第13話※
夕食を終え帰るかと思えば、何故だか私の部屋に普通に入り、いつものようにソファに私の横に座った。
「帰らないの?遅くなるよ?」
今日は週末では無いし、明日も学園なのだから、さっさと帰って欲しい。
「ルミナに少し恋人としての手ほどきを教えてあげようか、と思っているんだ」
「恋人としての手ほどき?」
「言いにくかったら答えなくてもいいけれど、あの男とは、どこまで進んだの?」
その歯切れの悪い言い方にと、少し目が泳ぐような表情に、流石にピンときた。
男女の関係があったのか、と聞いているのだ。
「なにも、なかった。・・・だから、婚約解消されたのよ。私、色気とかないもんね」
自分で言って悲しくなり、2人の抱き合っていた姿が脳裏に浮かび胸が痛んだ。
「違うよ。ルミナはとても魅力的で可愛いよ。それを気付かないあの男が悪いんだよ」
慰めではなく心から言うアトラスに、残念ながら全く嬉しく感じなかった。
アトラスがいつも口にするから、逆に真実味がなくてむしろ傷口に塩を塗られている気分になる。
悪気はないのは分かっているが、無駄に私に甘くて、心配性で、それが鬱陶しい時がある。
今がそうだ。誰でも嫌な思い出をほじくり返されいい気分なわけが無い。
早く帰って、と言おうと思っていたら、安堵したように微笑み、アトラスは目を細め私を見つめながら、少し近づいた。
「でも、何も無くて良かった」
吐息が甘く感じるような妙な声に、いつもと違う瞳と、醸し出す雰囲気を感じ、無意識に身体が強ばった。
すっ、と腰に腕が回され引き寄せられると、ふわりとアトラスが何時もつけている香水の香りに包まれた。
頬に手が添えられると、アトラスの顔が近づいてきて唇に触れるだけのくちづけをした。
「っ!!」
一瞬頭が真っ白になり、目を大きく見開いたまま固まってしまった。
心臓が大きく跳ね上がり、身体中に血液が流れる音が聞こえそうなくらいに大きく脈打つ。
唇を離すとアトラスは私の顔を覗き込み、悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「恋人同士は、こういう事するでしょ?」
「そ、そうだけど!いきなりされたら驚くわ!それに、アトラスと私は幼なじみだよ!!」
顔が熱くなるのを感じた私は、恥ずかしさを隠すため大きな声を出した。
「でも、恋人同士は普通にするだろ?」
「確かにそうだけど、私達本物の恋人同士じゃないもの!こういうのは、本物の恋人同士がするべきよ」
「でも、ルミナは女性として自分に魅力がない、と思ってるんだろ?」
「う・・・ん」
はっきりと言われると悲しいが、事実なので否定出来なかった。
「そんなふうに自分を卑下していたら、何時までたっても本物の恋人が出来ないし、出来たとしても、奥手だと、他の女性に取られちゃうよ」
その結果が、これだから、ますます言葉が出なかった。
「辛い顔しないでよ。ルミナの古傷を抉りたい訳じゃないんだ。ほら、笑って。可愛い顔が台無しだよ。恋人はね、2人きりで会う時は幸せな顔をして愛を育んでいくんだ。その時に口付けをしたくなる。それなのに、今みたいに驚いて嫌がる素振りを見せたら雰囲気が台無しだよ」
アトラスが耳元で一言一言ゆっくりと囁やく声に、言いようも無い感覚が背中を走り抜けた。
鼓動が早くなり、呼吸が浅くなってきた。
恥ずかしくて戸惑っていると、アトラスは優しく抱きしめてくれた。
「可愛い。そう、その顔だよ。凄く男心くすぐり、理性が飛んで襲いたくなる。ね、そう言う駆け引きが上手い女性になりたいんだろ?」
「う、うん」
言葉の意味よりもアトラスの色気にやられ、思考が定まらず、言われるままに返事をしてしまった。
「だからね、私と恋人の練習をした方が良いだろ」
背中を撫でるように手が滑り、首筋から耳に指先が触れるか触れないかの距離でなぞられた。
ゾクッとする感触に身体を震わせると、アトラスが私の顔を覗き込んだ。
その目はいつもの優しいものではなく、何かを企むような、獲物を狙うような視線だった。
「理解した?」
「う、うん。アトラスに触れられるだけでも驚いているのに、恋人に触れられたらもっと驚いて、甘い雰囲気じゃなくなるね。それに、口付けも幼い頃にアトラスとおままごとの時にしたから、初めてじゃないないものね」
「良かった、じゃあ、もう一度」
え・・・?
蠱惑的に微笑むと腰に当てられた手に力が入り、指が食い込むように強くなり、再びアトラスの顔が近づき、今度は先程の軽く合わせるような口付けではなく、濃厚な大人の口付けを落としてきた。
柔らかく温かい唇が、何度も角度を変えて重ねられる
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