第九話① クズ共で遊んで有効活用しよう(前編)
五月も下旬に差し掛かった。
雪は完全に溶けてなくなり、温かくなってくる季節。今月上旬には、各地でお花見が行われていた。とはいえ、北海道の五月は、夜になるとまだ肌寒い。
深夜の市街地。
時刻は深夜二時。
長い髪をドレッド風に編み上げた、小柄な青年である。顔立ちは、どこからどう見ても女性にしか――美女にしか見えない。黒いシャツに黒いガウチョパンツ。太股丈の黒いジャケット。顔立ちとユニセックスな格好から、秀人が男だと気付く者はいないだろう。
秀人自身も、それを自覚していた。自覚しているから、こんな時間に、狐小路付近をウロウロしている。
狐小路には、デパートや居酒屋、カラオケボックス、ブティックなどが立ち並んでいる。狐小路を出ると、
岩狩街道に、車の通りは少ない。狐小路の居酒屋やカラオケボックスにいる人達は、そのまま夜通し遊ぶことが多い。そのため、人通りも少ない。
秀人は、ここ数日、深夜の街で今のような行動を取っていた。
狐小路で女性に声をかけ、強制的に同行させ、呑ませ、酩酊させ、乱暴する男達がいる。秀人がその情報を得たのは、一週間ほど前のことだった。まだ逮捕状が取れるほど証拠が固まっていないので、警察は捜査を続けているという。
この周辺に出没するという、強姦犯達。
情報を得てすぐに、秀人は、そいつらを利用しようと決めた。
前回利用したクズ共も、なかなかの働きをしてくれた。先月下旬頃の出来事。あの時は、思い通りに得物を見つけ、思うように利用できた。もっとも、六人中五人は殺されてしまったが。
「お姉さん、暇なの?」
適当にスマートフォンを操作していると、声を掛けられた。
秀人は、声の方に顔を向けた。
若い男が、七人いた。酒臭い。恐らく、狐小路の居酒屋で呑んできたのだろう。全員、体格がいい。大学のラグビー部やアメフト部、といったところか。
秀人は喉の筋肉を締めた。声帯を細くし、声色を変えた。
「なんですか?」
女の声色で聞いた。怯えた表情を作って。
男達は、秀人を取り囲むように位置取りをした。逃げられないように。
「暇ならさ、俺達と呑もうよ。楽しいからさ」
男が顔を近付けてきた。酒の臭いが強くなった。下劣な目付き。秀人を取り囲んだ手際の良さ。明らかに、女性に絡むことに慣れている。
――こいつらで間違いないだろうね。
この辺りで、女性を襲っているというのは。
考えていることが透けて見えそうな、周囲の男達の目付き。秀人は、思わず笑いそうになった。捨て駒にしかならない、間抜け共。
「いいです。人を待ってるんです」
弱々しく吐き捨て、秀人は、男から目を逸らした。意図的に体を震わせる。男達の
「いいじゃん、俺等と遊ぼうよ」
「こんな時間に女を待たせる奴なんかより、楽しませるからさ」
男がさらにもう一人、顔を近付けてきた。むさ苦しい。
秀人は、性的には完全にノーマルだ。外見は美女でも、性の対象は女性である。当然ながら、こんな男達に誘われても嬉しくない。もっとも、性の対象が男性だったとしても、嬉しくはないだろうが。
「なあ、いいじゃん」
男の一人が、秀人の腕を掴んできた。割と力を入れている。もし掴まれたのが普通の女性なら、腕に痣くらいはできていただろう。
掴まれたのが、普通の女性ならば。
「やめて下さい! 離して下さい!」
秀人は、男の腕を振り解こうとした。もちろん演技である。非力な女性を装い、男の手首を掴み、ジタバタと足掻いてみせる。
「そんなに嫌がるなよ」
秀人の腕を掴んだ男は、楽しそうな顔をしていた。弱い者を
「なあ、俺達が優しくしてる間に、大人しく言うこと聞いておけよ」
笑いを堪えるのも、そろそろ限界か。自分の精神状態を察した秀人は、芝居をやめた。男の手首を掴んだ右手に、力を入れる。ただの筋力ではない力。
内部型クロマチンの能力。
クシャッという感触が、秀人の右手に伝わってきた。男の手首の骨を、握り潰した感触。
男の手から、力が抜けた。
「……あ?」
秀人の腕を掴んだ男が、間抜けな声を漏らした。力が抜けた彼の手は、秀人の腕から離れた。
自分の状況が理解できないのだろう。男は、自分の腕を見つめた。骨折して、力が入らなくなった右腕。彼の脳内に、現状の情報が運ばれているはずだ。秀人に手首を掴まれた。力を込められた。右手に力が入らなくなった。強烈な痛みがある。
男が自分の状態を理解するまで、時間にして一、二秒ほどか。深夜の静かな岩狩街道で、彼は大声を上げた。
「あああああああああああ!? 痛てえぇ!?」
男は膝を付き、自分の手首を押さえた。痛みで体が震えている。脳内で痛みを完全に理解すると、今度は声を詰まらせた。
「な……何だ? 何なんだ?」
下劣な欲にまみれた男の、間抜けな姿。
あまりに滑稽な姿に、秀人は笑いを我慢できなくなった。声色を変えることもやめ、声を出して笑った。
「うわ、惨め。どう?
秀人はしゃがみ込み、膝をついた男に聞いてみた。
「なあ、あんたの利き手って、右手? 利き手だとしたら、残念だね。
「は……? え……?」
秀人の声を聞いた男達は、一様に目を見開いていた。明かな男の声。全員が、現状を理解できずにいる。
仕方なく、秀人は現実を教えてやった。
「俺、男なんだ。残念だったね。しかも、一人は腕まで折られちゃって。お前達、今日は厄日かもね」
言いながら、秀人は、膝を付いている男の首を掴んだ。内部型クロマチンの発動。全身の力を飛躍的に上昇させる。人間を超えた腕力。
男の首を掴んだまま、秀人は立ち上がった。そのまま、男の首を掴んだ腕を上げる。彼の足が、地面から離れた。
秀人の身長は一六一センチ。体重は五十三キログラム。対して、秀人に右腕を折られ、首元を掴まれて持ち上げられている男は、かなり大柄だ。身長は一九〇ほどか。体重は、少なく考えても一〇〇キログラム近くある。
男達は、今見ている光景の異様さに、言葉も出ないようだ。
持ち上げられている男は、足をバタバタさせていた。左手で秀人の腕を掴み、必死に逃げようとしている。
秀人は、持ち上げた男を、他の男達の方へ投げ捨てた。軽く放るように。
反射的な行動だろうか。男達は、後ろに下がって飛んできた男を避けた。
男が地面に落下する、ドスッという重い音。「ぅぐえっ」という呻き声。地面に落ちた男は、右腕を押さえ、涙目で秀人を睨んできた。
「何なんだ、お前」
「さあ? なんだろうね?」
男の質問をはぐらかし、秀人は、他の六人に目を向けた。全員が後ろに下がったせいで、秀人との距離は二メートルほどになっている。
秀人は左手を伸ばした。銃を模倣するように、人差し指と中指を突き出す。指先の延長上には、六人の男達。
暗くて
外部型クロマチンの発動。
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