見回す。

 えっ、何……⁉


 反射的に身構えるも、心なしか水菜先輩の目がキラキラしている、ような……?


「まーずーは! ほんとーにっ! ありがとう~!! 君たちのおかげで、水泳部が廃部せずに済みました~っ!」


 へっ、はい、ぶ……⁉


 意味ができない私とあかりんに、隣にいた晴琉先輩が慌てて付け足す。


「部活動活動条件の一つが、正式入部時に5人以上いることなんだ」


 正式入部時に、5人……⁉

 正式入部日って、確か……!!

 学校の年間行事表を見ると、今日の欄には『部活動正式入部』と書かれていた。


 ハッとあたりを見回す。


 前に立っているのは、部長の、水菜先輩。

 横に座っているのが、副部長の、晴琉先輩。

 右には、親友のあかりん。左には、同級生の海崎君。

 そして――私。


「5人だ……!」


 思わず、心の中で思ったことが口に出てしまった。

 そんな私と、前からずっと知ってたという顔をしたあかりんと目が合った。

 左を向けば、一瞬だけ、海崎君と目が合う。


「みんな、これから、よろしくねっ……!」


 半分涙目になりながらもそう言って私たちに微笑む水菜先輩。

 その言葉を聞いて、ハッとあることを思い出した。


 ――『待ってたよっ! これで水泳部、活動できる―っ!!』


 たしか、水菜先輩が初対面の時そう言っていたよう、な……?

 そういう意味だったのか。


「水菜は少し大げさだが、俺も、このまま廃部にならなくてよかったと思っている。渚はともかく、水森と清原、本当に感謝している。ありがとう」

「ちっ、ともかくって何だよ……」

「こちらこそよろしくお願いします……!!」

「これから、よろしくお願い、します……!」


 律儀に頭を下げる先輩に向かって、海崎君が隣でボソッとぼやく。

 あかりんに関してはほうっと見とれている。


 と、水菜先輩が前の机から、私に向かって手をのばしてきた。

 それを見た晴琉先輩も、私の机に向かって手をのばす。


 とまどう私たちに、隣の海崎君が「手、出せよ」と言ってくれた。


 あかりんはそっと手を出して、みんなの手の上にかぶせる。


 あとは私だけ。

 ここで、みんなと手を合わせたら、本当に水泳部に入るってことだ。

 なんでかな、心の中では決まっているはずなのに、なんでこんなにためらっているんだろう。


 ああ、そっか。

 まだみんなのことをあまり知らないから。大丈夫かなって怖がっているんだ。


 でも。


 私は、そっと自分の手を見て、それからみんなの顔を見る。

 ほら、みんなが待ってる。


 個性豊かなメンバーだけど、このメンツだからこその水泳部だと知った。


 信じられる気がした。


 私はそっと、自分の手を重ねる。


 すると、水菜先輩が私に向かって微笑むと、いつもの顔に戻ってにやりと笑った。


「水泳部、始動っ! 活動目標、—最高のスタート、そして最高のゴールを!—」


「ファイトいちにっさん、オーっ!」

「「「「「オーっっ!!」」」」」


 えいっと、こぶしを天井に向かって突き上げる。

 みんなのこぶしが、決意を示したこぶしが、天井に向かって突き上げられた。


 こうなったことは、すごく奇跡のようで、偶然のようで、夢のようで――。


 しかしそれを否定して、必然だと思いたい自分がいた。



 大好きな、大事な、大切な仲間たちとともに。




 ――今日から水泳部、始動します。





 ◇◆◇




「…………水菜、これはなんだ」

「アハハハハハ」

「水菜、説明」

「ええとっ……。ごっ、ごめんなさいっっ!!!」


 目の前には晴琉先輩の記録会の様子が流れている。


『頑張れー‼』『晴琉いっけーっ!!!』『ぬかせーっ!』


 ワイワイと白熱する声がテレビから聞こえてくるが、それと真反対に目の前に座る水菜先輩と晴琉先輩の空気は冷たい。


「水菜」

「アハハ」

「……あとで話は聞いてやる」

「!!!???」


 空気が凍りそうだ。


 水菜先輩、やっぱり許可を取らなかったんだ……っ!

 そりゃあ怒るって、普通。

 いつもはクールに構える水泳部の王子様、めったにないお怒りモード……っ!

 私的には晴琉先輩の記録会の順位よりも、目の前にいる二人のほうがはらはらである。


「……すげえ」

「……わあ、カッコイイ……!」


 初めて見たのだろうか、海崎君とあかりんに関しては心の声が漏れている。


 やがて、その動画が終わり……。


「かっこよかったね……! って、え?」


 私に向かってにっこり微笑んだあかりんの顔が、異常な空気に反応し、次第に青く染まっていく。


 それを見た目の前の水菜先輩が、ついに晴琉先輩に負けた。


「……みんな、ちょっと待っててねー……。あ、自由にしゃべってて。……晴琉、ちょっとこっち来て」

「……」


 ガッチガチの笑顔を向けて、そろーりと教室を出ていく。

 そして、完全に怒っている晴琉先輩もそれについていく。


「「なにがあった(んだ)の?」」


 2人の声が私に向けられて、思わずアハハと乾いた笑い声で笑った


 その日、そこでミーティングは終了となり、後日、記録会についての紙が配布された。


『記録会について

日時 6月下旬

場所 MIZUNAプール(西側の競泳スペース)

必要なもの

・お弁当 ・水筒 ・泳ぐのに必要なもの ・記録会の予定(この紙) ・お金(アイスを食べるため)』


あのう、一つだけいいですかね。

持ち物の1番最初に書かれてる事がお弁当って……どれだけ大事なんですか……⁉




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