第11話

帰ろう。

授業が終わり私は席を立ち、鞄を取った。

食堂での私とアムルとの様子が瞬く間に広がったようで、コソコソと話し声が聞こえてきた。

婚約解消。

色んな幼なじみ。

遊んでいる。

そんな言葉が飛び交い、私を興味津々の目で見てくるが、下手に声を掛けてる人はいなかった。

私に気を使っているのではなく、私と仲がいい、とアムルに勘違いされたくないからだ。

昔もあったわこんな事。

自分に言い聞かせる。

小等部の時、アムルがあることないこと言いふらし、結局は根も葉もないない噂が広がり、誰もが私を腫れものでも見るような目で無視した。

結局、時間が経ち、根も葉もない噂だと誰もが知り出すと、

あら、違ったの?私少し勘違いしてたのね。でもねぇ、勘違いさせるルミナが悪いのよ。

謝罪の一言もなく、笑いながら言われた。

時間が経てば皆こんなありきたりの噂話すぐに飽きるし、噂だったと直ぐに分かってくれるだろう。

さっさと、帰ろう。

「ルミナ、少しいい?」

前に立ち塞がってきた。

「ナッジャ。どうしたの?」

同じクラスのグルー伯爵家の息子だ。

精悍な顔で、確か何かしらの運動部に入っていると聞いた。正直あまり興味がなく、なんの運動部か思い出せないが、ガッチリした体とよく日焼けした肌は素敵だと思った。

藍色の髪と真っ黒な瞳、褐色の肌に健康的な爽やかさを感じる。

中等部の時から一緒になったと思うが、あまり会話をした事がない。

それなのに、わざわざ声を掛けてくるということは、噂を聞いて、何か言いたいのだろうか?

「いや・・・そんな怒った顔すると困るな。俺はその・・・婚約解消した、と聞いたから、それなら勉強を教えて欲しいな、と思って声をかけたんだ」

申し訳なさそうに、ぎこちなく笑った。

「ごめんなさい・・・。つい・・・皆の噂が聞こえてるから、何か言われるのかと思ったの」

「俺は、別に興味ない話しだ」

「それならいいけど、でも、勉強を教えて欲しいなんて初めて聞いたわ」

「前々から教え方が上手いな、とは思っていたんだ。だが、いつも婚約者のグロッサム殿といただろ。さすがに言えないだろ」

言うように学年は違うが、放課後自習室でグロッサムに勉強を教えていた。グロッサムは正直あまり頭はいい方では無かったから、私にしたら、予習、グロッサムにしたら復習、といい感じにはなっていた。

「ごめんなさい、今日は早く帰りたいの」

気分が滅入り、そんな気分ではなかったし、下手に一緒にいて、ナッジャがアムルから嫌がらせを受けるのは避けたい。

私が何を言いたいのか、分かったようで、にかっ、と笑った。

「大丈夫だ。アムルの事だろ?あそことは俺の家は関係が薄い。それに、こう見えても俺の家はアムルと肩を並べるくらいはある。心配してくれてありがとう。それで、教えて貰えるか?」

こう見えても、というところが私に分からないが、でも、気にする事はなさそうだな、とほっとした。

「ええ、いいわよ。どの教科?」

「数学。得意だろ?」

「得意かどうかは分からないけど、いいよ」

「良かった!来週テストだろ。これ以上成績落ちると家庭教師増やされるんだ」

「今何人なの?」

「5人」

凄いわね。私なんて1人しかいないのに。

「なんだよその顔。そんなにいるのに、と思ってるだろ」

「ごめん、顔に出てた?」

不貞腐れるようにナッジャは言うと笑い、行こうかと言った。

自習室に向かいながら、話しをしたが、話しやすい人だった。

ちなみに部活はテニスと教えてもらった。

自習室は生徒はまばらだったがほぼ3年生ばかりだった。グロッサムと週の半分は来ていたが、グロッサムはいなかった。

大丈夫だろうか、とつい心配してしまう自分に、胸が少し痛んだ。

そんな簡単に忘れる事なんか出来ない。ましてや、綺麗に別れることが出来たら良かったのに、あんな最悪の婚約解消なんて、辛い思い出としか残らない。

「ルミナ、あそこが空いてる」

「そうね」

空いている席に座ると、ナッジャはすぐに分からない所を聞いてきた。とりあえず答えることが出来てほっとしたし、何度もおしえ方上手いなあ、と褒めてくれて、嬉しかった。

そう言えば、グロッサムは1度もそんな事言ってくれなかった。

当たり前のように、この問題教えろよ、と言って来るだけだったな。

別にそれについて、何も思わなかったが、言葉の足らない人だったんだな、と今更気づいた。

時計を見るともう19時になっていた。

グロッサムと勉強していた時は、18時までだったから、こんなに遅くなった事がない。

只でさえ、婚約解消して皆心配しているだろう。

「なあ、これは?」

「あの、ナッジャ。ごめん私そろそろ帰らないといけない」

「え?本当だな、もうこんな時間だな。すまない」

「ううん、私も気付かなかった」

広げていた教科書などを急いでカバンに詰めていく。

「ルミナ、もし良かったら明日も教えてくれないか?」

「いいわよ。私でよければ」

「助かるよ。家庭教師よりも教え方上手いよ」

お世辞でもそう言われても嫌な気分にはならない。

「良かったわ。じゃあ明日もね。さよなら」

「送っていくよ」

「気持ちだけで十分よ。まだ、婚約解消したばかりだからね。送って貰って、変な噂がたったらナッジャに悪いわ。じゃあね」

何か言いたそうな顔をしていたが、自習室を出た。

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