19
「クリスはどうしてアムルと一緒に居たんだ!?」
座った途端、ナッジャが合点がいかないとぶつけてきた。
「アムルが言うには、クリスは私が友達がいないから可哀想でイヤイヤ一緒にいたんだって」
「はぁ?! ふざけんな!!そんな訳ないだろ!クリスはルミナの為に色んなやつに文句言ってんたんだ!アムルに対して反抗していたのに、そんな訳無いだろうが!!」
ナッジャが眉間にシワを寄せて怒り出した言葉に驚いた。
「クリスが、私の為に何を言っていたの?」
私の質問にナッジャは歯がゆそうな顔をしながらも、教えてくれた。
ナッジャは中等部から一緒の学園になったが、当初から私の悪評は広まっていて、初めはそれを信じていたようだ。
どんな悪評なのか、私は聞く気もなかった。
小等部の頃から、カンニングしている、人の物を盗んでいる、媚を売っている等など。様々なデマが飛び交っていた。
全てアムルが広げている事は周知の事実だが、それに誰も逆らえる事もできず、また、あえてそれを鵜呑みにし、面白可笑しくアムルと一緒に嘲笑っていた。
それは中等部でも同様で、私の陰口をある生徒が話をしている時に、クリスが直ぐさま反論する姿をナッジャは見たと言うのだ。
自分は幼い時から側にいるから、そんな子じゃない!噂でルミナを判断しないで!
「自分の事ではないのに本気で怒る姿に驚いた」
「そう・・・。クリスはそんな事言ってくれたのね」
「そのクリスがお前の元をさるわけないだろ。それにアムルとは幼い一時だけ婚約者だったんだ」
「え!?」
「家同士の関係があって、勝手に決められていたが、あの女なにかにつけて俺に命令するんだ。聞かなきゃヒステリーを起こして大泣する、面倒な女だ。その上、自分よりも上のヤツには媚を売る、典型的なあざとい二重人格だ。それも幼少期からそうだったから、今は輪をかけて酷くなっている。だから、とっとと婚約解消してもらった」
そうか。アムルの言っていた自分にも決められていた婚約者がいた、というのはナッジャの事だったのか。
でも、アムルと私では全く違う。
「アムルの機嫌を損ねた家が幾つも潰されたのも見てきた。つまり、クリスはそういう事だろう?」
「そこまでわかっているなら、クリスの行動は、まさにそういう事よ」
ナッジャは頭をガシガシ掻いて考え込んでいる。
「だが、あれじゃあクリスが可哀想だ!」
「だったらあなたが助けてあげたらいいじゃない。プリライ家と肩を並べるのなら、どうにかしてアムルの側から離れるように出来るでしょう?」
ナッジャは眉間に深いしわを寄せ、苦々しい顔をしている。
「それじゃあ意味無いんだよ。クリスはルミナと一緒にいるから輝いているんだ。いつも元気に笑っているのは、ルミナと一緒の時だけだ」
力説しながら荒っぽくサンドイッチイッチの入った紙袋を握りしめた。
私は唖然としてナッジャを見た。
その顔は真剣そのもので、嘘偽りの無い言葉だとわかった。
流石に気づいた。
「ナッジャ、クリスが好きなのね」
「えっ!?な、いやっ、違っ!そ、そんなんじゃない!!」
みるみるうちに耳まで真っ赤にさせ、目を左右に動かし落ち着きがなく、慌てて下を向いた。
「違うの?それじゃあ私達のこと放っておいてよ。下手に関わったらナッジャに迷惑がかかるかもしれないし、クリスに八つ当たりされるかもしれない。私の側にナッジャが居るだけで多分アムルは気に入らないと思う」
あんまりにもわかり易い態度に微笑ましく思うが、正直私もどうしていいのか分からない。
「そんな事は分かっている!だが、その、クリスの気持ちを考えたら見過ごせない。いや、クリスが好きだからとか、助けたいとか・・・」
だんだん声が小さくなり、まるで自問自答するかのよう考え込んだと思ったら、突然立ち上がった。
「ああ、そうだ!俺はクリスが好きだ!真っ直ぐで、自分の気持ちに正直なクリスが大好きだ!優しい笑顔でいつもルミナをみる姿が、大好きだ!あの笑顔をいつか俺」
「ストップ!!は、恥ずかしいから声小さくしてよ!!」
思わずナッジャの腕を引っ張り、無理やり座らせた。
「声大きいよ。クリスが好きなのを認めたのは分かったから、もう十分よ。それなら、やっぱり私の近くに居ない方がいいよ。クリスが好きならナッジャが出来ることをして助けてあげて」
「それじゃあ意味無いって言ってんだろ。クリスはルミナと一緒にいた方が楽しそうなんだ。それに、俺の家はクリスの家と全く関わりあいがないから、助けようにも助けられないんだ」
「そうは言っても、相手はプリライ伯爵家よ。どうにかしようにも下手をしたら、ナッジャの言うように家に迷惑がかかるわ。グロッサムとの事もあるから、あまりアムルと関わりたくないの」
「やっぱりアムルが手を出したのか」
「グロッサムだけが悪い訳じゃないわ。お互い、すれ違った結果よ」
「まあ、そうだな。だが、考えてみれば、おかしくないか?」
私は首を傾げナッジャを見上げた。
ナッジャは腕を組み、顎に手を当て不思議そうに言った。
「何が?」
「こう言っちゃ何だがルミナの家、つまりオルファ子爵家はたいした家じゃないだろ?」
「否定しないわ」
はっきり言われると逆に清々しいわね。
「そんな家に負けて、嫌がらせで済ますはずかない。とっくに潰してるか、もしくはこの学園から追い出している筈だ」
「言われてみればそうかもしれないけど、アムルに嫌がらせを受けてから一度もお父様達から事業が危うくなったとか、聞いた事ないし、学園からも特に何も言われた事もないわ」
「そこが根本的におかしいな。アムルの性格では、絶対に家を巻き込んで何かしらをやる。でも、それがない。アムルは表立って虐めず、裏で陰湿なやり方をする女だ」
妙に納得してしまい、ナッジャの言葉に相槌を打った。
「でも、特に何もないよ」
「もしかしてルミナの家はプリライ伯爵家の弱みを握ってるとか?」
「ないない。確かに事業の関係で名前は出てくるけどそんなに親密な関係じゃないし、もし弱味を握ってるなら逆に嫌がらせしてこないでしょう?」
「じゃあ、オルファ家は裏でプリライ伯爵家を脅してるとか?」
「それ、さっきの弱味をにぎっている、というのと同じじゃない?」
「じゃあ、プリライ伯爵家が手が出せない何か持ってるんじゃないか?」
「何を?」
「それを聞いているんだ」
「何も無いよ。あったら、こんな事される前に対処しているよ」
「それもそうだな。何かあるんじゃないか?アムルが手を出せない何か、が」
真剣に質問してくるナッジャに、考えてみたが思い当たる節が無い。
確かにナッジャの言うようにアムルの猛獣のような性格は知っている。獣が縄張りを侵された如く全力で排除する、微笑みの中に潜めた執念と威圧感は恐ろしかった。
アムルに逆らったり、偶然でもアムルよりも優位に立った学生は、学園を去って行った。
そう考えてみれば、何も無い私はおかしいのかもしれない。ナッジャの疑問ももっともだ。
だが、必死に考えても特に何も無いのだ。
「強烈な後ろ盾があるんじゃないか?いや、ないか。それだったらオルファ家の名前がもっと出てくる筈だし、逆にアムルが仲良くしてくるだろうな」
「え!?」
思わず大きな声を出してしまった私に、ナッジャが肩を竦めた。
「そりゃ使えるものは使って、上にあがりたいだろうからな。アムルの性格なら、上級貴族との婚姻を考えているんじゃねーのか」
「グロッサムは?」
2人の情事を私は見たのだ。あの時の光景が蘇り、胸と心が痛む。
「いつもの遊びだろ」
「いつもの?」
「あいつ、色んな男と割り切った関係で遊んでるぜ。男の方も表立っての噂が出れば困るからお互い暗黙の了解ってやつだ。まぁ、貴族の男女なんてそんなもんさ。結婚するまで、好きなだけ遊ぶんだよ」
「そ、そうなの?」
「そんな驚くなよ。かと言って皆が皆そういう訳でもないぞ。俺は違うし、ルミナも違うだろ?」
「も、勿論よ」
同意を求められ、即答したかったがアトラスとの口付けが急に思い出され、言葉が上手く出てこなかった。
私とアトラスは本当の恋人ではない。かと言って、遊びではない。
でも、恋人だ。
その時、授業開始の鐘が鳴った。
「私がテストで手抜きしたらいいのかもね」
「それ、逆に逆鱗に触れるだろ」
私達は溜息をつき、重たい腰を上げ教室に戻った。
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