第九話② クズ共で遊んで有効活用しよう(後編)


「ばんっ」


 おどけた声を出して、秀人は、外部型クロマチンの弾丸を撃ち出した。威力はかなり抑えている。軽量級のボクサーのパンチくらいか。速度は抑えていない。時速約二五〇キロメートルほど。


 ドスッという鈍い音が、秀人の耳に届いた。放った弾丸が、男の一人に当たった。彼の股間に。


「――!?」


 撃たれた男が、股間を押さえてうずくまった。土下座の格好で、呻き声を上げている。


 秀人は再度、声を上げて笑った。


「うわ、痛そう。もう、女を輪姦まわすどころじゃないよね? ってか、そのために必要な機能がピンチになってるし」


 無傷の男は、残り五人。彼等は、目を見開いて秀人を見ていた。そのうち三人は、細かく震えている。


 彼等は全員、秀人より圧倒的に体が大きい。動物の戦力は体格に正比例する。理屈上では、秀人は彼等に戦力で劣る。


 それでも、彼等は気付いているだろう。何をどうやっても秀人には勝てない、と。下手に抵抗すれば、自分達も惨めな姿で這いつくばることになる、と。


 一通り笑うと、秀人は、まだ立っている五人に顔を向けた。口の端を上げて、薄く微笑んで見せる。


 交友関係を築こうという微笑みではない。


 強者が弱者に向ける微笑み。支配する者が、支配される者に向ける微笑み。


「さて、と。さっきはお前達全員で、俺を囲んでたよね? 最初は俺を女だと勘違いして、輪姦まわそうとした。じゃあ、男だって分かったらどうする? 痛めつけて、金でも奪う?」


 五人のうち一人が、ブンブンと首を横に振った。他の三人は、中途半端に口を開けて呆然としている。


 残りの一人が、震える口を動かした。


「いや……もう勘弁してくれ……勘弁してください……」


 恐怖に潰されそうになりながら、必死に絞り出した声。利口な判断だ、と思う。


 もっとも、秀人は、このまま男達を見逃すつもりなどない。弱い者いじめをするためだけに、わざわざ深夜の街中に繰り出したりしない。


「そう言うなよ。とりあえず、俺の話を聞いていかない? まあ、聞かずに逃げようとしたら、今度は手加減しないけど」


 言いながら、秀人は、近くの電柱に手を伸ばした。電柱を握る。指がめり込み、亀裂が入った。


 男達の目に、より強い恐怖が宿った。圧倒的な力に対する恐怖。未知のものに対する恐怖。


 日本政府も国連も、クロマチン能力については秘匿していない。秘匿にしていたら、クロマチン能力者の部隊をつくることなど不可能だ。しかし、一般人がクロマチン能力を目にする機会はまずない。施術を受けなければ開花せず、かつ、厳しい訓練を受けなければ使いこなせない能力なのだから。


 そのため、SCPT隊員やそれに関連する者以外にとって、クロマチン能力は、都市伝説に近いものらしい。「実際に見たことはないけど、こんな部隊があるらしい」というような。


 秀人は電柱から手を離した。

 電柱には、指の形の穴が空いていた。


「ねえ。俺の話、聞いてくれるよね?」


 腕を折られた男は、涙目で秀人を見ている。股間に弾丸を食らった男は、未だに蹲っている。先ほど「勘弁してくれ」と呟いた男が、一番冷静なようだ。コクコクと、数回頷いた。


 秀人は、頷いた男に視線を合わせた。


「お利口だね。じゃあ、まず、こんな物を見せちゃおうかな」


 ジャケットの懐から、一丁の銃を取り出した。違法改造銃。サイレンサーを付けているので、銃声を抑えることができる。もちろん、殺傷能力もある。


「モデルガンじゃないよ。まあ、本物って言っていい代物」


 秀人は、電柱に向かって銃を構えた。先ほど指をめり込ませ、亀裂が入った電柱。


 引き金を引いた。パァンッと、爆竹のような音が響いた。


 銃弾が、電柱にめり込んだ。さらに亀裂が追加された。


 発砲した銃を、手元でクルクルと回して弄ぶ。そのまま秀人は、男に銃を放り投げた。秀人と会話ができている、一番落ち着いている男に。


 男は、驚いた様子で銃を受け取った。


「あの……これは……?」

「あげる」


 秀人は笑みの形を変えた。今度は、友好的な笑み。


 圧倒的な力の差を見せて、身の程を理解させた。支配者の笑みで、恐怖を与えた。その上で、こちらの話に耳を傾けたら、友好的に接する。即席のマインドコントロールだ。


「こんなつまらないナンパなんてしてないでさ、もっと大々的に楽しいことしようよ。お前達ができることなんて、せいぜい、女の子を脅して、呑ませて、輪姦するくらいだろ? でも、世の中には、もっと刺激的なことがあるんだから」


 視線が秀人に集まる。


 腕を折られた男の涙は、もう止まっていた。


 股間を撃たれた男は、蹲ったまま秀人を見上げている。


 怯えていた四人の口元は、何かを言いたそうにパクパクと動いている。


 一番落ち着いてる男は、しっかりした口調で秀人に聞いてきた。


「刺激的なことって、どんな……?」


 秀人は目を細めた。人差し指を立て、口元に当てる。


「それは、これからのお楽しみ」


 この国を犯罪大国にする。それが、秀人の楽しみ。それが、秀人の目的。


 治安が劇的に悪化すると、当然ながら、国内情勢に綻びが出てくる。国の機関も、正常に動かなくなってくる。国力が下がり、海外の国々に対して無防備になる。


 他国を支配したい国は、現代でも存在する。ただ、国連のような国際的な組織が平和維持に動いているため、表立って行動に移せないだけだ。


 侵攻する準備と攻撃する大義名分さえあれば、他国に攻め込もうとする国は多数ある。


 この国を、そんな国の標的にしてやりたい。国内情勢を悪化させて、国力を落として。この国が傾いた情報を、めぼしい国に売って。


 国そのものを、潰してやりたい。


 秀人の耳に未だに残る、下劣な笑い声。悲鳴。断末魔。


 消えない記憶が、秀人の原動力だった。


 ――こんな国は、滅んでしまえばいい。

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