第3話
屋敷に帰って来た泣き顔の私を見て、屋敷中が大騒ぎになった。問い詰めてくる、お父様にお母様、お兄様、召使い達に簡単な説明をし、グロッサムと婚約解消したいの、と伝え部屋に引きこもった。
泣いて泣いて、その日は部屋に鍵を掛け、出なかった。
幾度か皆が扉の向こうから心配そうに声を掛けてきたが、一切答えなかった。
週末の土曜日でよかった。
だって明日もゆっくり休める。このパンパンに腫れた顔で学園に登校なんて、それは余計にアムルに優越感を与えるに他ならならない。
それは、癪だ。
次の日の日曜日も、何度も家族や召使い達が心配そうに扉を叩きに来たが、答えることも億劫で、ソファに寝転んでいた。
やる気もないし、大丈夫か、と聞かれると余計に昨日の出来事を思い出して辛くなり泣きそうだった。
ぐぐうう、とお腹が鳴った。
流石にほぼ1日丸々何も食べていないのだから当然だが、何だか悔しい。
時計を見ると既にもう昼だ。
「人間って、ロマンチックじゃないよね。悲しくて辛くっても、お腹は減る嫌な生き物だもんね。はぁ、どうしようかな。なにか軽いものを貰おうかなぁ。ともかく喉、乾いたなぁ」
でも、誰かと顔を合わせるのは嫌だな。適当に扉の外に置いて貰えないかなぁ。
ぶつぶつと思案しながらソファでモゾモゾと動きながら背伸びをすると、またお腹が鳴った。
「ルミナ、私だ。入ってもいいかい?」
そんな時、声が聞こえた。
柔らかい、落ち着いた優しい声音だ。
その声から、心底私を心配している姿が思い浮かぶ。
やっぱり来たわね、と言うよりも呼び出されたのね。
溜息しかでず、あえて返事もせず目を瞑った。
「入るよ」
その声の主は私の返事も貰わず、合鍵を使用しさっさと扉を開けた。何かポチャポチャと音をさせるものを持ってきたらしく、机に置く音がした。
私は目を瞑っていたから、何をしているかは知らない。
「いいよ、と言ってないよ、アトラス」
「そうかな?私には入って欲しそうに思えたよ。・・・ルミナ、淑女なのだから、もう少し考えなよ」
憮然と答える私にあやす様に笑い、スカートの裾を直してくれた。
「そんな事考える暇ないよ。アトラスが直してくれたら別にいいでしょ。何よ、お父様に言われたの?」
「いいや」
ポチャポチャと水の音がする。
「婚約解消されたと聞いたから、ルミナが泣いているだろうな、と思って私が勝手に来たんだ。ルミナ、起きれるか?」
「ん」
起きあがると、膝を着いているアトラスと目が合った。
いつものながら、綺麗な顔で優しい顔だ。
私の横に座り自分の膝にクッションを置くと、ぽんぽんと叩いた。
「おいで」
「ん」
言われるように、膝枕、には直接ならないが、クッションはあるがほぼ膝枕だ。
「はい」
私の目に冷たいタオルを置いてくれた。
さっき起き上がった時に見えたが、入れものに氷の入った水とタオルを持ってきてくれたようだ。
わざわざを私の為に、公爵の嫡男が用意してくれたのだ。
「はぁ、気持ちいい」
程よい冷たさが、熱を持つ瞼と頬に浸透していく感じに思わず声が出てしまう。
その言葉を聞いたアトラスから、安堵の溜息が漏れた。
「それは良かった。でもどんな様子でもルミナは可愛いよ」
いつもの台詞だ。
嘘偽りを感じさせない、穏やかな声。
「そんな事ないでしょ。顔パンパンだよ。流石にそれはないよ」
「そんな事はないよ。ルミナは私にとってどの姿でも可愛いよ。皆心配してたよ。夕食は私もいるから一緒に食べようよ」
頬をさすってくる。
「あと、婚約解消は受理されたから、もう私は遠慮はしないからね」
「遠慮?もともとする必要ないのに、アトラスが勝手にそうしたんでしょ?それに、もう受理されたの?週末は役所は休みでしょ?」
「私から父上に頼んだ。すぐに受理してくれたし、宰相様もご存知だから心配しないで。早くに婚約解消した方がルミナの為だからね」
「それって、職権乱用じゃない?四大公爵の権力出しすぎでしょ?」
「何言ってるんだよ。ルミナの為になら、何を行使しても私は後悔はないよ。それで、さっきの聞いてくれた?」
「さっき?」
「そう。もう婚約解消したのだから遠慮しないからね。結構私的には、かなり後悔してるからね」
「後悔?」
「ああ。あんな男、ルミナに相応しくないと思っていたが、まあ、いいよ。タオルを変えようか」
何か妙な、
何か不思議な、
何か不穏な、
そんな気持ちが含まれた言い方だった。
すっとタオルを取ると、柔かに微笑むアトラスの顔が見えそっと頬を触った。
「どうした?」
「ううん。アトラスはいつも優しいね。そんな優しかったら、皆勘違いするよ」
だって、アトラスは素敵だ。
私は興味無いが、普通に考えて、公爵の嫡男で、優しくて、美男子で、そんな完璧な令息から、可愛いよ、と言われたら、自分に好意を持っていると思ってしまう。
私みたいに聞き慣れた人ならともかく、絶対誤解する。
魅惑的な言葉は、罪作りだよ。
アトラスは私の言葉に、うーん、と少し考えながら自分の頬を触る私の掌に優しく口付けすると、器用にもう片方で冷たいタオルを目に置いてくれた。
おかげで、アトラスの表情が見えなくなってしまった。
「何か誤解があるかもしれないけど、私はルミナしか見ていない。ルミナだから、優しいし、ルミナだから、側にいたいんだ。他の女性にしたいと思わないし、興味が無い」
凍える程に言い切る。
アトラスの性格はとてもはっきりしている。分かり易く言うと、是か非、だ。
つまり、敵か味方の2つに1つ。
「つまり、前みたいに遊びに来ることが増える、という事でしょう?」
「まあ、そうかな。他にも色々あるけどね」
どうも私の答えは的を射ていなかったようで、微妙な言い方をされた。
「他?」
「そう他にも、ね。その1つとして、私と恋人になろうよ」
衝撃的な内容をあまりにさらりと言うから、聴き逃してしまい考えるのに時間がかかった。
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