第6話

「その通りです。だからこそそれを払拭する、いや、上書きする案件が必要なのです。それが出来なければ、ルミナが醜聞を晒したという事実だけが残るでしょう」

「それが、貴方と付き合う事ですか?」

「そうです。ルミナが婚約している事は周知されている事実。ですが私はルミナがどれ程素晴らしく魅力的か知っています。私の家を使えば、それを覆す事も容易いことでしょう。逆に、私に選ばれる事によって、相手の方が醜聞の対象になる」

「上手く言いくるめて来たな、アトラス」

アコードお兄様が、ニヤニヤと含み笑いをしながら言った。

「父上、母上いいんじゃないですか?アトラスの言うように、このままじゃ、ルミナどころか我が家もどう言われるか分かったもんじゃない」

「そうだね、僕も賛成だよ。アトラスなら、家柄も性格も問題ないし、何よりもルミナが心を許しているしね。僕は安心して任せられるよ」

ジャンお兄様も、賛同し微笑みながら言った。

「ありがとうございます。見ていて下さい、ルミナを悲しませる人間は、地獄に突き落としてやります」

にっこりと甘く微笑みながら言うアトラスに、肩を竦めた。

「そんな冗談言うのは、やめてよ。ほら、皆の顔が強ばっちゃったじゃない」

優しい顔でさらりと事も無げに恐ろしい事をたまに言うアトラスは、見た目に反して苛烈に見える。

その為、いつも皆は驚くのだ。

「そうだね、冗談が過ぎたね。ルミナぐらいだよ。私の冗談を理解してくれるのはね」

軽く首を動かしながら、楽しそうに笑う。

はぁ、と大きな溜息が聞こえ見るとお母様が何故か私を睨んできた。

「ルミナ、あなたは頭がいいだけで、バカ、ですわね」

「な、何でそうなるの?」

「いいえ、おば様。その素直な所がルミナの愛すべきところです」

青く綺麗な大きな瞳を、これでもかという程細め、唇は大きく弧を描き、美しい笑みを浮かべ私を見た。

お母様はその表情を見て、また、大きな溜息をつくと、諦めたように小さく頷いた。

「貴方がまだその気持ちなら、とめませんが、最終的にはルイが決めることです」

ルイ、とはお父様の名前だ。

一斉にお父様を皆が凝視した。

「ルミナはどうなのだ?お前が良ければ、止める理由はない」

低く良く通る声でお父様は静かに確認してきた。

「私はいいよ。だってお互い好きな人が出来たら別れる話しになってるもの。でも、どう考えても私だけが有利で、アトラスにとって得を感じないよ。いいの?」

「そんな事はないよ。私にとって至福の時間になるよ」

「そう?」

「そうだよ」

いつも以上にアトラスは優しくて甘い声を出し、私の手を握ってきた。

いつもながら大袈裟ね、と正直面倒臭くなってきたがこれ以上の策も思いつかないから、諦めた。

「ありがとうルミナ。じゃあ私達はこれから家族公認の恋人だね」

至福の表情で、わざわざ周りを見ながら確認する様子に、相も変わらず律儀すぎて、胸高鳴る恋人から程遠いわね。

でも、透き通る青い瞳が自分を見てくれるのは、嫌な気分にはならないが、重たいんだよね。

「そうだね」

だから、棒読みになってしまったのは仕方ない事だ。

「それからバリヤおじさん、時間が合えば出来る限りこちらに来させて貰っても宜しいですか?」

「構わんが、ルミナはどうなのだ?」

「別にいいよ。他の約束が入ればちゃんと言うよ。それに、前は勝手に来て私の部屋で待ってたじゃない」

「ありがとう、ルミナ。それとね、親公認の恋人になったのだから、外でもこうやって手を繋ぎたいんだ」

「別にいいよ。改めて家族の前で言うのはやめてよ。何だか恥ずかしいでしょ」

「皆の前で言いたいんだよ」

はいはい。口に出して確認したい性格だものね。

「それとね、学園が終わった後もそうだけど、週末は一緒過ごそう」

「いいよ。前もそうだったじゃない」

「ありがとう、それとね」

「まだ、あるの?まとめて言ってよ」

「ごめんね。1つずつ確認しながら話を進めたいんだ」

柔らかい言葉で、申し訳なさそうに首を傾げた。

はいはい、そういう性格だものね。

「ルミナお前がせっかちなんだよ。アトラスの言う事が正しいよ。一つ一つ本人の意思を確認して進めないと、何事もスムーズにはいかないよ」

ジャンお兄様が、窘めてきた。

「・・・わかったわ」

「ありがとう、ルミナ。でも、私は何を言っても、何をしてもルミナが可愛いと思っているから許せるよ」

はいはい。その微笑みで言われると、ほら、皆が引いてる顔になってるでしょ。

相も変わらず空気読めない人だな。

「・・・話し進めて」

「わかった。おじさん、と言うよりは、皆様にお願いがあります。これまではルミナの立場を考慮し、カーヴァン家の祝い事の招待を遠慮していましたが、これからは出来るだけ、オルファ家の皆様に参加して頂きたいのです」

「つまり、どういう事だ!?」アコードお兄様。

「どういう事ですか!?」ジャンお兄様。

今の説明で、どこに食いつくとこあるの?

お兄様2人が、立ち上がり驚きの顔を見せたのに、私が驚いた。

でも、お父様もお母様も、少し挙動不審になっている。

「まずはふた月後に開催します、私の妹ランレイの誕生日パーティに参加して頂きたいと思っております。その後に続く、母上や、父上、そして私の誕生日パーティ、勿論他の祝い事や夜会など、全てに招待したいのです。この事については父上の承諾は得ております」

ランレイは2つ下のアトラスの妹、つまり、私より1つ下で、アトラスの妹、と納得する見目も麗しい綺麗な顔立ちをしている。

アトラスと同じ、銀色の髪に青い瞳を持ち大きな瞳でまるでお人形のように可愛らしく、声もまた可愛らしい。

いつも私の事を、ルミナ御義姉様、と甘えてくる姿、仕草が堪らないのだ。

私が婚約してからは疎遠となり寂しく思っていた。

正直アトラスと疎遠となっても、感慨深く思うことは無かったが、ランレイと会えなくなったのは寂しかった。

「ルミナ、参加してくれるよね」

子犬の様なねだるような表情で頼んでくるアトラスは変わらないが、妙な視線を感じふと見ると、家族の凄い威圧の表情にたじろいた。

「ルミナ、私のパートナーとして、全部に参加してくれるよね?」

重ねて聞いてくる。

「う、うん。別にいいよ。いちいちそんな事で不安そうに聞かないでよ。一応、恋人になったのだから」

「よしっ!」

「よく言ってくれたね!」

だから、お兄様、何を??

その、ガッツポーズは何?

「では、招待状を直ぐに送ります。ルミナのドレスは私が準備するからね」

「いらないよ。持ってるのがあるもん」

その、しゅんとなる顔やめてよ。私が虐めてるみたいじゃない。

何だか喉が渇いてきて、お茶の入ったカップをとったが、勢いがあったようで中身が少しこぼれ指にかかった。

「大丈夫!?火傷しなかった!?」

慌ててアトラスが立ち上がり、私の手をとった。

「大丈夫よ。そんなに熱くなかったもの」

「いや、あとから赤くなるかもしれないよ。見せてみて」

すかさず召使いが急いで濡れたおしぼりをアトラスに渡した。

「早く手を出して。痕が残ったら大変だ」

「いや、だから大丈夫だってば。アトラスは大袈裟すぎるのよ。ぬるかったよ」

そう言っているのに全く聞こうとせず、私の指におしぼりを当てて、幾度も向きを変え優しく押し付けた。

「大丈夫だってば。ほら、赤くなってないよ。さあ、席に戻って」

すぐにおしぼりを取り、アトラスに指を見せた。

実際然程熱くなく、冷めていから、全く熱く感じななかった。

「本当に?見せてみてよ」

何度も手を、指を、確認していたが、私の顔を見て不安ながらも渋々席に戻ったが、絶対に納得していない顔だった。

アトラスは、大袈裟過ぎる。

「大丈夫。それとさっきのドレスの話しだけどね」

「いいや、必要だよ。いいかい、私の家は公爵家なんだ。たとえランレイの誕生日パーティーだとしても、それ相応の格好でなければいけない」

私の言葉を遮り、言った内容に、ああ、と納得した。

「確かにそうね。それなら無理して参加しなくても」

「貰っとけ!」アコードお兄様。

「そうだ、貰いなさい!」ジャンお兄様。

だから、お兄様どこに食い付いてくるの?

「ルミナ、戴きなさい」

今度はお父様が参加してきた。

「戴きなさい」

お母様も参加してきた。

何この空気?

またすごい圧があり、断る雰囲気ではなかった。

「・・・わかったわ。貰うわ」

「良かった。もうすぐ仕上がるから一緒に見に行こうね」

「・・・分かったわ」

「分かっているの思うけど、ルミナは私の恋人だから私のパートナーだからね」

満面の微笑みを見せた。

「・・・分かっているわよ」

もう好きにして。

「それから、週末は開けておいて。一緒に出かけよう」

「・・・さっき聞いた」

「ありがとう。ルミナのドレスを頼んでいる仕立て屋にも行きたいんだ」

「分かったわ」

「楽しみだね」

「・・・そうね」

返事するにも億劫になってきた。

「じゃあ、私は帰るね。見送りはいらないないからね、ルミナ。ルミナが来たら名残惜しくて、帰りたくなくなるよ」

ゆっくりと立ち上がると、しゆんとした顔で私を見てきた。

「・・・わかったわ」

というか、見送る気ないし。

というか、名残惜しむような話ししないし。

「では、皆様失礼致します」

「うん、またね」

私のぞんざいな言葉と雑な手の振りにも、とても嬉しそうに会釈し手を振り、部屋を出ていった。

はああ。

久しぶりのあの激甘は、少し疲れ肩が凝った気分だ。

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