第5話

食堂に私が顔を出すと、皆、安堵した顔で迎えてくれた。

食事中も私に気を使ってくれてるようで、婚約解消の話は殆ど出なかった。

もっぱらアトラスの大学受験の話ばかりだった。

私が婚約してから全く遊びに来ていなかったから、お兄様達があれやこれやと質問していた。

上のお兄様は23歳でアコード。嫡男という事もあり、大学は帝王学を専門にした大学に通い卒業した。

今はお父様と一緒に仕事をしている。

下のお兄様は20歳でジャン。アトラスが受験しようとしている、国が支援している大学に通っている。いわゆる、上級貴族ばかりが通うエリートコースの大学だ。ジャンお兄様は優秀な成績で推薦入学出来たが、本当なら通える大学ではない。

ジャンお兄様は、運が良かった、と言っていたが、家族皆誇らしく思っている。

アトラスは、何の問題もなく入れるだろう。

だって、四大公爵の嫡男だから、立場的に入学出来ない方がおかしい。だからといって権力だけではなく、頭が良いのも周知の事実だ。

「今日は急な訪問の上、夕食までご馳走様になりありがとうございます」

私の隣で、にこやかに微笑みながら1人1人顔を確認しながら言葉を突いた。

いつものながら、ご丁寧なアトラスだ。

夕食が済み、皆でお茶をのみ寛いでいた中、堅苦しい言葉を言うが、妙に似合う。

「いやいや、こちらこそ、これを部屋から出してもらって助かったよ」

肩を竦め、やれやれと言わんばかりに溜息をつかれた。

お父様、これ、とは失礼だわ。せめて、ルミナ、と呼んでよ。

ムッとする私に、横に坐るアトラスは優しく微笑んだ。

「何時までも部屋に引き篭る、軟弱な娘に育てた覚えはないのに、と腹立たしく思っていたのよ。これ以上出てこないなら、引き摺り出そうと思っていた所だったの。本当に助かったわ」

「おば様からそんな大袈裟な事を言われると、少し後ろめたいですね。大した事はしていません。ただ、私のタイミングが良かっただけです」

いい感じに言ってくれて、ありがとうアトラス。

お母様のあの苛立った顔での微笑みは、本気で私を引き摺り出すつもりだったわ。

心穏やかな優しく叱ることしかしないお父様と違い、お母様は烈火の如く激しい性格だ。

普段は穏やかで物静かだが、我慢の限界を超えた時、それは、それは恐ろしい。

生きていくのが嫌になる程、怒涛のようにへこむ言葉を嵐のように投げつけててくる。

それがまた、正論で攻めてくるから余計に辛い。

「そんな事はありません。自分で決めた婚約だと言うのに、結果的に自分に魅力がなく」

グサッ。

「他の女性に寝盗られるなど」

グサッ。

「愚かというか、努力しなかった結果というか」

グサッ。

「私から言わせれば、自業自得の結果です」

グッサ!!

お母様、もう少し優しい言葉と顔で言って欲しいです。

その、冷徹で凍てついた瞳で言われると失恋した私にはとても堪えます。

「いいえ、そんな事はありません。女性の魅力というのは人それぞれです。私にとってルミナは、素晴らしい女性です。これ以上魅力を出す努力をされたら、私が困ります」

いつもながら模範的な答えで何時もならうんざりするが、今はお母様から逃げれる最適な答えだと嬉しくてアトラスを見ると、優しく微笑み膝に置いていた手を握って。

「貴方は、変わりませんね」

お母様が呆れるように呟き、ひとつ溜息をつくとお茶を1口のんだ。

「バリヤおじさん、お願いがあるのですが、宜しいですか?」

握る手が、グッと強くなった。

「何だ?」

「ルミナが婚約解消になり、自由になりました。だから、私達は付き合おうと思うのです。許して頂けますか?」

アトラスの涼やかで良く通る声が食堂に響き、一瞬にして食堂室が静かになった。

けれど嫌な静けさではなかった。

皆が聞き耳を立てているような、お父様もお母様も、お兄様も、真剣な表情をアトラスに向けていた。

「先程おば様が言われたように、婚約者では無い他の女性に寝盗られた結果となった。これは社交界では格好の餌となる醜聞です。私としては腹立たしいですが、何もしなければルミナが女性として魅力のない低級貴族と見られてしまいます」

「その結果を招いたのは、ルミナです」

残酷な程にきっぱりと言い切るお母様に、私は言葉が出なかった。

その、通りだからだ。

この婚約は、私の意志でグロッサムを選び、婚約者となった。

結果、婚約者、という安穏な地位に胡座をかき、自ら努力することをやめたのは紛れもなく私自身だ。

今更ながら、自分の愚かさに嫌気が差す。

グロッサムが私に対して何も望まなかったのは、私が望むべき婚約者ではなかったのだ。

無からは何も産まれない。

いや、何もしないのであれば、それは無よりも下がるだけだ。

それを私は、気づかなかった。

グロッサムが望む女性像になれなかったからこそ、彼は他の令嬢を選んだのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る