第六話② 亜紀斗対咲花~訓練であって訓練ではない戦い~(中編)
待機室には、すでに何名か来ていた。「おはようございます」と挨拶を交わし合った。
先に来ていた隊員に、咲花と戦うことについて色々と聞かれた。恐くないか。彼女は強いけど、どう戦うんだ。佐川君も凄く強いけど、勝つ自信は。
亜紀斗は笑いながら、更衣室で話した内容と同じことを口にした。
訓練室に藤山が入ってきた。マイクを持っている。
『はい。今月二回目の実戦訓練を始めますねぇ』
マイクは、待機室と訓練室の両方に音を通せるよう、設定されている。訓練室にいる藤山の声が、スピーカーを通して聞こえた。
『さっそく、最初の人達、用意してね』
緊張感のない声で指示をすると、藤山は、入口から見て右側の待機室に入った。隊員達の戦いに巻き込まれないように。
最初に戦う隊員が訓練室に入ってきた。
藤山が、すぐに開始の合図をした。
『はい。じゃあ、開始』
訓練室内で、二人の隊員が戦い始めた。実際の事件現場では見ることのない、防護アーマーと防弾ヘルメットを着けた二人。一方は外部型。一方は内部型だ。当然のように、外部型の隊員は距離を取って戦おうとし、内部型の隊員は距離を詰めようとする。
クロマチン能力は、体内のエネルギーを大量に使用する。内部型は、身体能力と肉体を強化して戦う。外部型は、体外にエネルギーを放出してバリアを張りつつ、弾丸を放って攻撃する。
しかし、体内のエネルギーは無限ではない。無駄な使い方をすれば、すぐに枯渇する。そのため、いかにして使用エネルギーを抑えて戦うかが重要になる。
例えば、内部型は、防御の際に全身を強化するのではなく、体の一部を強化して使ってブロックする。また、攻撃の際も、必要な部分のみを強化する。右足で地面を蹴って踏み込む際は、右足を。パンチを放つ際は、パンチを打つ際に必要な筋肉と拳を強化する。
外部型は、攻撃を防ぐ際はできるだけ小型のバリアを張る。攻撃の際は、相手の防御が薄い部分を狙って弾丸を放つ。
外部型の弾丸には、大きく分けて二つのパターンがある。貫通型と破裂型。貫通型は、その名の通り貫通力に優れ、一点に対する威力が大きい。破裂型は、貫通型に比べて威力は劣るが、目標物に当たると爆裂四散し、爆風も発生させる。双方共通の特徴として、発射後にある程度の飛行距離を経なければ、大きな威力が出ない。その距離は、概ね一メートルほど。だからこそ外部型の能力者は、一定以上の距離を保って戦う必要がある。
クロマチン素養者に配属前の必修訓練があるのは、こういった基本的な使用方法を身に付けるためである。
他の隊員の試合を見ながら、亜紀斗は、自分が戦うイメージを浮かべていた。この相手に、自分だったらこう戦う。あの相手に、自分だったらこういう戦術を使う。
江別署にいたときは、こんなに充実した訓練場はなかった。だから、見学なんてする余裕もなかった。ここには、学べることがたくさんある。
向上することを考えたとき、亜紀斗は、藤山の話を思い出した。彼が語っていた、昔の咲花のこと。
『咲花君がウチに配属された当初、冗談みたいに優秀な隊員がいたんだけど、その人を追いかけるようにどんどん力をつけていってねぇ』
咲花が目標としていた「冗談みたいに優秀な隊員」に、亜紀斗は心当たりがあった。噂で聞いただけだが。内部型、外部型の双方の資質を持った天才。
クロマチン素養を有している人間は、全人口の一パーセントほど。それも、内部型か外部型のどちらか一方だ。だが、本当にごく稀に、内部型外部型双方の素質を持ったクロマチン素養者が出てくる。その発現率は、一億人に一人とも言われている。
そんな天才が、道警本部にいたらしい。
六年前に、突如失踪したという隊員。
試合は、次々と消化されていった。
『はい、一〇分経過。それまでぇ』
藤山の間延びした声が響いて、六試合目が終了した。
訓練場で、今まで戦っていた二人が挨拶し合い、待機室に戻ってゆく。
『じゃあ、次ね。咲花君と亜紀斗君。出てきてねぇ』
亜紀斗は防具を着け、待機室を出た。
反対側から、咲花が出てきた。
訓練場で向かい合う。
あの事件以来、久し振りに咲花と目を合わせた。
亜紀斗の胸の中で、ザワリとした感情が渦巻いた。昔、先生の紹介で受けたカウンセリング。それによって、閉じ込める術を覚えた感情。
家庭環境によって染みついてしまった、暴力性と凶暴性。
咲花は、亜紀斗と視線を合わせた直後、ふっと鼻で笑った。まるで、亜紀斗を小馬鹿にするように。
亜紀斗の中で、閉じ込めていた暴力性と凶暴性が、さらに騒ぎ出した。苛立つ。
亜紀斗は大きく深呼吸をし、自分の心と対峙した。沸き上がる暴力性と凶暴性。その両者を戦わせる。潰し合わせる。破壊してゆく。沈めてゆく。
暴力性と凶暴性の炎が、少しずつ小さくなってゆく。
そんな亜紀斗のイメージが、霧散した。目の前の光景を見て。
咲花が、身に付けた防弾ヘルメットを脱ぎ捨てた。ガコンッと、ヘルメットが床に落下した。さらに、防護アーマーも脱ぎ捨てる。練習着だけになると、それすらも脱ぎ捨てた。黒いタンクトップに、膝丈のショートパンツ。トレーニングジムで運動をするような姿になった。タンクトップの下に着けたスポーツブラが、少しだけ肩口から見えている。
『ちょっとちょっと、咲花君!? どういうつもり!?』
藤山の裏返った声が、訓練場に響いた。マイクを通しているので、少しうるさい。
咲花は、小馬鹿にするような笑みを崩さず、亜紀斗に視線を向けてきた。
「訓練は、対等じゃないと意味がないでしょう? 私と彼では、実力差がある。その差を埋めるために、防具を脱いだんです」
鎮火しかけた暴力性と凶暴性が、再び、亜紀斗の中で渦巻いた。先ほどよりも大きく。先ほどよりも強く。
「まあ、更生なんて言葉を、本気で信じてる甘ちゃんが相手ですから。防具を脱いだ程度で、差が埋まるとは思えませんが」
「そうかよ」
亜紀斗の口から、自分でも驚くほど低い声が出た。こんな声を出したのは、十年以上振りだ。
先生に出会う前。昔の、誰彼構わず噛みついていたとき以来。
亜紀斗も防具を脱ぎ捨てた。咲花と同じように練習着も脱ぎ、Tシャツにショートパンツという姿となった。
「自信過剰な女相手に、防具なんかいらねぇよな。ケツでも叩いて、大人しくさせてやるよ」
視界の端で、待機室の動きが見える。右側の隊員達の声が、藤山のマイクに入っていた。かなりザワついている。
『うーん。なんか喋ってるみたいだけど、咲花君の声も亜紀斗君の声も、こっちには聞こえないんだよねぇ』
先ほどとは打って変わって、藤山の声は、いつもの調子に戻っていた。
いつもの調子で、開始の合図をした。
『まあいいか。じゃあ、始めて』
隊員達の驚く声が、藤山のマイクを通して聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます